エピローグ
エピローグ
ん、
やけに耳がくすぐったい。なんだよ。猫でもおれの隣にいるのか。いやでもうち猫飼ってないしな……。
おれが口をもごもごさせていると、「くすっ」という声が聞こえた。
「あにきぃ、起きないと体くすぐっちゃうわよ? ほら起きなさいってば」
「……うわあああああああっ!」
おれは絶叫して起き上がる。なんでおれの部屋に勝手に入ってきてるんだよ!? ま、マジで心臓に悪いよ!
顔が勢いよく赤くなっていく。うわ、童貞にいきなりこれはキツいんだって! 顔だけじゃない! 体が、全身が熱くなってくる!
「おはよ、兄貴! うへへ! 起こしに来ちゃった!」
ニコニコ顔で小清水さんが挨拶してくる。あぁそうだった。小清水さんじゃなかった。
おれはますます熱くなる顔をペチンと叩き、ためらいがちに言った。くっそ恥ずかしいな。
「えっと、おはよ、友梨さん」
声がどもらなかっただけ奇跡だ……。幸せ成分一杯とはまさにこのことだろうか。
おれが思春期丸出しの反応をみっともなくしていると、友梨さんがちょっぴり頬を染めておれの裾をちょいちょいとつまんで引っ張ってくる。あなたそれパジャマ姿でやるの反則ですよ……。
「ねぇ、なんか違うじゃん……。き、昨日約束したじゃん。今こそ聞きたいんですけど」
おれは昨日のことってなんだっけと一瞬記憶が曖昧になるが、そういえばそんなこっぱずかしい約束を取り付けた覚えがある。あぁ、悶え死にそう。消えたい。だあああああああああああああっ! マジで思い出したくない。この世から消えたくなる。
「友梨、おはよう」
「……ん、はよ」
おれは耳元で囁いた。はずい! はずいはずいはずい! この世から今すぐにでも消滅してしまいたいほどの羞恥だ!
友梨さんはなぜか身もだえしながら答える。
ほんとに? ほんとにこれ毎日やるんですか?
「な……なんでおれの部屋に入ってきてるの? えっと、いやべつにいんだけど。心臓止まるかと思ったんだけど……」
「え~、だって兄貴を起こすのが妹の役目なんじゃないの? 違うの?」
「それはそうなんだけど……」
それって妹が幼いという設定があって初めて成り立つんじゃないんですかね!
その朝はとりあえず友梨さんと一緒に家事を分担してこなした。
何か急に距離近くなったような気がするな……。っていうか耳元で囁くってただしイケメンに限るって言う奴じゃないのかな……。
彼女からはめちゃめちゃいい匂いがして、おれの意識がほんの一瞬どっか飛んでいった。
「っっくうううううう~~~~~~~~~~~!」
……おれは終始悶えっぱなしでした。
学校でのできごとだ。
おれが話し終えると佐伯さんはくつくつと笑った。
「そうかそうかー、仲直りしたんだねぇ。そりゃよかったぜい! あたしも心配だったからさっ。いやーまじでそれ聞いて安心したよっ!」
いつも通りケラケラ笑って返してくれた。本当にいい子だよな……。
佐伯さんに一応おれたちの関係が修復されたことは告げた。お互いに話をつけて、きちんと兄妹として認め合ったことなどを話した。
そして元彼の件は、警察が何とかしてくれたため大丈夫になったと嘘をついた。まぁ昨日のことは、友梨さんだってあんまり深く語りたくはないはずだから。
言い忘れてた。友梨さんは学校では『小清水さん』だ。うっかり名前で呼んだら男子連中から非難の目を浴びるからな。……小清水さん人気高いんだよ。
「じゃあ、これから頑張れよ、お二人さんっ!」
佐伯さんはおそらく本気で心配してくれてたんだろうな。おれは「ありがとう」と心の底から礼を言った。
昼下がり。午後の授業はやっぱり眠くなる。っていうか大半の生徒が寝ちゃってるし。国語のおじいちゃん教師の声がのんびりと響いている。前の席の佐伯さんはきちんと背筋を伸ばして聞いてるんだから偉いよな。
おれはゆっくりとあくびをした。気持ちいいな。おれも寝ちゃおっかな。
……?
ペちっと太ももになにか当たった。消しゴムの塊だ。この角度は絶対に隣の席の友梨さんからのものだ。一気に眠気が覚めた。
「……ぇ」
おれは口を半開きにしてしまう。
彼女はうまく先生から見えないように、椅子の下に紙をちらつかせていた。……いつか見たピンク色のメモ用紙だ。たしかあのときは『――放課後、職員駐車場 来ないとぶっ殺すから』と書かれてたんだっけ。怖かったです、はい。
でも今日のその紙に書かれていることは違った。
その紙の面はバッチリこちらに見えている。
急にドキドキしてきた。心臓の高鳴りを抑えることはとうていできなかった。
だって授業中だし。先生に見つかったら、というか他の生徒に見つかったらどんな目に遭うだろうか。
気怠げな先生の声が、おれの耳から滑っていく。
友梨さんは前を向いて、きっちりノートに板書を写している……振りをしている。その顔を見れば耳まで真っ赤だ。
メモ用紙にはこう書かれていた。
『妹からのお願い きょういきたいとこあるんだけど』
恥ずかしいわ! おれは頭を抱えて悶絶してしまう。
なんで急に! っていうか先生にばれてないよな!
うわ! うわうわうわ! あんたなにやってんだよ……!
どういうことだろう。おれは辺りをちらちらうかがいながら、自分のノートに書き付けた。それから友梨さんに見えるように机の端までそれを持って行く。友梨さんはそれを横目にちらとうかがう。ちなみにおれは『どこに?』と書いた。
なんだこのやり取り……。おれは憤死しそうである。
いけないこと? その自覚はある。冷や汗も掻いてる。見つかったらどうしようとか、考えてしまう。けど友梨さんは嬉しそうだった。
書き終わったのか、また可愛らしいピンク色のメモ用紙をちらつかす。
『えのしま うみ』
……へぇ。友梨さん海行きたいのか。おれは感心すると同時に返事を書いていた。……きっとこれからこんなやり取りが続いていくんだろうな……とひしひし予感しながら。
『べつに構わないけど』
『いいの!?』
『断る理由もないし……』
『マジで!?』
『……いやここで嘘つく必要ナイでしょ……』
『よっしゃ、決まりねっ! 約束破ったらただじゃおかないからっ!』
先生の声は教室や廊下にまで響いている。たまに一人の生徒を当て、登場人物の心情がどういうものなのかを問うてくる。幸い席順に当てられてて、こっちまで来ることはない。
心臓の高鳴りが増した。耳の裏で、とくんとくんと音がする。指先がかすかに震えてくる。
どっ、どっ、どっ、とマジでうるさいなこの音! けどなぜか友梨さんの笑顔を見ているととても嬉しくなってきて。
友梨さんは前髪を耳の裏にかけ直した。それから「うっ、ううんっ!」と咳払いして、メモ用紙をくちゃくちゃにする。
あっやばい、とおれも急いでノートに書いたものを消す。
おれも彼女も、頬が赤くなっていた。だからなんだこれ!
「やーばいねこれっ! めっちゃ気持ちいいんだけどっ! ねぇ~、あんたもそう思わない!?」
ダメだ! ダメだダメだダメだ! くっそまだドキドキが収まる余裕がない! なんだこれは! 新手の拷問かよ!
ゆっくりとペダルを漕いでいく。手汗がすごい。ハンドル操作をややもすれば誤りそうだ。それくらいに今緊張している。
車がすぐ傍を横切っていく。
恥ずかしい。
ものすごく恥ずかしい。
すぐ後ろに友梨さんが乗っていて、おれの背中に抱きつく形である。まったくといっていいほど予測できなかった事態だ! ……いや、マジで!
夕焼け空が見えた。おれはあえてゆっくりとペダルを漕ぐ。背後では友梨さんの息づかいが聞こえてきて、おれの顔を赤くさせてくれる。ったくどうしたらいいんだよ! こんなドキドキするのは生まれて初めてだよ!
……さて、なんでこうなってしまったのかの説明は……まぁ一応しておくか。
『電車で行くんだよね?』
『え、なんで? 自転車に決まってんじゃん!』
というわけで自転車で行くことになった。ちなみに我が家には自転車は一台しかないので、必然的におれが運転で友梨さんが後ろに乗ることになるわけだが……
顔が……顔が熱いよ! 潮風と夕日に当てられてどうにかなってしまいそうだ! なんたる羞恥! おれは今すぐ潮風に乗って飛んで行ってしまいたい!
おれは努めて冷静を装う。けど心臓の音なんてものはぴっとりと密着している人間には伝わってしまうようで。
「あんたなに緊張してんのー? べつに二人乗りくらいふつうじゃない?」
ふつうじゃないよ! なんでそんなに冷静にいられるのだろうかこの子は! けどあれか? もしかしたらおれが知らないだけで、陽キャの間では二人乗りくらいふつうなのか?
「ふ、ふつうじゃないよ!」
「ふーん、まぁいいけどっ。あんたがそんな態度取ってるとさ、あたしまで、なんかこう、いたたまれないっつうかさ」
おれは口の中がカラカラに乾いていくのを自覚した。反射的にペダルを漕ぐ足を止めてしまう。石畳に足の裏をつける。けれどなぜか体はふわふわと浮いているような感じだが。
「ちょっ!? なんで急に止まるのよ!」
「ごめん、けどなんかつかれちゃってさ。すぐそこでジュース買ってくるから待っててよ」
情けない! みっともない! なんなんだおれは! 今すぐ人間辞めてクラゲになりたい!
「へー、じゃああたしも行くっ!」
くっ!
というわけで二人してジュースを購入した。おれはスポーツドリンクで、友梨さんがオレンジジュースだ。
だらだらと背中に汗が流れていく。夕焼け空は徐々に暗さを増していって、無言の二人を置き去りにしていくようだった。
「ふぅ……」
おれは思わずため息をついてしまう。こんなにみっともないところを見せてしまって、なんか申し訳ないって言うか。
「どしたん、なんかあったの?」
「いやべつに」
「ふーん、もしかしてドキドキしちゃった?」
「そりゃするでしょ! こんな経験したことないんだからっ!」
「へへっ、じゃあ初体験だねっ!」
「…………うるさい。…………あー」
――恥ずかしい死にたい。
しかしおれの懊悩なぞ確実に知らないであろう友梨さんがおれの裾をチョイチョイっと引っ張ってくる。あー、可愛いな。マジで可愛い。もうなんか二人乗りテンションでおかしくなってしまってるな、おれ。
「急がないと夕日沈んじゃうからさ、ね?」
「うんっ、ごめんそうだね」
おれは慌ててサドルに跨がった。友梨さんがおれの後ろに乗った。……ふぅ、二度目はさすがにいい加減慣れてきた。
漕ぐ。地面が遠ざかっていく。やっぱり海岸線を走るのは気持ちがいいな。なんかこう、青春って感じがする。
けどこれ確実に犯罪だよな!
ぎっこぎっこ、ザー。車が通っていく音と、カモメが空を飛ぶ音以外なにも聞こえない。
きっとこれも、青春の一ページ、という奴なのだろう。……なんか偉そうなことを語っていると思われるかも知れないが、きっと真実だ。そこ以外に存在しえない真実。
ペダルはいつもより重く、おれの心は軽い。
おれがそんなことを考えていると、ふと友梨さんが話しかけてきた。風の音が強いのでちょっと大きな声だ。
「あんたさ、趣味って読書とか以外にないわけ? ほらっ、なんかもうちょっと庶民的な奴!」
読書も充分庶民的だと思うけどな……。
「? どうしたの急に? ……あぁ、おれはそうだなぁ、あとは漫画とか読むくらいかな」
「ふーんそうなんだぁ。じゃ、じゃあさっ、あたしの部屋にある漫画今度貸してあげる! とびっきり面白い奴だから覚悟しときなさいよっ!」
果たしてなぜ覚悟が必要なのだろうか。その問いかけをしたらきっと殺されると思う。なんせ彼女は学校では女王様なのだ。……きっと家でも女王様になるんだろうな。
……いや、正直なって欲しい。
彼女にはそれがあっている。もう二度と公園で見せたような表情を彼女に見せて欲しくない。
「っへへ、そっか、そりゃそうだよねっ! あんた見た目からして根っこからオタクデスみたいな顔してるもんねっ!」
「なんなんだその評価は……」
おれってそんなにオタクに見えてしまうのだろうか! 割とショックなのだが……!
「あたしさ、ずっとやってみたかったことってあるんだよね。……そりゃもう友達とかとはできないこととかさ。っていうか友達に言ったら『子どもっぽい』って思われちゃいそうなこととか」
「へー、たとえばどんなことなの?」
「あ……ええっとさ、笑わないで聞いて欲しいんだけど」
……え、なに? なんだろう? 何か急にドキドキが再来してきた! マジで変なお願いとかだったらどうしよう? 卓球とかかな? それともテニスとか?
「げ、ゲームとか」
「ゲーム?」
おれはちょっぴり拍子抜けしてしまった。なんだゲームか。そんなものはいっぱいうちにある。
「へーどんなのがいいの? ほらポータブルタイプの奴とかさ、テレビゲームとか色々種類あるじゃん?」
おれは聞いた。っていうかこうやって彼女が提案してくるってことは、おれとやりたいってことだよな。
「……わ、わかんないわよそんなのっ! とにかくあ……兄貴と、いっ、一緒にできるような奴! バカッ!」
怒鳴られた。怒鳴られてしまった。おれ……なにか悪いことしたかな……? うんしてないと思う。……友梨さんやっぱ怖いよ……。
でもそっか。やりたいことがやれるって、いいことだよな。
「よしっ、じゃあ帰ったら格ゲーでもしよっか?」
おれの背後の気配が強まった気がした。いいや、この表現はちょっとおかしいな。けど後ろの友梨さんが喜んだような、子どもみたいに目を輝かせたような気がした。
とびきり嬉しそうな声が聞こえた。そりゃもう、おれまで嬉しくなってきてしまうほどにだ。
「――うんっ!」
というわけで海に到着した。ものすごく腰が疲れた。っていうか足も疲れた。帰ったら寝たきり状態になるんじゃねーのこれ。
「これは筋肉痛だな……明日は」
「はぁ? 簡単になるわけないでしょ? あんた昔やってたんだから、そう簡単に筋肉痛にならないんじゃないの?」
「筋肉痛って言うのはふだん動かさないような筋肉を使うから起きるんだよ」
「そ、そっか。……ご、ごめん、なんかあたしが動かしちゃったみたいでさ。そうだよね、あんたあたしのわがまま聞いてくれたんだもんね」
二人して海に降りていく。なんかすっごいファンタジックだなぁ。マジで砂浜歩いてたらモンスター出てきそうな感じがする。
砂浜が赤く輝いてるところを見たことがあるだろうか。まさしくそんな時間帯だった。
「「……」」
沈黙が支配する。べつに気まずいとかそう言うのじゃなくて単にきれいな海に見とれているだけだ。海鳥が楽しそうに空をたゆたっている。風が塩っ辛く、生ぬるい。
おれはふと隣の友梨さんを見た。なんとなく、である。艶めいた髪がふわりと持ち上げられておれは思わずときめいてしまう。
頭を振る。なんか今日のおれはとことんおかしくなっているような気がする!
「……。なにあたしのことみてんのよ?」
「バレてたんだ……。ごめん下心とかじゃいからな」
「男子の視線って案外バレバレだかんねー! 胸とか見てくる奴は特にわかるわよ。まぁあたしは第三ボタン開けてることもあるし、しょうがないっちゃしょうがないんだけど!」
「べつに胸は見てないって!」
男子って女子と目あわせるの辛いからついつい視線が逸れて胸の方に行ってしまうのだ。下心とかではなく単に逸らした先が下の方だったと言うだけだ。
「ははっ、そう。まぁでも、なんだろ。この海すっごくきれいだよねー」
おれはうなずく。この景色がいつまでも続いてくれればいいと思うのに、太陽というのは無情に沈んで行ってしまうものである。おれがいくら手を伸ばしたところで、抗えない摂理。
「あたしさ、海で泳いだことないんだよね! だからめっちゃテンション上がるって言うか! 連れてってもらったこともなかったし、何より水着着て泳ぎたくなかったからさっ。だから、こんなとこに来んの初めてなんだよね」
友梨さんが楽しそうに言った。おれは無言のまま彼女を見つめる。ゆっくりと砂浜を海に向かって歩いて行く。そのまま靴を脱いだ。靴下も脱いだ。
一気にかけ出していって、じゃぽんと波打ち際までたどり着いてしまう。
お、おれはちょっぴり緊張する。まただ! っていうかこの流れだと波打ち際ではしゃぐ二人が完成するんじゃないか!? いかん! それっばっかりはおれにはハードルが高い!
「うわっ! めっちゃつめた! ねーほらあんたも来てよ! へへっ、えいっ!」
ぶはっ! 油断していたおれにダイレクトアタックする。ちょっとだから恥ずかしい奴じゃん……。はしゃぐ友梨さんを見ながらおれはやれやれと首を振る。こ、こんな目に遭うとは……。
おれはポケットに手を突っ込んで、彼女を追いかけることにした。おんなじように靴も脱いで靴下も脱いだ。裸足で歩くには砂浜はちょっと冷たいけれど、とても心地がいいもんだ。……って嘘! ちょっと冷たすぎる!
二人して足を濡らして砂浜を歩いて行く。
なんだかぎこちないような気がしたけど、しょうがないよな! だって慣れないモンは慣れないんだもの!
「クッソ冷たくない!? うわヤバいわこれ!」
「……だね! 季節的にもうちょっと温かいかなとも思ったんだけど」
「ははっ! これあれだわ! またあたし風邪引く奴だわ!」
「それだけは勘弁してよ……」
あのときは本気で心配したんだから! もうあんな心労は背負いたくない。もうごめんだよ……。
しばらくして友梨さんが言った。幻想的な雰囲気の中で振り返る彼女はとても美しかった。
「あのさ、兄貴あたしが風邪引いたとき看病してくれたじゃん? あんときのお礼しっかりできてないなーって思ってさ」
「べっ、べつにいいってそんなこと! 気にされてもこっちは困るし! なんというかほら! 困ったときはお互い様だからさ!」
友梨さんがむっとした表情になる。おれは、うっ、とうめき声を上げた。あれこれおれが悪いの?
「嘘つかないでよ!」
「嘘じゃないって!」
「嘘に決まってんじゃん! あたしちゃんと覚えてるからっ! あんたがあたしに付き合って手繋いでくれたこと。あたしが眠ってる間に、…………そ、傍にいてくれたこと。……あれ、めっちゃ嬉しかったんだからねっ!」
「……!」
そうだったのか……。おれは顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなる。嬉しかったんだ……!
思い出したらまた顔が熱くなってきた。
「ねぇ、そのお礼、今したいんだけど、ダメ?」
「え?」
おれは動けなかった。
たたたっと駆けてきたおれの義妹は、おれの両肩を倒れ込むように掴んで、ほっぺたに口づけてきたからだ。
強く、押しつけられる。倒れ込んでくる彼女を支えるような形で、おれはその場に棒立ちになる。
熱い。
なんだこれ。
「――な、」
心臓が今にも破裂しそうだった。友梨さんがゆっくりと体を下げていく。その瞳がわずかに潤んでいて、ほっぺたが少女漫画のヒロインのように赤くなっていて――おれは思わず彼女に見とれてしまった。
す、すんげl可愛い!
呼吸が乱れていた。ドキドキが抑えられなかった。目の前にいる女の子が自分の妹になったという実感を、いまだにできないでいる。
おれはしっかり立っているのかどうかすら不安になる。ただでさえ波打ち際だ。ちょっとした揺らぎでおれは波に攫われて行ってしまうかも知れない。
頬が熱くなる、
胸がときめいている、
「ねぇ、あにき?」
おれは今日のできごとを一生忘れられないだろう。……ていうか、忘れられるわけがないだろ。
おれの目の前で、おれにだけ彼女が笑顔を見せてくれたんだ! 忘れたくない。忘れられるわけがないじゃないか!
それと同時におれは否が応でも思い知らされた。おれは彼女を守る存在でなければならないと。支えられる存在でないといけないと。胸の深くで刻みつけた。
おれと彼女はもう家族になったんだ。
その関係性は一生続くのだ。だからこそ今ここで決心しなければならないのだ。
西日の傾きがまるで誰かに糸で引っ張られているみたいに強くなる。二人の影がぐーっと伸びていき、おれは呼吸を止めた。
友梨さんがおれの目をしっかりと見ている。その金色の髪は夕日に照らされて、その表情も明るく輝いていた。
この輝きは、おれの宝物だ。そう思ってしまうほど美しくて。
リップグロスの塗られた唇が静かに動いた。
だいすき
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