あれに見えるは私の城か


 接待の狩りのあと、王エルダーは招待客たちを見送り、自分も帰路に着こうとしたが、何者かがつけてくる気配を感じた。


 影武者を買って出てくれた者たちがいたので、隊を三つに分け、撹乱かくらんして城に戻ろうとしたが、途中で日が落ちてきた。


「無事、暗殺者は捕らえたそうでございます」

と若き従者、イワンが言う。


 早馬が知らせに来たようだった。


「そうか。

 それはよかった。


 それにしても、こんな森の中で夜になると物騒だな」


 林道を通っていたエルダーの目に高い崖の上の城が飛び込んできた。


 まだ微かに残っていた夕日が石造りの大きな城を照らし出している。


「あんな崖の上に城が。

 あれはもしや、私の城か?」


「そうでございましょう。

 あのような大きな城で、あなた様のものでないものはこの辺りにはございません」


「では、今宵はあそこで夜を明かそうか」

「……かなりの崖の上のようですが」


「だから、良いのではないか。

 簡単に襲撃できなさそうだし」


「いやあの、城に戻るよりは楽かもしれませんが、あそこに登るのも……。

 あっ、王よっ、お待ちくださいっ」

と若き従者イワンは王を追いかける。



 兵たちもイワンも仕方なく、王を追って馬を走らせる。


 のぼってきたばかりの月の光に輝く城はまだまだ遠く。

 天に近い場所にあるように感じられた。


「なんと大変な場所であるな。この城に武器など貯蔵してはどうだろうっ」


「敵が奪いに来るのも大変でしょうが。我々もとりに来るの大変ですよっ」


 後ろを走りながら叫び返していたイワンだったが、ふと気づいて、王に教えた。


「そういえば、献上された城には王の妃候補たちを住まわせているはずですがっ」


 そうだったなっ、と王は頷く。


「誰か住まわせておかないと、城も屋敷もいたむから、娘たちを住ませていたのだったなっ。


 だが、このようなところに住む者などいないだろうっ」



 ……いた、と二人は例の崩れた道の下で固まる。


 それも、儚げで美しい。

 天女のごとき美貌の娘が――。


 白いダッカ・モスリンのような軽くてふわふわとした素材の衣を幾重にも重ねて着ているが。


 その衣と透明感のある肌が月光に透けて美しい。


 だが、崖の上に立つ、尊き風貌のその娘は自分たちのいる下方に向かい、容赦無く弓矢を突きつけてくる。


 キリキリと弓を引き絞る娘に、慌ててイワンが叫んだ。


「陛下であるっ、陛下であらせられるぞっ」


 下の森に薄く霧が出てきていた。


 天界にあるかのような城に、天上の女神のような娘。


 荘厳な眺めだが、娘は王である自分を見下すように見ている。


 ほお、お前が陛下か、とその目には書いてある気がした。




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