第6話 これは恋なのだろうか

 恋人のふりをすると約束してから一週間がたった。バイトが終わるころに一樹が電話してきて、今度一緒に映画を見に行かないか、と言った。

「日曜日なら空いてますけど……なんで急に映画なんですか?」

「あの……付き合ってるなら、デートの話とかもできないと困るかと思って」

 一樹が少し緊張しているような口調で言った。私は、それもそうか、と感心して一樹に尋ねた。

「わかりました。ちなみに、なんの映画を見たいですか?」

「あ、そこまで考えてなかった……です」

 詰めの甘い一樹の行動に、私は吹き出してしまった。


映画の後、一樹とイタリアンレストランで夕食をとった。

「たまには映画館もいいですね」

 私が言うと、一樹も頷いた。

「そうですね。いつもはネットで見てるけど、映画だけのために時間を使うっていうのも新鮮でした」

「今日の映画、コメディだと思ってたけど、最後は切ないラブストーリーでしたね」

「そうですね」

 楽しそうに微笑んだ一樹を見て、思ったよりも、いい奴かもしれないと思った。


「仕事、いそがしいんですか?」

「まあ、それなりに……」

 ふと、一樹はスマートウォッチのスケジュールアラートを見て、ため息をついた。やっぱり忙しいようだ。

「……今日は来てくれてありがとうございました」

「え?」

「お金で……人を動かそうとするなんて、最悪だよね、僕」

「ええ、まあ」


 一樹はきょとんとした後、顔を真っ赤にして大笑いした。

「そうだよね。ごめんね、こんな奴で。でも、君もはっきり言うね」

「え! あ、あの、つい……ごめんなさい」

「いいんだよ。なんか、学生の時を思い出しちゃった。みんな、言いたいことを言ってたよなって」

「……今は違うんですか?」

「……まあ、大人だしね」


 一樹が寂しそうな微笑みを浮かべたので、私は言ってはいけないことだったのかな、とすこし反省した。


 空のワインが二本目になったころ、私は酔った勢いで昔話をはじめてしまった。

「私、親から、「七海を生んだのはミスだった」って言われてショックだったのに……笑ってたんですよね」

一樹は私の話を聞き「そんな親がいるの……?」と驚いていた。


私の両親はそれぞれ有名な企業で仕事漬けの毎日を送っていたこと、小学校の高学年になったころから、私は両親の代わりに家事をしていたことを教えると、一樹は絶句していた。

「稼げないなら出来ることくらいしてくれないと」と両親に言われていた、と一樹に言うと、一樹は床の一点を見つめたまま「大変だったんだね」と小さな声で言った。


一樹は「僕の家は貧しかったけど、両親の仲は良くかったし、愛されて育ったそうと思う」と言った。一樹の父は一樹が中学生のころに若くして過労死し、母が一人で一樹を育てたらしい。

一樹は父親が亡くなって落ち込んでいた時に、知り合いからコンピューターをもらい、プログラミングの面白さに夢中になったそうだ。バイトをしながらコンピューター系の専門学校に通い、アプリの開発をまなび、在学中にシェアユアノートを作ったと一樹は言った。

 

「シェアユアノートが売れて、アプリのランキングのトップに乗るようになったころ、市村さくらって子に告白されたんだ」と一樹は言った。

「女の子に告白されたのなんて初めてだったし、市村さんは学校のマドンナっていうかアイドル的存在だったから、僕もまいあがっちゃってさ」なんて言って、ワインをグイっと飲んだ。

「そこから、なにか、おかしくなっていっちゃったんだ、僕も……」

 一樹は自分に言い聞かせるように、小さな声でそうつぶやくと、水を一口飲んだ。


「つまんないよね、こんな話」

 顔を上げて、一樹は笑った。


一樹は笑うとき、ちょっと驚いた顔をする。それが、年上のくせに可愛いな、と私は思った。「そろそろ帰ろうか」と一樹は言った。店を出て、駅に向かう。一樹は私と二人で並んで歩くときに、さりげなく、でもかならず車道側を歩いてくれる。


 どうして、こんないい人を傷つけたのだろう、と私は市村さくらのことを思って、不思議な気持になった。

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