ユメノモノガタリ

フジヤマ マサユキ

ハジマリノアサ

 北国には及ばずとも、東京の朝は冷える。

 気温は5℃を下回り、真夜中には氷点下にまで達する。

 今朝は、その寒さが顕著に表れていた。

 10月下旬、ついこの前まで続いていた猛暑日は何処へやら、朝晩の冷え込みがかなり厳しい季節になってきた。

 過ごしやすい期間は、1週間あったかどうか。

 テレビで「四季の中から秋がなくなりました!」なんて放送されても信じてしまうほどに、秋の実感がないまま、冬に入ろうとしている。

 冷え性にはキツイ季節が、すぐそこまで迫っていた。

 身体を、のっそりと起こして、毛布でできたかまくらの中から、時間を確認する。

 枕元の目覚まし時計は、6時30分を指していた。

 まだ、アラームが鳴るまで30分ほどある。

 こんな寒い日は、ギリギリまで布団に籠っていたいので、時間前行動なんて優等生な思考は、1ミリたりとも浮かばなかった。


 チクタク、チクタク。


 時計の針が、時間を刻む音が妙に心地いい。

 ボーっとしていると、だんだん意識が遠退いていくのが分かった。

 薄れゆく意識の中で、横目でちらりと時計を見る。

 あと、2~3分ほどで、アラームが鳴る時間になろうとしていた。


「流石に、そろそろ起きないと」


 このまま寝てしまうと、いくらアラーム相手であっても、起きれる気がしない。


 枕元に置いていたチョーカーを身に着け、上着を羽織ってから部屋を後にした。




 同居人を起こさないように、ゆっくり階段を下りて1階のリビングに向かう。


「あれ?」


 いつもは、私が一番乗り。

 電気をつけ、エアコンをつけ、朝食を作るまでが私のルーティン。

 しかし、今朝はいつもと様子が違った。


「電気がついてる」


 誰も居ないはずの朝に人の気配がする。

 となると、必然的に恐怖心が湧いてくるが、この家に普通の人は入れないのだと思い出して、扉を開いた。

 リビングには、ソファーに腰掛た師匠が居た。

 コーヒーを片手に持ち、膝丈ほどのテーブルには新聞が広げられている。


「おはようございます師匠、今朝は早いですね」


 師匠が起きてくる時間は、いつも8時過ぎ。たまに9時前にもなったりするので、この時間に起きているのはかなり稀だ。

「おはようユメ、いやなに、今朝は早く目覚めてな、早起きは三文の徳という言葉がこの国にはあるだろう?何かしらの意味があるんじゃないかと思ってな、二度寝をやめて起きてみた訳だ」


 別に師匠が自炊をする訳でもないので、勿論朝食はできていない。

 そんな事で得意げになられても…と、思ったが、何も言わないでおいた。


「じゃあ、ちょっと早いですけど、朝食作っちゃいますね、希望はありますか?」


「いや特に、いつも通り任せるよ」


「わかりました、それじゃ準備してきますね」


 手をひらひらと振って答える師匠を確認してから、キッチンへ向かう。

 その時


 ~♪


 師匠のスマホから着信音がなった。

 さっきまでご機嫌だった師匠の動きがピタリと止まる。

 首だけ動かして、相手の名前を確認する。


「訂正だ、早起きなんてするんじゃなかった。大人しく二度寝をしとけば良かった」


 はぁ、と大きなため息をついて、顔をしかめながらスピーカーモードで着信に応答した。


「は~い、こんばんわ~、あれ?そっちはおはようだったかしら」


 間延びした声が聞こえてきた。

 声から察するに電話の主は、オリビアさんだった。

 オリビアさんは、師匠の親友であり、同じ魔術師だ。

 ワルプルギスの夜と呼ばれる魔術師のトップ集団の1人であり、仕事では師匠の上司とも言える役割をしている。


「そうだよ、そっちは夜中だろ?こんな時間にどうしたんだ」


「あら、用がなきゃ連絡しちゃいけないのかしら?悲しいわ~」


「気持ち悪い声を出すな、用がないのなら切るぞ」


 長年の付き合いから、こういう時の師匠は本気であると知っているオリビアさんは、待って待って!と慌てた声を出した。


「ちゃんとした要件はあるの、結構重要な、だから待って!」


 あと、1秒でも遅れていたら間違いなく師匠は電話を切っていたので、ギリギリのファインプレーだった。


「なんだよ」


「はぁ、まったくもう少し可愛げがあっても良いじゃない。まあいいわ、近くにユメちゃんは居るかしら?一応、彼女にも聞いてて欲しいから」


 師匠が首だけこっちに振り向く。

 そして、目線で答えろと要求してきた。


「おはようございます、オリビアさん」


「はい、おはよう。なかなか会えてないけど…、元気そうで良かったわ」


「ありがとうございます、オリビアさんもお変わりなく」


「ええ、元気にしてるわ。さて、電話を切られる訳にもいかないし、本題に入るわね。最近、東京近郊で、不審死が発生しているのは知っているかしら」


「あぁ、あまり大きな話題にはなっていないがな、確か身体にえぐられたような跡があるとか」


「そう、それもかなり大きなね、犯人が特定のナニかを求めるように、掘り進めた跡、というのがうちの見識よ」


 うち、というのはオリビアさんが所持している暗部の事だろう。

 特定の名前は無いが、その全てが魔術師で構成されており、諜報から暗殺まで幅広く行っているらしい。

 今回の事件が公にならなかったのも、その組織の仕業だろう。


「これまでに見つかった死体は6体、それら全て、魔術的因子が高い個体であることがわかってるわ」


「じゃあなんだ、犯人は魔術師殺し、って言いたいのか」


「そう思って、私のところから数人送り込んだの、けどその全てと音信不通、実力的にも問題がないメンバーだったのだけどね。それを重く見たワルプルギスの夜、第2、第3議席は、この事件の根本的解決を求めたわ」


「へぇ、それで?」


「ワルプルギスの夜、第5議席、オリビア・グレンジャーの名において、ワルプルギスの夜、第6議席、ソフィア・スカーレットに事件の解決を正式に要請するわ」


「解決たって、具体的には?」


「犯人の生死は問わないわ、これ被害さえ出なければ、現状はそれで」


「…まぁ、了解だ。受けるよ、その仕事」


「ありがとう、詳細は後でメールするわね、死神の異名に恥じない活躍を期待してるわ」


 その言葉を最後に、通話の終了を告げる機械音が鳴る。


「はぁ、自分から名乗ってる訳じゃねぇっつうの」


 文句を言ってはいるが、師匠は誰かのお願いに弱い。

 電話の途中に、分かりきった要請をあえてオリビアさんに言わせたのも、自分の精神的な逃げ場をなくすためだ。


「しょうがない、仕事だ、ユメ」


「はい、師匠」


 何はともあれ、今夜の仕事が決まったのだ。

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ユメノモノガタリ フジヤマ マサユキ @hujiyama_masayuki

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