となりの義妹の小清水さん

相沢 たける

プロローグ

「ほんっとにあり得ないから!!」


 その声はファミレス内によく響いた。おまけにおれの耳にも痛いほどに。

 おれと父さんは目を合わせようとして――やめた。心が痛むのが目に見えている。


 義妹。


 それは家族であって、お互いに意識し合う関係性。良くも悪くもだ。

 義理の家族って言うのはなかなかに難しいものだけど、それなりに楽しいものなのだろうと思っていた。

 幻想だ。この瞬間おれははっきりと悟った。いやもともとそんな幻想を抱いているおれの方も悪いんだけど、これっばっかりはラノベ読みは期待してしまうのだ。義理の妹なんてできたら嬉しいと思ってしまう、オタクのサガ。

 目の前にいるのは完全なギャルだ。学校ではカースト上位にいそうなほどに華やか。


 まぁ言うなれば、ブラウス一枚来ていて、第三ボタンは開かれていて、腰にはカーディガンを巻いているザイケてる女の子! おれとは縁遠いタイプの女の子だな。髪の毛の色は茶色から金色の中間。きれいなロングである。ヘアピンがやけに可愛いな。

 おれはこの女の子と一生仲良くなれないと思った。というかこの子を怒らせないようにこれから生活していかなくちゃいけないんだろうな。


 父さんは困ったように頭を掻いている。どうしてくれるんですかこの状況! おれ泣いちゃうよ! 初対面の女子にここまで言われるなんてかなりキツいんすけど!

 おれとカラコンの入った目をじーっと向けてきているその女の子は、やがてその染められた髪をぶんぶん振って机に伏してしまった。


「あぁーんもう最悪っ! どうしてこんな奴の妹なんかにならないといけないわけ? 冗談じゃないんだけど! あたしの人生ここで終わりじゃん!!」


 その子はガバッと顔を上げると、泣きはらした目をゴシゴシとぬぐった。

 マジで、マジで泣いているらしい! なんかこっちまでいたたまれない! っていうか申し訳ない! 存在していてすみませんと謝りたくなってしまう。たしかに、おれみたいな奴が兄だとこの子に釣り合ってないもんな……。


「なんでこんな奴の妹に……っ! ぐすっ! なんでなんでどうしてよっ! あたし今までの生活でよかったわよっ! どうしてこんな陰キャが私の兄貴なのよ!」


 その女の子はぼろぼろと涙を流している。すごい勢いで泣いている。机の上に涙溜まりが形成されるほどに、ガチ泣きしている。


「ほ、ほら……! ハンカチどうぞ! これから色んなことがあると思うけどさ、おれの方も小清水さんと家族になれるように努力するからさ」


――小清水友梨、それが彼女の名前だ。今日は顔合わせの日だった。

 おれはなけなしの勇気を振り絞って言ったのだ。我ながら本当に無茶していると思う。

 が。

 この女の子はおれの優しさをむげにした。それはもう物理的にも精神的にも痛いほどに。

 ぱちん! とおれの手を振り払う。ハンカチがひらひらと床に落ちていって、近くにいた店員さんが微妙な顔で拾った方がいいのか拾わない方がいいのか悩んでいる。

 困ったな……。マジで嫌われてるよ、おれ。出会ったばかりなのに。

 いや、おれだって自分の知らない人間といきなり家族になれと言われて、緊張しないわけがない。多少なりの抵抗はすると思う。


 でも! さすがに!


 ここまで拒絶されるとおれだって傷ついてしまう。

 あぁ。

 義妹もののラブコメ。

 フィクションの中ではなんだかんだ言い合いながら仲良くなっていく未来は存在するだろう。

 けど。

 初手でここまでいきなり嫌われて――これからどうすりゃいいんだよ!

 おれはビクビクと彼女に手を伸ばした。

 一応年齢は同い年だ。そして学校も一緒。同年代だからこれからうまく話を合わせていこうと考えていたのはついさっきまでの話。


 おれは軽く絶望していた。義妹ができると喜んでいた自分を本当にぶん殴ってやりたいよ。

 現実はそう甘くない。

 義妹に泣かれた。……そもそも向こうはおれたちのことを家族と認めていない。

 その事実はこれからも尾を引き続けるのだろう。

 それでもおれは手を伸ばす。気持ち悪いと思われても、一緒にこれから生活していくのだ! 挨拶くらいはきちんとしておきたい!

 それなのに!


「……はぁ? なれなれしくしないでよ。気持ち悪いんですけど。

 私帰るから、それじゃ」


 え?

 ええええええええええええええええええええっ!?

 おれは内心で絶叫していた。

 そういう流れになっちゃうの? マジ? 

 おれがまごまごしているうちに、その義妹になるはずの女の子は本当に鞄を引っ掴んで立ち上がってしまう。


「あ、会計よろしくー。あ~もうほんと最悪! お母さんに頼んで一人暮らしできるようにたのめないかしら……!」とかなんとか呟いて、去ってしまう。めっちゃ早足で。

 やがておれと父さんだけが取り残された。

 ファミレス内にはいたたまれない沈黙が流れている。ほとんど葬式に近い気分。


「……ま、まぁなんだ、なんか頼むか」

「……それでいいの!?」



 おれは思う。

 青春ってのは波瀾万丈だと。

 それぞれの生き方があって、それぞれのやり方があるのだと。

 それでもおれはこれだけ言っておきたい。


 ……おれ、あの子と仲良くなれる気がしない。

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