死にゲーの世界でも推しとイチャイチャするのは可能ですか?

青ヤギ

死にゲーの世界でも推しとイチャイチャするのは可能ですか?


 人は死の直前になって初めて、心から求める願望を顕わにするという。


「うおおおお! 来世は爆乳の女の子だらけの世界に生まれてええええ!!!」


 と叫びながら俺は突っ込んできたトラックに轢かれて死んだ。

 居眠り運転か飲酒運転かわからないが、こんな異世界転生ものの冒頭みたいな死に方をする羽目になるとは。

 ついぞ女を知ることがなかった童貞社畜の人生が、こうして幕を閉じた。

 ちくしょう、死んでも死にきれねえ。

 一度も女のおっぱいの感触を味わったことがないまま死ぬだなんて……そんなのはイヤだ!

 神よ! どうせ転生するなら爆乳の女の子がいっぱいな世界に転生させてくれ!


 その願いが天に届いたかはわからないが、俺は気づくと赤ん坊になっていた。

 両親が当たり前のように魔法を使っていたから、マジで異世界転生をしたようだ。


「ジル、ミルクの時間よ~」


 ジルというのが俺の名前だ。

 ちなみに母親は美人でおっぱいがすっげーデカかった。ありがとう神様。たっぷり味わわせていただきます。


「この子、母乳飲むとき舐めるのよね……」


 赤ん坊時代にしか許されないからね。


 かくして爆乳ミルクですくすく育った俺は、第二の人生を満喫することにした。

 ぶっちゃけ貴族の家に生まれることを期待していたけれど、俺の生家は小さな村にある普通の農家だ。

 まあ、それも悪くない。のどかな村でスローライフをするというのも、それはそれで乙なものだ。

 貴族は貴族で習い事とか作法とか面倒くさそうだし、庶民だった俺的にはこっちの生活のほうが馴染むだろう。

 そして嬉しいことに、この世界にはやたらと美人でおっぱいの大きい女性が多い。そこらへんにいる村娘でも元の世界だったら絶世の美女と持て囃されるだろってくらいルックスレベルが高い。

 どうやら神様は俺の願いをちゃんと聞き入れてくれたようだ。マーベラス。


 いずれは俺も村の女性の中から嫁を貰うことになるだろうが、これなら誰が嫁に来ても不満はない。いまから大人になるのが楽しみである。

 よ~し、立派な農家になって爆乳の嫁さんとエロエロしまくるスローライフを満喫するぞ~!

 ……そう考えていた時期が私にもありました。


「吸血鬼だぁ! 吸血鬼が来たぞおおお!!」

「逃げろ! 母さん! ジル! お前たちだけでも生き延びるんだ!! ウ、ゴッ……ギャアアアア!!」

「いやああ! あなた! 吸血鬼なんかにならないで!」

「ニ、逃ゲロ……俺ガ、俺デ、イラレルうちに……」


 とつじょ村に襲来した異形の怪物。

 触手のようなものを何本も伸ばして、人間の血を吸っていく。

 そして血を吸われた人間は、異形と同じ姿に変貌していく。

 俺の父も、ヒトの形を失い、巨大な化け物となってしまった。

 吸血鬼と呼ばれる化け物へと……。


「ジル! 走って逃げなさい! 私が囮になるから、早く……ああああ!!」

「か、母さあああああん!!」


 かつて父だったモノが母に襲いかかり、その豊満な乳房ごと噛み潰し、血を啜っていく。

 やめろおおお! 母さんのおっぱいがああああ!!


「あ、ああ……何で、こんなことに……」


 今日は、俺の十二歳の誕生日だった。

 決して裕福な家庭ではなかったけれど、父さんも母さんも、この日だけはご馳走を用意して、盛大に俺を祝ってくれるはずだった。

 なのに……一瞬にして、俺は両親を失った。


 そこはまさに地獄だった。

 あちこちで悲鳴が上がり、死体だったものが次々と化け物へと変わっていく。

 気づけば、ヒトの形を留めているのは、俺だけになっていた。

 化け物たちの無数の目がギョロリと、最後の獲物である俺を睨む。

 腰を抜かして動けない俺に、異形の触手が無慈悲に迫ってくる。


 ……え? ちょっと待って。

 この化け物たちの見た目、すっごい見覚えがあるんだけど。

 吸血鬼ってネーミングのわりにかなりグロテスクで、どっちかって言うと「イア! イア!」な宇宙的恐怖っぽさ醸し出す禍々しいデザイン。

 あれ? もしかしてこの世界って……。


 吸血鬼の触手が牙を剥こうとした、その瞬間……銀色の光の筋が、幾度も瞬いた。

 異形たちのおぞましい悲鳴が上がり、血飛沫が噴水のように巻き起こる。


「……生き残ったのはあなただけのようね。ジッとしていなさい。すぐに片付けるわ」


 凜とした女性の声。

 いつのまにか目の前には、黒衣を纏った銀髪の女性がいた。

 ルビーのように赤い瞳が、俺を見つめる。

 人間離れした美貌に、思わず心臓が跳ね上がる。


 初対面の女性……なのに、俺は彼女を知っている。

 その姿に見覚えがある、


 銀色の長い髪。

 暗闇の中で光る赤い瞳。

 翼のように広がる黒衣。

 灰色のジャケット。

 レザーショートパンツに、黒のサイハイソックス。

 そして手に握る、漆黒の十字剣。


「安心なさい……いま私が、解放してあげるわ」


 女性は剣を一閃する。

 異形の怪物たちは、たちまち寸断され、赤黒く光る粒子となって散っていた。


「もう大丈夫よ、坊や」


 銀色の月を背にして、女性が手を差し伸べる。


「あ、あなたは……」

「ただの吸血鬼ハンターよ。名前は──」


 女性が名乗る。

 俺はその名前をやはり知っていた。

 だって、それは散々プレイしたゲームの主人公の名前だから。


 クレハ・ディシプリン。

 吸血鬼と人間の間に生まれた『混血鬼ダンピール』。

 生まれながらにして、吸血鬼を屠る絶対的特効を持ち、吸血鬼と戦うことを宿命づけられた乙女。


 ま、間違いない。

 やっぱりここは……この世界は!


 最凶最悪の死にゲー……──『ブラッドブルーム』の世界だ!



   * * *



 死にゲーとは、簡単に言えば非常にゲームオーバーになりやすい難易度の高いゲームのことだ。

 敵が強いのはもちろん、まず初見ではクリアできないトラップやイベントがあったり、そもそもちょっとした攻撃や怪我ですぐにHPが0になったり……とにかく死んで死にまくって初めて攻略法が見えてくるという、普通の難易度のゲームでは満足できなくなったハードユーザー向けのジャンルだ。


 『ブラッドブルーム』も、そんな死にゲーのひとつである。

 題材としては、吸血鬼と戦うゴシックホラー風味のダークファンタジーだ。

 前世で俺もプレイしてみたが……まあ、とにかくムズい。どれだけ対策しても、あっさりと死ぬ。

 敵が強すぎるのはもちろん、デザインもとにかくグロくて怖くて、初見では尻込みするほど迫力があるし。

 雰囲気も全体的に不気味で、ホラー要素が強いので結構ビビることが多い。


 ……だが俺が一番このゲームを評価しているのは別の点だ。

 登場する女性キャラたちの体つきが、とにかくエッチなのだ!

 スタッフのほとんどが元々アダルトゲームの出身ということもあり、女性キャラクターのデザインや作中イベントの演出が一般向けゲームにしては、なかなか過激と話題になった。

 おっぱいとお尻がデカイ! 太ももだってムッチムチ!

 フィギュアは大量に生産され、薄い本はそりゃもうベラボーに作られた。


『女の子みんなエッチでかわいいな! 試しに買ってみよう!』


 とビジュアルに釣られてゲームを買って地獄を見たプレイヤーがいったい全国で何人いたことだろう。

 かくいう自分もそのひとりだ。しょうがねえだろ。PV動画であんなに胸をバルンバルン揺らされちゃ買うしかねえよ。


 まあ、ゲーム自体は難しくも、とても面白くプレイできたので後悔することはなかったが。

 キャラクター、ストーリー、アクション、ビジュアル、総合的に見て『ブラッドブルーム』は間違いなくゲーム史に残る名作だ。

 ……そして見事『トラウマ製造機』として瞬く間に名を馳せた。

 なぜって? だって基本的にこのゲーム……どのルートもすべてバッドエンドなんだもの!

 愛着あるキャラクターはほとんど死んでしまうというか……九割死ぬので、ぶっちゃけ主人公であるクレハ・ディシプリンしか生き残らない。

 そして彼女は、どのルートでも悲惨な末路を辿る。

 あまりに救いがない結末に、いったいどれだけの救済IF二次創作が書かれたことか。


 そう……そんな救いのない世界に俺は転生してしまったのだ!

 いや、確かに『爆乳の女の子だらけの世界に転生してくれ』って望んだけどさ……誰が死にゲーの世界に転生させてくれと望んだ!

 そこは普通はさあ! 抜きゲーみたいに頭空っぽにして美少女たちとエッチできる主人公に転生させるもんじゃないの!?

 俺は死に際『爆乳の女の子だらけの抜きゲー主人公に転生してえええ!!』と叫ぶべきだったのかもしれない。


 どれだけ後悔しても、もう遅い。

 転生してしまった以上、俺はもうこの『ブラッドブルーム』の世界で生きていくしかないのだ。

 だが……両親を失った。村も無くなった。

 恐ろしい吸血鬼が蔓延る、こんな過酷な死にゲーの世界で、俺はいったいこれからどう生きればいいんだろう?

 だが幸い、路頭に迷うことはなくなりそうだ。


「この町を抜けた先に、フロース教会っていう場所があるわ。そこでなら、あなたのことを匿ってくれるはずよ」


 吸血鬼を退治した後、クレハは俺の身を保護してくれた。

 いまは、フロース教会に向けて一緒に旅をしているところである。

 フロース教会……確かゲーム内でクレハが拠点とする場所だ。

 教会には俺と同じく吸血鬼被害によって身寄りのなくなった子どもたちが住んでいる。

 最も、その人数は僅かだ。吸血鬼の襲撃を受けた村や町はほとんどの場合、全滅するからだ。俺のように生き残れるのは、よほど幸運の持ち主と言えよう。


「今夜はこの宿で休みましょう。朝にここを発てば、夕方頃にはフロース教会に着くはずよ」


 今夜はもう遅いので、宿に泊まることになった。

 金銭は僅かなので、部屋は一緒である。

 ……そう、クレハと一緒の部屋でお泊まりである!


「どうしたの? 何をそんなに縮こまっているの?」

「あ、いえ……」

「……気を張る必要はないわ。明日も長旅になるのだから、しっかり休みなさい」


 いや、気を張るのも仕方ないでしょ!

 だってまさか、こんな美人の女性とお泊まりをすることになるなんて!

 しかも最推しのキャラと!


 そう、クレハ・ディシプリンは『ブラッドブルーム』で一番好きなキャラである。

 銀髪で赤眼で爆乳。ただでさえ俺の好きな属性が盛りだくさんだというのに、クールで無愛想ながらも不器用な優しさを持つ彼女に、俺は惚れ込んだ。

 『混血鬼ダンピール』という呪われた血の宿命を持つ彼女は、その出生のせいで人々から差別されてきた。

 だが、彼女はそれでも世の平和のために剣を握るのだ。

 こうして出会ったばかりの俺を保護してくれたように、とても優しい女性なのである。

 いざ助けてもらったことで、ますます彼女に惚れ込んでしまいそうだった。

 そんなクレハと同室という状況で冷静でいられようか!

 前世で童貞だった俺には刺激が強すぎるイベントだぞ!

 まあ、俺いまは十二歳の小僧だし、たぶん異性として意識されてないから平然と相部屋にしたんだろうけど……。


 チラッとクレハのほうを見やる。

 黒衣を脱ぎ、二の腕が露出した長手袋を外し、ベッドの上でひと息吐く銀髪の美女。

 改めて見ても、とんでもない美しさだ。

 画面越しで見るのとでは、まったく印象が変わってくる。

 肌めっちゃ白いな~。睫毛も長くて、髪もサラサラとしていて……そしてやはり、どうしても視線が豊かな胸の膨らみに吸い込まれてしまう。

 ジャケット越しでもわかる大きな膨らみ……うん、デカイ。本当にデカイ。

 色白の絶対領域もムチムチとしていて、たいへん目に毒だ。

 さすがは、あらゆるバージョンのフィギュアが作られたヒロインだ。

 男心をくすぐる魅力をとことん詰め込んでいる。

 ああ、いけないと思いつつも、ついつい見てしまう。

 深い胸の谷間とか、意外と大胆な黒のブラジャーとかショーツとか……ん?

 気づくと、クレハは目の前で衣服を脱いでいた。


「な、何してるんですか!?」

「何って……体を洗うために脱いでるのよ。血でドロドロで気持ち悪いもの」


 そう言うなり、クレハは水を溜めた桶を用意し、下着まで脱ぎ捨てていく。

 俺は慌てて目を逸らした。

 い、いくら俺がガキだからって警戒心なさ過ぎではないか!?

 そりゃ、吸血鬼ハンターのクレハなら力は数倍強いだろうし、俺が襲いかかったところで簡単に吹っ飛ばされてしまうだろうが……。


「あなたも脱ぎなさい。洗ってあげるわ」

「……はい?」

「吸血鬼の瘴気を浴びたままでしょ? いまから聖水で拭い落とすわ」



   * * *



 吸血鬼が放つ瘴気には、他の吸血鬼を喚び寄せるフェロモンのようなものがあるらしい。

 これは聖水という特別な水で拭い落とさないといけない。

 クレハが桶に溜めた水は、教会が用意した聖水だ。

 聖水で濡らした布巾で、クレハは俺の体を拭っていく。


「この聖水は特別製よ。吸血鬼が毛嫌いする匂いがあるから、当面はあなたに吸血鬼が寄りつくことはないわ」


 特別な聖水……それは混血鬼ダンピールであるクレハの血が混ざっているものだ。

 吸血鬼に対して絶対的特効を持つクレハの血は、まさに吸血鬼にとっては毒も同然だ。

 彼女の言う通り、吸血鬼除けとして、これほど効果が覿面な聖水もないだろう。


「……これでいいわ。綺麗になったわね」

「あ、ありがとうございます」


 推しに全裸を見られた上、隅々まで洗ってもらってしまった。

 緊張で体が石のようにカチコチである。


「ん……」


 横でクレハも聖水で身を清め始める。

 彼女も当然、全裸である。

 俺は見たい気持ちを抑えて、目を必死に逸らした。

 いくら異性として意識されていないからといって、マジマジと見るのは失礼だと思ったからだ。


「ねえ」

「あ、はい!?」

「背中、頼めるかしら?」

「……へ?」


 クレハは俺にそうお願いをしてきた。

 長い髪を前側に掻き分け、白く綺麗な背中を向けてくる。

 思わず、ゴクリと唾を飲んだ。

 う、美しい。なんて美しい背中なんだ。

 ていうか、腰ほっそ! おっぱいとお尻と太ももはムチムチなのに、なんでこんなにウエストは細いんだ! まあ、この世界の女性の体格だいたいこんな感じなんだけどね!

 ていうか後ろ姿からでもおっぱいの輪郭が見えるって、どんだけデカイんだ!?

 いいんですか!? こんな極上の女体を俺なんかが触れてしまっていいんでしょうか!?


 布巾を握りしめて俺が長らく葛藤していると、クレハは何か思うところがあったのか、ジッと視線を寄こしてきた。

 ……そこには、どこか底冷えするような、諦観めいた色があった。


「……私が怖いかしら?」

「……え?」

「察しはついているんでしょ? 吸血鬼をあんなにも簡単に消滅させられるのは、混血鬼ダンピールだけだって」

「……」

「そうよ。私は混血鬼ダンピール……【クイーン】の血を継ぐ呪われた娘よ」


 【クイーン】。

 それがこの『ブラッドブルーム』のラスボスの名であり、諸悪の根源だ。

 宇宙からやってきた謎の生命体……それと接触したことによって変質した女性は『自分の眷属が欲しい』という本能に支配され、人間たちを自分と同じ吸血鬼に変えていく。

 続々と増える眷属。だが彼女はやがて思う。


 本当の子どもが欲しい、と。


 そうして彼女は人間の男と交わり、自らの血を継ぐ娘を産む。

 言うまでもなく、それがクレハだ。

 クレハは、自らを産んだ【クイーン】を滅ぼすべく、ハンターとして戦い続けているのだ。

 ……だが世間は、そんな彼女を恐れる。

 どれだけクレハが吸血鬼と戦ってくれても、彼女の中にある【クイーン】の血が、いつ人間たちに牙を剥くかわからない。

 そんな不穏な空想を働かせ、誰もがクレハを遠ざけている。

 彼女を理解し、受け入れてくれる存在は、この世界では僅かにしか存在しない。


 ずっと、ずっと人々から差別を受けてきたクレハ。

 どうやら、俺の強張った態度も、恐怖心によるものだと思ったらしい。


「……私が恐ろしいなら、別の教会に助けを求めなさい。手配はしてあげる。この部屋は朝まで自由に使いなさい。私は扉の外で……」

「怖く、ないです」

「……え?」


 布巾を握り、彼女の背中を洗う。

 今度は目を逸らさず、まっすぐと見つめながら。


「命の恩人である、あなたを怖がるなんてことしません。たとえ混血鬼ダンピールでも」


 壮絶な戦闘力に驚きはした。でも恐怖までは感じていない。

 むしろ、剣一本で戦う彼女を、美しいとさえ思った。


「緊張していたのは、あなたがその……あまりにも綺麗だからです」

「綺麗って……私は混血鬼ダンピールよ? 普通の女とは違うのよ?」

「そ、それでも俺にとっては、綺麗なお姉さんにしか感じません! だからずっとドキドキしてるんです! いまだって……あなたの裸に、めっちゃ興奮してるんです!」


 もう正直にぶっちゃけた。

 そのほうが誤解が解けると思った。


「……お世辞が上手ね。気遣ってくれて、ありがとう。でも無理をしなくてもいいのよ? 私みたいな化け物の血が混じった女相手に、子どものあなたが興奮するわけ……」

「あ」

「え?」


 クレハがこちらに向かって振り返る。

 彼女の眼前には、緊張とは違う意味で石のように固くなった物体があった。


「……ッ!?」


 クレハは顔を真っ赤にして、動揺した表情を浮かべた。

 それは、ゲームでも目にしたことがない、クレハの慌てふためく、乙女染みた顔だった。


「……あなた、変な子ね」


 クレハは今更のように胸元や股間を手で隠した。




 安い宿なのでベッドはひとつしかなかった。

 クレハが「私は床で寝るからあなたが使いなさい」と言ったが、さすがに女性を床で寝かせるわけにはいかないので首を振った。


「……じゃあ、一緒に寝ましょうか?」

「え?」

「怖いならべつに……」

「いいえ、一緒に寝ましょう」


 また誤解から傷つかれるのも悲しいので、思わず頷いてしまった。

 ま、まあ大人と子どもの体格差だし、何とかなるだろう。

 と思ったが、小さいベッドだったので、かなり密着する形になってしまった。


「……もっとこっちへいらっしゃい。ベッドから落ちてしまうわよ?」

「は、はい……」


 薄いネグリジェを身につけたクレハにキュッと抱きしめられる。

 豊満な乳房が思いきり当たり、またしても一部が熱く硬直する。


「……気にしなくていいわ。男の子なんだから」


 羞恥と申し訳なさで消沈する俺の背中を、クレハはあやすように撫でてくれた。


「……本当に、変な子」


 穏やかな声で、クレハはそう囁いた。

 まるで母に抱かれるような安心感があり、気づくと眠気がやってきた。


 クレハ……本当に強くて、優しい人だ。

 つくづく思う。こんな素敵な女性が、どうして報われないのだろう?

 『ブラッドブルーム』には三つのエンディングがある。


 吸血鬼すべてを滅ぼせたが、仲間もすべて失う『孤独エンド』。

 人類に絶望し【クイーン】の後継者として闇堕ちし、吸血鬼の子を産み続ける『母胎エンド』。

 月からやってきた生命体と融合し、人間も吸血鬼も滅ぼし、星の生態系を新たに造り替える『新星ルート』


 どれもバッドエンドだ。

 これでは、あまりにも彼女の人生に救いがない。

 このまま戦い続ければ、クレハはいずれかのルートに辿り着くだろう。

 そうなったら、俺も無事では済まない。

 ……でも、どうしてだろう。

 自分のこと以上に、彼女のことを何とかしてあげたい気持ちが、いまは強い。


 ちょっとしたことでも死が付きまとう、死にゲーの世界。

 正直ゲームの知識があったところで、どこまで役立つかわからない。

 仮に既知にある危機を回避したところで、また思わぬところから新しい危機がやってくるのが、この世界だ。

 そんな過酷で理不尽な場所で、俺ができることなどあるのだろうか?

 でも……どうにかして、彼女の運命を変えたい。

 そう考え始めていた。



   * * *



 翌日、クレハに手を引かれて、森深くにある教会に無事に辿り着いた。

 ここがフロース教会……ゲームで見たまんまの建物だ!


「戻ったわエリス。手紙で知らせた子どもを連れてきたわよ」


 扉を開けて礼拝堂に入ると、巨大な十字架の下で祈りを捧げていた女性が振り返る。

 ブロンド色の長い髪に金色の瞳。童顔でありながら起伏の激しい体をシスター服で包んだ美女……。

 彼女のことも俺は知っている。

 クレハの数少ない理解者にして親友である、エリス・カートゥル。

 若くして、この教会を運営する聖女だ。


 本物のエリスだ! すごい! あまりの美貌で後光が差しているように錯覚してしまう。

 そして、デカイ。おっぱい、デッカ! 作中でもトップクラスの爆乳おっぱいが歩くたびにブルンブルンと揺れている!

 聖女がそんなおっぱいして良いと思っているのか? 良いに決まっている。

 童顔でありながら、熟成した体つきと深い母性を感じさせる佇まい。そのギャップに思わずクラッとしてしまいそうになる。


 ……でも、この人もゲームだと死んでしまうんだよなー。

 生存ルートがないことに、どれだけ絶望したことか。


「お帰りなさいませクレハ。するとその子が……」


 エリスは俺を悲しげな目で見つめたかと思うと、ゆっくりと抱擁してきた。

 むぎゅっ!?

 顔中がエリスの豊満なおっぱいで包まれた!


「お可哀想に。たった一夜でご家族と故郷を失って、さぞお辛いでしょう。でも、もう大丈夫です。今日からアナタも私たちの家族ですよ?」


 お、おっぱいが! 前世の世界で「そのおっぱいで聖女は無理でしょ?」と散々言われてきた特大の爆乳が!

 柔らかい! それにとっても良い匂い!

 昨夜に引き続き、夢にまで見た若い女性のおっぱいをこんなに堪能できるなんて……うっ、いかん。思わず感動で涙が。


「う……うぅっ!」

「ああ、そんなに泣かれて……いいですよ? わたくしのことを母親のように思って、存分に甘えてくださいまし」


 マジですか!?

 では、その立派なおっぱいを赤子のように吸わせていただいても!?


「むむ!? 邪な気配! ちょっとそこのアンタ! エリス姉さんに何させる気よ!」

「グハッ!?」


 せっかく聖女の爆乳を堪能していたというのに、誰かにひっぺ剥がされてしまった。


「何よ、やらしい顔しちゃって! どうせエリス姉さんのおっぱいが目当てなんでしょ!? 男なんて皆そうなんだから!」


 こ、この高音域で鈴の転がるようなロリータボイスの赤髪ポニテ幼女は!


「こらキキ。これから一緒に住む家族にそんな乱暴な言葉を使ってはなりませんよ?」

「なんですって!? 男と一緒に住むだなんて冗談じゃないわ!」


 やはり『ブラッドブルーム』のロリ担当のキキか!

 陰鬱な作品世界で場を明るくしてくれる数少ないムードメーカーじゃないか!

 わぁ~、この小生意気で強気な感じ、癒される~。

 ……でも、この子もゲームだと死んじゃうんだよなー。


「ふんっ! いいことあんた! ここではアタシのほうが一番年季は長いんだからね! アタシの言葉に逆らったりしないこと! あとエリス姉さんに変な真似したら許さないんだから!」

「りょ、了解です」


 くっ! ツンデレが世界一似合う声に逆らえない。


「では、まず自己紹介をいたしましょう。わたくしはこの教会の院長、エリス・カートゥルです。何か困ったことがありましたら、何でも相談してくださいね?」

「……エリス姉さん! いまコイツ絶対いやらしいこと想像したわよ!?」

「まあ、何てことをおっしゃるのキキ。そんなことあるはずないですよね~?」

「……もちろんです」


 ごめんなさい。ちょっと想像しました。


「……スケベ」


 昨夜の一件で、すでに俺の性癖を見抜いたのか、クレハはボソッと非難がましく呟いた。


「では、あなたのお名前をお聞きしても?」

「えっと、ジルと言います。こらからよろしくお願いします」

「まあ♪ ちゃんと挨拶ができて、偉いですね♪ この教会に男の子が来るのは初めてなので、とても頼もしいです♪ どうか皆と仲良くしてあげてくださいね?」


 エリスはそう言って俺の頭を「いいこいいこ」と撫でた。

 そういえば、この教会に保護された子どもたちは幼女ばかりだった記憶……ハーレム状態と言えば聞こえはいいが、ぶっちゃけ肩身が狭いな~。

 キキの態度といい、仲間はずれにされないといいけど……。


「お歳はいくつですの?」

「つい最近、十二になりました」

「なんですって!? あんたアタシと同い年なの!? 年長者として偉ぶってやろうと思ったのに! 五歳くらい若返りなさいよ!」


 無茶言うなよ赤髪幼女。


「まあ。では、ギフトを授かるお歳ですね」


 エリスが口にしたギフトとは、十二歳になった子どもが授かる異能の力のことだ。

 生まれ持った魔力は、このギフトによって覚醒し、初めて魔法を使えるようになるわけである。

 俺も村の小さな教会でギフトを授かる儀式を行う筈だったが……その直前に吸血鬼の襲撃を受けたわけだ。


「では、あなたはまだギフトを授かっていないのですね?」

「はい」

「それはいけないわね。放っておいたら成長した魔力が暴発してしまうわ」


 横で話を聞いていたクレハが、そんな不穏なことを言う。

 魔力の暴発。

 この世界の人間は肉体と同じように魔力も成長していき、放置していたら自分の身に悪影響を及ぼす。

 一定の年齢に達してギフトを授かるのは、この成長する魔力に『カタチ』を与えて、力の流れを安定させるためだ。

 儀式をしなかったら、暴発する魔力によって文字通り体が爆発してしまう。


「エリス、すぐにギフトの儀式をしてあげてちょうだい」

「もちろんです。さあ、こちらへ。祭壇までご案内します」


 取り急ぎ、俺のギフトの儀式を行うことになった。

 複雑な魔法陣が描かれた祭壇の上に立つ。


「ふふん! どんな変なギフトを授かるかアタシが見届けてやるわ!」

「キキ。神聖な儀式よ。口を慎みなさい」

「は~い、クレハ姉さん」


 ギフトの儀式はこの世界の人間にとって最も重要なものだ。

 授かったギフトによって、その後の人生が大きく左右されるし、吸血鬼から身を守る数少ない手段にもなりえる。

 緊張する。

 いったい、どんなギフトになるだろう。


「──神よ。この者の祝福の名を教えください」


 神の声を聞けるのは、この世で神職者だけだ。

 天から告げられたギフトが、そのまま俺の異能の力となる。


 エリスが祈りを捧げると、祭壇に刻まれた魔法陣が光り輝く。

 身の内が熱くなる。

 生まれ持った魔力が、名とカタチを得よう渦巻く。


 俺のギフト……。

 戦いに向いたギフトだろうか?

 もしそうなら、クレハと一緒に戦う道もありかもしれない。


 それとも農耕に向いたギフトだろうか?

 それならば教会のためにおいしい作物を育てる道も悪くない。


 どんなギフトであれ、クレハたちの役に立つようなものであれば、俺は全力でそれを使おうと思う。


「……っ!? こ、これは!」


 エリスが驚愕の顔を浮かべる。

 何だ? もしかして変なギフトだったりしたか?


「……【絶対的幸運】」

「え?」

「ジルくん。あなたのギフトは、あらゆる危機や不幸を遠ざける【絶対的幸運】です」




 ……繰り返しゲームオーバーになることで、攻略法を見つけ出す死にゲー。

 だが俺たちにコンテニューできるすべはない。

 死んだら終わり。それまでだ。

 だが、もしもその死を回避できるすべがあるとしたら?


 もしかして……。

 可能なのか?

 こんな死にゲーの世界でも──推しと平和に暮らすことが?



   * * *



 三年後。

 俺は教会の牧師として、今日も訪れる信者たちの相手をしていた。


「どうかお気を付けてお帰りを。あなたたちに神の祝福がありますように」


 ……よし。これであの老夫婦たちにも俺のギフトの加護が与えられた。

 当面の間は、平和に過ごすことができるだろう。


「ジルくん。すっかり牧師としての貫禄がついてきましたね? ジルくんが立派に成長して、お姉さん嬉しいです♪」

「エ、エリス様。子ども扱いしないでください。俺もう十五歳ですよ?」

「何をおっしゃいますか! 何歳になろうとわたくしにとってあなたたちは可愛い子なのです! というわけで……ぎゅ~♪」


 二人きりなのをいいことに、エリスがハグをしてくる。

 この三年でさらに成長した爆乳が思いきり押しつけられる。


「エリス様、いけません。神の御前ですよ?」

「ジルくんのギフトは密着すればするほど効果が高まるのでしょ? ジルくんはわたくしが不幸になっても良いとおっしゃるのですか?」

「そうは言ってませんが……」

「では、このままジルくんのギフトの加護にあやかります♪ ぎゅ~♪」


 そう……俺のギフトは他者と接触することで同じ効果を与えることができる。

 【絶対的幸運】。それは、この死にゲーの世界にとって、最も強力なギフトと言えた。


 吸血鬼が突如、襲撃に……なんて悲劇は起こらない。

 掠っただけの攻撃が致命傷に……そもそも攻撃が当たることもない。


 異世界転生におけるチート。俺も例外なく、その恩恵に与ることとなったのだ。

 それは決して戦闘で無双できるような力ではないけれど……悲劇を回避できる。それだけで、充分すぎる。

 おかげで、この三年間、身近な者たちが命を落とすという悲劇に見舞われてはいない。


 ……村が襲われたあの日、一日でも早く、このギフトを授かっていれば。

 そう考えない夜はない。

 だからこそ俺は、生涯をかけてこの力を世のために使うこと決めた。

 せめて、手の届く範囲でも、人々を吸血鬼の脅威から救えるように。


「もうエリス姉さん! またジルとイチャついて! この後、ご家庭の巡回でしょ! さっさと行きなさい!」

「うう、キキが最近わたくしに手厳しくて悲しいです……」


 よよよ、と泣いたフリをしながらエリスは巡回に向かっていった。


「まったく、油断も隙もないんだから……ジルもちょっとは抵抗しなさい!」

「いや、昔からあの人には逆らえないというか、やっぱり育ての親だからな~」

「もう! あんたは昔からエリス姉さんに甘いんだから!」


 昔は何かとエリスを贔屓することが多かったキキ。

 でも最近は、どうしてかその立場は逆転してしまっている。

 俺とエリスが仲良くしていると不機嫌になるのは昔のままだが、怒りの矛先は最近、エリスに向けられることのほうが増えた。


「……ん」

「え?」

「ア、アタシにもハグしなさい。今日はまだしてないんだから……」

「ああ、はいはい」


 顔を真っ赤にして腕を広げるキキを抱きしめる。

 べつにギフトの加護を付与するなら握手でもいいのだが、まあ接触部分が多ければ多いほど恩恵の力は高まるので効率的と言えば効率的だが……。

 何だか教会の皆、ハグを求めるんだよな。


「ん……あっ……」


 身を抱き寄せると、キキは艶っぽい声を上げる。

 顔も上気していて、どこか色っぽい。

 キキもすっかり美人になったものだ。

 まあ、もともと美幼女だったが、こんなにも美少女に育つとは想像だにしていなかった。

 もっと言えば、成長する彼女の姿を見れるとは思っていなかった。

 俺のギフトのおかげか、エリスもキキも、死にゲーの世界で無事に生きられている。

 そのことに俺は深く感動していた。


 いやあ、本当にここまで育ってくれて俺は嬉しい。

 胸板に思いきり当たるおっぱいの成長もな。

 ツルツルペッタンだったキキも、いまや立派な爆乳の持ち主だ。


「……もう、あんたもちょっとはドキドキしなさいよ、バカ」


 爆乳を堪能していることがバレたのか、お尻を思いきり抓られた。




 さて、そろそろ花に水やりをしなければ。

 花はクレハが好きなものだ。

 戦いに身を投じる彼女に少しでも癒しを与えるべく、キッチリと世話しないと。


 水汲みのために水場に向かうと……聖水で身を清める全裸姿のクレハがいた。


「ク、クレハ姉さん! 帰っていたのか!」


 俺は慌てて目を逸らした。


「いまさっき帰ったところよ。待ってて、いますぐ清めてしまうから」

「ああ、いや……ごゆっくり」


 いまさっき見てしまった色白な裸体が目に焼き付いたように残っている。

 相も変わらず刺激的な体だ。鼻血が出るのを必死に抑える。


「……花、綺麗に咲いたわね。嬉しいわ」


 背後から、そんなクレハの言葉が聞こえてくる。


「喜んでもらえたなら、良かったよ」

「こんな風に、花を愛でる時間が増えるだなんて、昔は思いもしなかったわ。全部、あなたのおかげね……」

「クレハ姉さん? ……っ!?」


 背後に生温かく、柔らかな感触が押しつけられる。

 クレハが抱きついてきたのだ。

 しかも彼女はまだ全裸だった。


「……背、伸びたわね? 男の子の成長はあっという間にね」


 いつのまにか追い越した背丈。

 いまや俺が彼女を見下ろす形となる。

 深い赤い瞳に見つめられ、いまにも吸い込まれそうになる。


「ねえ、もっと触れて?」

「あ、ああ、ギフトのためだもんね……」

「ギフトのためだけじゃ、ないけどね……」

「え?」

「何でもないわ。さあ、もっと深く抱きしめて……」


 戸惑いながらも、俺はクレハの裸体に触れる。

 俺のギフトを最も必要とする人……彼女はいまのところ、三つある内のどのルートにも辿り着いていない。

 エリスやキキが生存している時点で、正史と大きくかけ離れた展開になっているのは間違いない。

 運命が、変わったのだ。


「……いつ死んでもいい。そう思っていたのに、あなたと出会ってから、この花壇の花を見るために帰ることを考えるようになっていたわ」


 クレハはそう言って、きゅっとしがみついてくる。

 それはギフトの効果を求めるというよりも、温もりを求めるような、そんな仕草だった。


「想像もしなかったわ。あの日、助けた子どもが、まさかこんなにも私の人生を変えるだなんて」


 ……もしかしたら、本当にできるかもしれない。

 彼女の人生を変えることが。

 このまま誰も失うこともなく、原作世界でも実現できなかったハッピーエンドが。


「……ねえジル? ギフトの効果って、もっと深く接触したら強まるのかしら?」

「……たぶん、そうだと思うけど。でもハグ以外に深い接触ってないんじゃ……」

「あるわよ。他にも」

「え?」


 ふと、唇を塞がれた。

 熱く、柔らかいものが触れて、ゆっくりと離れる。


「……エリスとキキに抜け駆けされる前にね」


 体が石のように硬直する。まるでクレハと出会った頃のように。

 そんな俺を見て、クレハも昔を思い出したのか、くすりと微笑む。

 滅多に笑わない彼女が見せる、貴重な笑顔だった。


「ねえジル? もっと私に加護を与えたいなら……」


 クレハは蠱惑的に人差し指を唇に当て、妖艶に囁く。


「今夜、私の部屋に来て? 鍵開けて、待ってるから」


 ……エリス。キキ。

 そして天国の父さん母さん。

 わたくしは今夜、男になるかもしれません。


「それとも……混血鬼ダンピール相手はいや?」


 その言い方はズルイです。

 そう言われたら、断れないでしょうが。


 神よ。

 俺を死にゲーの世界に転生させたときは、そりゃもう恨みましたが、いまはこう言わせてください。


 ……転生させてくれて、ありがとう!




 Q:死にゲーの世界でも推しとイチャイチャすることは可能ですか?

 A:幸運チートに全振りしましょう!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死にゲーの世界でも推しとイチャイチャするのは可能ですか? 青ヤギ @turugahiroto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ