死んでいるではないかっ!



 良い夜を過ごした……。


 目を覚ましたエルダーの視界に入ったのは、あの天蓋から降りそそぐような花々だった。


 麗しき我が姫よ、もう一度お前を抱こう、と横を見ると、アイリーンは真っ白な顔をして眠っていた。


 エルダーは微笑み、そっとその頬に触れてみる。


 ……妙にひんやりしておるな。


 早朝の光が差し込む中、アイリーンは眠っているように見えたが、エルダーは気づいた。


 胸が上下しておらぬっ。


 エルダーは薄い就寝用の衣を羽織っているアイリーンの胸に耳を当ててみた。


「アイリーンッ。

 心の臓が動いておらぬではないかっ」


 口元にも手を当ててみたが、呼吸している気配もない。


「どういうことなのだっ、アイリーン!」


 半狂乱に叫んだとき、失礼いたしますっ、と扉が開いて、メディナとイワンが飛び込んできた。


「申し訳ございませんっ。

 実は、アイリーン様は寝ているときには死んでおられるのですっ」

と言うメディナに、


「なんだ、それはっ。

 意味がわからぬわっ」

と叫んだとき、アイリーンの姿が、ふっと消えた。


「今度は消えたぞっ」


「あ、それは大丈夫です。

 きっと、今、目覚められたのです、どこかで」


「どこかでっ!?」


 愛しい妻が初夜を迎えてすぐ、死んだり消えたりしたので、エルダーは気がおかしくなりそうだった。


「……やはり、早くに王に打ち明けておいた方がよかったのでは?」


「はあ、姫様は、何事も、まあ、なんとかなるだろう、とふわっと考える感じの性格なので」


 ボソボソと話し合っているイワンとメディナに向かい、エルダーは叫んだ。


「このような珍妙なことが起こると知っておったのなら、なぜ、私に言わなかったっ」


「いやー、私も今朝方、打ち明けられたところなんですよー」

とイワンが困ったように言う。


 このような騒ぎになったら困るな、と心配していたメディナが朝、番をしていたイワンのもとに来て、そっと教えたらしい。


「ともかく、アイリーンは生きておるのだなっ。

 どこに行ったのだっ」


「ありがとうございます。

 王様のご理解が早くて助かりますっ」

とメディナに変なところで褒められる。


「今夜はあまり向こうで移動しないようにすると、おっしゃっていたので。


 その辺にいらっしゃるかと。

 

 城内にいらっしゃらなければ、おそらく、崩落した崖の辺りからよじ登ってこられるかと」


 なにっ? とエルダーは走って部屋を飛び出そうとした。


 だが、とって返すと、椅子にかけてあった、アイリーンのかぐわしい香りの残る羽織物をとる。


 ふたたび、駆け出して行った。



「アイリーンッ!」


 崩れた崖のところに行くと、ちょうど、アイリーンの美しい白い手がガッシと地面をつかむところだった。


 下の道から引きずり上げ、急いで持ってきた衣を羽織らせる。


 アイリーンは薄手の寝間着姿のままだったからだ。


「そのようなあられもない格好を他の男に見せるでない」


「はあ。

 いつもは、街中を疾走しててもおかしくないくらいの格好で寝てるんですけどね」


 昨夜は王様と一緒だったので、と言うアイリーンに、


「……上流階級の娘が街中を疾走していたら、どんな格好でもおかしいと思うぞ」


 そうエルダーは冷静に答えた。





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