第2話 彼と仁の見解

「で、それのどこが悩みなんだ?」


 馴染の居酒屋で、幼馴染の友人が呆れたようにため息をつく。


「ちょ、じん、お前なぁ、僕の頭がおかしいと笑われるのを覚悟して正直に打ち明けた挙句が呆れ顔って、そりゃないだろ」


 僕としては清水の舞台から飛び降りるくらいのつもりで告げた内容だ。

 過去だの前世だの、それがずっと続いているだの、普通はそこを突っ込むだろ?


「あん? 過去を覚えてるって話は彼女だって同じなんだろ? 俺としてはお前の話だけしか情報は無いけど、それ以上に今の状況を悩む方がアホらしいと思うんだが」


 仁は中ジョッキのビールを飲み干し「すんません! 生中なまちゅうお代わり!」と空のジョッキをカウンターに置く。


「僕が嘘を吐いている可能性は考えないの?」

「なんのために? お前が彼女とバカップル振りを大学内で見せつけていたのは事実だし、別れるにしたってこんな面倒な設定を考えられる性格じゃないだろ?」


 付き合いが長く、遠慮がないというのは楽と言えば楽だが、何もかも見透かされている感じは面白くない。


「で、なんで悩んじゃダメなのさ。想像してみろよ、一夜明けたら過去の全てを思い出すんだぜ? 何度も何度も思い出せないほどの過去を。僕らはもう嫌ってくらい、想いを伝え続けてきたんだ。これから先どんな言葉もかけても、いつかどこかで交わしたことがあるって思い出すって地獄だと思わない? って話なんだけど」

「これまで何回生まれ変わったって?」

「数えきれないほどさ」

「どんな言葉を交わしたって?」

「思い出せないほどさ」

「それって、具体的なことを何も覚えていないんじゃないか?」

「た、確かに! 固有名詞的なものや、時系列みたいなものははっきりしないけど、世界中、いろんな人種、ありとあらゆる服装、そういったものを覚えてる。僕も彼女も」


 詳細なんか分からないけど、様々な悲喜は経験している。それこそ、映画や物語に描かれた様なシーンのほとんどは記憶にあるんだ。


「で? たくさんの経験を思い出して新鮮味を失って彼女を好きじゃなくなったのか?」

「そんなわけないだろ!」

「……アホらしい……あのな? 常識的に考えれば、お前らが記憶を誤認してるだけだ。お前らがこれまで見た映画や小説の物語に影響を受けて、主人公になったつもりでいるんだろうさ」

「やっぱり信じてくれないのか……」

「いや、それはどっちでもいいんだ。問題は、お前がそれを理由にして別れようなんて考えてるんならぶっ飛ばそうと思ってるだけ」


 仁は新しく運ばれたビールを一口飲んで、酔いのせいか少しだけ据わった目をして低い声を出した。


「なんでさ、僕らのことは仁には関係ないだろ?」

「ないわけないだろ? お前らに別れられたら彼女の親友の理子りこちゃんと会えなくなるだろ?」

「ちょ、おま……え? 僕の心配より自分の恋愛事情が心配なわけ?」

「あたりめーだ、誰だって自分のことで精いっぱいなんだよ。てめーの人生はてめーで落とし前を付けながら生きるんだな」


 くっ、悩み事があるって相談した結果、ここで酒を奢ることを条件に話を聞いてもらったわけだが、タダ酒をしこたま飲んだ挙句に自分でなんとかしろとか、こいつ本当に僕の親友か?


「たださ、そんなに長い時間、たくさん想い合ってきたんだろ? 俺には羨ましくてしょうがないけどな」


 仁は心底、羨ましそうに呟いた。


「どんなにいい思い出だって、限度があるよ。僕だって愛情の先に何があるかなんて考えもしなかったんだ」

「そこも不思議だよな」

「なにが?」

「ここ最近の人生じゃ深い仲になる前は思い出さなかったんだろ」

「……まあ、うん」

「ってことは、無自覚な状態で相手を必ず見つけて、必ず好きになったんだろ? お前、それがどれだけすごいことか考えたことあるか? お前らの遺伝子ってどんだけ惹き合ってんだよって話」

「遺伝子とか」


 仁の語る言葉に吹き出してしまう。


「前世を語る奴が遺伝子を笑うなよ」

「仁は僕らの遺伝子に秘密があると思うの?」


 仁はジョッキを傾けた後で苦笑しながら言う。


「あのな、お前らの遺伝子に原因があるとしたら、そりゃあ不誠実すぎるだろ」

「不誠実?」

「遺伝子ってのは子を残すために存在してる。なのにお前らの遺伝子はお互いが出会うためにその力を使ってるように思える。利己的遺伝子、ここに極まれりってヤツだな」


 仁はそう言って何杯目かわからないビールを飲み干した。

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