第14話 開国のウィストアギネス
神殿の
その扉が開く。
教政院と神官たちの緊急会合が深夜のうちに招集され、議論がまとまらぬまま、いま休会となったのだ。議題はもちろん、深夜の出来事への対処についてである。
湾の外まで迫ったシア
直後の、神殿の地下港の崩壊。
いずれもこの国への、シアによる威嚇、あるいは攻撃と見做された。
ここ数年、諸国の圧力が極端に強まっている。それが神殿の見立てだった。
多ければ年に数度、使いが訪れた。すべて主教自身が直接、秘密裡に接見したが、要求は苛烈だったと主教は説明した。
いわく、いますぐすべての港を開放し、すべての巫女を無償で提供し、各港に諸国の駐留地を建設せよ。ルオの住人は諸国の人夫として差し出せ。食糧はいつでも要求通りに供出せよ。そうでない限り、ただちにルオを火の海にする。
これを主教がなんとか説き伏せ、いずれも凌いだという。が、いつ諸国が攻めてくるかと、神殿の重鎮たちは密かにその話題ばかりをくちにしている。
だから昨夜のことは、ついに、というように受け止められたのだ。
開国か。
交戦か。
この国には戦闘能力がない。神殿を中心とした宗教国家であり、軍隊をもたない。だから、抗うとすれば、この国の固有のちから、水霊の巫女によるほかない。が、果たしてそれで、海上軍事国家に対抗し得るのか。
ならば開国か。亡国の道をゆくことになるのではないか。
議論は同じところを数十回めぐり、結論を得ていない。
湾が見える窓のところで彼女は立ち止まり、壁を蹴った。
ふう、と息を吐き、窓枠に手を置く。
と、後ろからひとり、走り寄ってきた。教政院の事務神官だった。
「議長……来ました。本隊です」
リリアは一度振り返り、頷いてから、窓の外を見つめた。
すでに水平線は薄く白く染まっている。まもなく太陽が顔を出す。
その色を背景に、小さく、複数の巨大な軍船が見えた。
いまだ遠い。が、目視できる距離だ。一刻もせず、この湾の外まで到着するだろう。
なすべきことを思案するリリアに、事務神官は続けて告げた。
「快速艇を出して接近しました。法に則った確認行為です。攻撃を覚悟しましたが、相手は動きませんでした。確かにシア
「そうか」
「停船の要請と、訪問意図の確認の照明信号を送りました。そうしたら、こんな回答が返ってきたそうです」
事務神官が差し出した紙をリリアは受け取り、しばらく見つめたあとで、やおら笑い出した。
「みこのおさ、あなたとはなしがしたい、かいこくのうぃすとあぎねすより……あっはっは、なんだ、この、開国のウィストアギネスというのは」
「議長、この、うぃすと……という言葉に、覚えが……?」
「……ああ、知っているよ。知っている」
と、廊下の向こうからざわめきが近寄ってきた。事務神官が膝をつく。ざわめきの中心にいたのは、主教、イディ三世だった。
「……いま、いま、なんと申した……ウィスタの名を、言うたのか」
リリアも軽く膝をまげ、一応の礼をとった。
が、すぐに目を逸らし、ふ、と息を吐いた。
「ええ、言いましたよ。あなたの可愛いウィスタが、シア航国の軍船に乗ってこの国に攻めてきた、ってね」
「……なに……なんと……」
主教は祈りの手印をいくつか組んだ。目がわずかに涙ぐんでいるように見える。
「かわいそうなウィスタ……昨夜、行方がわからなくなったと聞いたが、まさか、シアの船に囚われていたとは……ああ、なんということだ……」
「さあ、どうでしょうかね。脅されたのか、それとも、自分の意思で……」
「議長……もし、この国が開国をしないとなれば……」
「交戦でしょう。我が国は武器をもたない。巫女のちからで沈めるしかないでしょうなあ、ウィスタごとね」
主教はくちのあたりに手をもっていき、狼狽えたような表情を浮かべ、しばらくたってから、リリアのほうへ向き直った。
「わたしが直接、交渉しよう。ウィスタを犠牲にはできん。議長、巫女を含めて何人か乗せられる船を、借りられないか。湾の先まで出る」
「……ご随意に。ただし、わたしも行きます。ウィスタは、わたしと話がしたいと言ってきている」
「危険かも、しれぬぞ」
「ふ。ここに彼女が来た時、言ったでしょう。神殿の巫女となったものには、終生はなれることができない義務が生じる、と。わたしは、巫女の長でした」
そうして、ふたたび窓の外を見て、くっと、くちの端を歪ませた。
「……開国の、ウィストアギネス……か」
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