冥府で探している人がいるのです

 

 馬車の中で、アイリーンはエルダーに向かい語った。


「そういえば、冥府に下りるようになったことで、都合のいいこともあったんですよ」

「ほう」


「私、実は探している人たちがいるんです」

「人たち?」


「この布のもとの布を作った方々です」

とアイリーンは今日は羽織ものに使っているあの布を見せる。


「その方たちは、もうこの世にはいらっしゃいません。

 昔、他の布を売り出したい人たちに迫害され、殺されてしまったらしくて。


 昔の英雄がいなくなったあとの暴動に紛れて殺されたと聞きていましたが。

 おそらく、そのラナシュ王がいなくなったあとの反乱の最中のことだったのでしょうね。


 その村の生き残りの人たち――


 織物職人ではなかった人たちが、なんとか製法を思い出し、作ってくれているのですが。


 やはり、当時の薄さと軽さには遠く及ばないそうです」


「それでもまだ及ばぬとはっ」

とエルダーはアイリーンの羽織ものを見ながら、目を見開く。


「冥府に下りたら、その今は亡き、織物職人の方々から正しい製法を訊き出して。

 今も研究をつづけている村の人々に伝えられるのではと思っていたのですが」


 今のところ、冥府では、ほとんど人に出会えていない。


 あるのは、川ばかりだ。


「そうか、それは感心なことだな。

 産業というのは、国を支える基盤となるものだからな」


 エルダーは揺れる馬車の中、そう深く頷いたあとで言う。


「その布、作れるようになったら、我々が販売してやろう。

 あの街道を使って、全国津々浦々に――。


 ……アイリーン。

 悪徳商法の商人を見るような目で、私を見るな」


 別に製法、奪わないから、とエルダーに言われる。


 いやいや、やり手の王様ですからね。

 奪われるとかは思わないですが。


 自分とこの販路を使って売ってやるから、売上の大半寄越せとか、ぐいぐい来そうで、怖いんで……。


 そうアイリーンが思ったとき、後ろの方から悲鳴を上がった。


 エルダーを外を見ようとすると、イワンの叫び声がした。


「王よっ、伏せてくださいっ。

 敵襲ですっ」


「なんだとっ。

 そんなことにならぬよう、紋章も掲げずに地味に移動してきたのにっ」

とエルダーは舌打ちする。


「イワン!

 みんな、無事かっ?」


「無事ではないですが、なんとか大丈夫ですっ。

 馬車だけは死守いたしますっ」


 だがすぐに、わああああああっというイワンの悲鳴が上がり、その声も遠ざかっていった。


 ドーンッとなにかが馬車に体当たりしてきたようだった。


 大きく車体がかしぐ。


「アイリーンッ」


 エルダーがアイリーンを抱き寄せようとしてくれたが。


 斜めになった反動で、馬車の扉が開き、アイリーンは外に放り出された。


 地面に背中から叩きつけられる。


「アイリーン!」


 エルダーの絶叫が聞こえた。




「どうした?

 今日はやけにハッキリ見えるが」


 低くてよく響く男の声――。


 湿った霧のような、この空気は……。


 視界がハッキリしてきたアイリーンの前に、ゴンドラが止まっていた。


 浅めにフードを被ったカロンが切れ長の目で、こちらを見ている。


「あれ?

 私、どうして冥府に?


 馬車に乗ってて、地面に叩きつけられたはずなのに」


 気を失って寝てるのかな? と言ったアイリーンの顔を見、カロンは微妙な顔をする。





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