【精神病院の思い出話】エッセイ

統失2級

1話完結

僕は現在48歳ですが、30歳から39歳の時に掛けて3か所の精神病院に1回ずつ入院した経験があります。今回はその3か所の精神病院で出会った15人の印象深い患者さんたちの思い出話をして行きたいと思います。まず、1人目は高齢男性の患者さんです。彼は若かりし頃に実の姉と何度も性交をしていたと、奇妙な自慢をして来る男性でした。そして、彼は恥ずかしがり屋であり、緑茶が好きでヘビースモーカーでもありました。また、彼の発言の中では「広島のソープランドにはブスしか居ない」という言葉も印象に残っています。2人目は中年男性の患者さんです。精神病院では大広間で患者全員が一斉に給食を食べるのですが、彼は給食のおかずは一切食べずに、ふりかけを掛けた白米だけを食べ続ける偏食家の男性でした。看護師から再三、「おかずもちゃんと食べて下さい」と注意を受けていたにも関わらず、彼はそれを無視し続け、痺れを切らした看護師は彼からふりかけを取り上げてしまいます。その後の彼は時折、大声で悪態を付きながらも仕方なしに、おかずも食べる様になりました。その病院の給食は飲食チェーン店並みに美味かったので、僕は彼の味覚が全く理解出来ませんでした。3人目は中年男性の患者さんです。彼は病院の売店で購入した菓子パンやコーラなどを、頻繁に僕にくれる気前の良い男性でした。「実家が裕福なので、金には不自由していない。だから遠慮なく食べてくれ」と彼は話していました。彼は同性愛者ではなく、彼の病室のベッドの周りの壁には、週刊プレイボーイから切り取った女性アイドルのグラビア写真が、何枚も貼られていました。4人目は女子大生の患者さんです。彼女は症状が酷かった頃に、母親の首を絞めるという暴力を働いてしまい、それが原因で入院する事になったと話していました。また、「中学校や高校の教師になると、生徒たちからいじめられそうなので、小学校の教師を目指している」とも話していました。5人目は白人ハーフの中年男性の患者さんです。とある日の大広間で僕が他の患者さんと何気ない会話を交わしていると、その白人ハーフの患者さんがやって来て「今、『あの外人が』と言って俺の事を馬鹿にしていたろ」と凄んで来ました。僕らはそんな会話は一切しておらず、それは完全に彼の被害妄想でした。「そんな事は言ってない」と僕が反論すると、彼は何やら独り言を呟きながら、喫煙室に入って行きました。彼は複数の患者さんと揉め事を起こす男性ではありましたが、一方で夕方になると1日も欠かさず、年老いた母親と電話で会話を交わす、親思いの一面も持ち合わせた心優しい男性でもありました。6人目はポルノグラフィティが大好きな中年女性の患者さんです。彼女は日頃からポルノグラフィティの歌を口ずさんでいましたが、そんなとある日、僕は彼女と同室の女性の患者さんから「昨晩はあの人の歌声がうるさくて、全く眠れなかった」と衝撃的な話を聞かされました。7人目は僕と同い年の当時36歳の男性の患者さんです。その精神病院では週に3回入浴出来たのですが、彼もちゃんと毎回入浴していました。しかし、ずっと同じTシャツを着ていた為にとある日、20代の女性の患者さんから、「あなたは、臭いから私に近寄らないで」と罵倒されていました。その出来事があってから彼は毎日、Tシャツを着替える様になりました。8人目は30代前半の女性の患者さんです。「私はてんかんだから、父親から車の運転は禁止されているんだよね。でも原付バイクの運転は許可されている。父親の考えとしては、原付の事故で死ぬのは私1人の可能性が高いけど、車の事故だと他人も殺してしまう可能性が高いから、車は禁止なんだろうね」と彼女は笑みを浮かべながら話していました。9人目は20代前半の男性の患者さんです。「僕は進学校に入学したまでは良かったけど、そこでは落ちこぼれになってしまい、結局中退した。だから僕は中卒だよ」と彼は自嘲気味に自己紹介していました。そして、とある日、僕と彼が喫煙室で向かい合って煙草を吸っていると、彼は僕に向かって、「○○さんは、よく見ると赤ちゃんみたいな可愛い顔をしているね」と言って来ました。その時は僕も素直に喜んでいたのですが、退院から数ヶ月後の自宅で(あの男は、僕のハゲた頭を見て赤ちゃんみたいと、言っていたのかも知れない)と唐突に疑念が湧いて来てしまい、その日は丸一日、悔しい思いをする事になりました。10人目は高齢男性の患者さんです。彼は日常の会話すらままならないほど衰えていましたが、将棋が非常に強く僕は彼に1度も勝てませんでした。11人目は17歳の男性の患者さんです。彼はところ構わず服を脱ぎ、全裸になるのが好きな少年でした。今の僕は彼のその癖が完治している事を心から願って止みません。12人目は高齢男性の患者さんです。彼はカップヌードルが大好きで毎日食べていましたが、僕と周りの患者さんたちが何度丁寧に教えても、カップヌードルのビニールが開封出来ない男性でした。彼の両手や目に障害があったという訳ではありません。彼は箸を使って普通に食事をしていましたし、また、将棋は弱かったですが、そこそこ細かい字が書かれた駒は正常に並べる事が出来ていました。そして、暫くすると僕も周りの患者さんたちも、すっかり諦めてしまい、彼がカップヌードルを食べる度に開封作業を代行する様になっていました。13人目は中年男性の患者さんです。彼は穏やかな性格をしていましたが、過去に四国の刑務所に収監されていた事があるそうで、その時は刑務作業で養豚場の係をしており、お陰で毎日風呂に入る事が許可されていたと話していました。ですが現在、ネットで『四国 刑務所 養豚場』のワードで検索してみても、それらしい記事はヒットしないので、この話の真偽の程は僕には良く分かりません。14人目は中年男性の患者さんです。「ワシは喧嘩の時に棒で頭を殴られて頭がおかしくなったんよ」と彼は話していましたが、彼の印象的なエピソードとしては、廊下の真ん中でズボンとパンツを下ろし、しゃがんで排便をしている男性患者の背中をいきなり蹴り付けながら、「この犬畜生が」と叫んでいたシーンが思い出されます。そして、彼の毛の無い頭頂部には不自然で鋭角な凹みが確かに存在していました。15人目は中年女性の患者さんです。「人の顔が翌日には別人の顔に変わってるのは何なん? 私の周りには、そういう人たちが沢山おるんよ」と彼女は話していましたが、返答に困った僕は暫しの沈黙の後に「不思議ですね」と言うのが精一杯でした。また、別の日になると彼女は「私は元から頭が悪かったけど、精神薬のせいでもっと悪くなって、今では実の子供たちから『馬鹿親、馬鹿親』と呼ばれとるんよ」と煙草の煙を吐き出しながら、悲しそうに話していました。と以上が僕が3か所の精神病院で出会った15人の印象深い患者さんたちの思い出話です。彼等の中には既に他界された方、病気が寛解してのんびり暮している方、今も酷い症状に苦しめられている方など様々な方が居ると思われます。しかし、現在の僕には彼等の近況を知り得る手段がありません。そして、この中には再会してみたい方と、出来れば再会はしたくない方が居ます。それでも今後、彼等の人生と僕の人生が交差する可能性は極めて低いでしょう。当時の彼等の記憶を辿りながらこの場を借りて、既に他界された方にはご冥福を祈り、健在の方には病気に負けるなとエールを送らせて頂きたいと思います。さてここで話は変わりますが、僕が精神病院に入院したのは9年前が最後になるので、時折、入院生活が恋しくなる事もありますが、現在の僕は精神薬治療の重要性を深く理解する様になり、毎日真面目に精神薬を服用しています。お陰で精神も安定して平穏な日常生活が送れるまでに回復する事が出来ました。ですから、4度目の入院は恐らく無いだろうと考えています。そして、他人の事ばかり書いて自分の事を書かないのもフェアではありませんので、最後に僕の入院時のエピソードを書いておきます。最初に入院した精神病院の初日に、僕は強制退院させられる事を望み、周りの患者さんたちに喧嘩を売りまくっていました。そのせいで僕は保護室と呼ばれる隔離室兼懲罰室に入れられる事となってしまったのです。保護室の中で僕は酷く錯乱し、「ワシゃあ、◯◯組のもんじゃけぇのぉ」とか、「ワシゃあ、16の時に人を1人殺しとるけぇのぉ」とか、今、思い出すだけで赤面してしまいそうになる大嘘を慣れない広島弁を使いながら大声で叫んでいた記憶があります。しかし、その様な僕ではありましたが、精神薬の服用を続けるうちに次第に落ち着きを取り戻して行きました。そんなとある日、担当の精神科医が男性看護師を伴って、僕と会話をする為に保護室に入って来ました。(こいつが、僕をここに閉じ込めろと命令を出したのか)と怒りが込み上げて来た僕は、その精神科医の眼鏡を奪い取ると、遠くに放り投げてしまったのです。その後、僕の保護室生活が長引いたのは言うまでもありません。しかし、彼は僕がこれまでに掛かった5人の精神科医の中で、最も僕の親身になってくれた精神科医でもありました。保護室での彼に対する僕の暴挙は今となっては只々、恥ずかしい限りの心苦しい記憶です。そして、もう1つ僕の恥を晒しておくと、保護室生活前半の僕は全裸でした。それに付いては自分で服を脱いだ記憶が微かながら存在します。つまり、先程紹介した17歳の少年の事を兎や角言う資格は、僕には無かったというオチです。長々と書いて参りましたが、この辺りで3か所の精神病院の思い出話は終わりにしたいと思います。最後まで読んで頂きありがとうございました。


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