第5話 酔っぱらいの正体
「ただいま」
私はアパートに帰りドアの鍵を閉めてから、カバンを開けて札束と名刺を取り出した。
名刺の内容が正しければ、お金をくれた男の名前は高田一樹(たかだ かずき)。スマホアプリのシェアユアノートを開発・販売している社長らしい。シェアユアノートはみんな使っている有名なアプリだ。高田一樹の見た目は私より二、三歳年上に思えた。
「もう、今日は遅いし、明日考えよう……」
私は着替えてベッドに入ると、眠りに落ちた。
翌日、学校に行って授業を受けた。
カバンの中には来年の学費の振込用紙と、高田一樹からもらった百万円が入っている。
お昼休みになったので、私は高田一樹に電話をかけた。
「はい、高田です」
ワンコールでつながったことに焦り、私は「あの、その」と言った後に、深呼吸をして高田一樹に話しかけた。
「私、昨日の夜、バーで、その、お金を……」
「ああ、あの……失礼しました」
高田一樹は意外にも低姿勢だ。電話の向こう側でぺこぺこと頭を下げているに違いない。
「恋人に振られて、飲みすぎて……いや、恋人じゃなかった、もともと俺の金目当てだったんだけど……。どうせ女なんて、金目当てで……いや、そうじゃなくて、すいませんでした」という高田一樹をうっとおしい奴だ、と思いながら私は適当に相槌を打った。
バーで見た高田一樹は、すこしぽっちゃりしていて、お酒が入っていなければ大人しそうな印象だった。彼の話を聞いていると、付き合っていた市村さくら(いちむら さくら)という女が「一樹より、もっと金持ちで見た目もいい男を見つけたから」と一樹のもとを去ったそうだ。最後に話をしたいと言った一樹に、市村さくらは「好きでもないのに付き合ってあげた慰謝料として、百万円ください」と言ってきたらしい。一樹は最後に話をするために、その理不尽な要求に答えようと札束を用意したが、約束の時間になっても市村さくらは現れなかったらしい。そして、一樹はやけ酒をして現在に至る。
「本当にもうしわけありません! 迷惑料だと思って、受け取ってください!」
「いいえ! こんな大金、理由もなく受け取れません!」
「でも……そのお金を見ることが、僕は不快なんです!」
「そう言われても……理由もなくお金をもらうことなんてできません……」
「……それなら……三か月、恋人のふりをしてくれませんか?」
「え?」
「市村さんとは同級生なんです。三か月後に同窓会があるんです。その時、僕の彼女のふりをしてくれませんか? 市村さんに……もっと素敵な人が現れたって言ってやりたいんです」
「……わかりました」
うじうじした男だな、高田一樹は、と思いながら私は電話を切った。
翌日、学校の帰りに銀行に寄った。
私は百万円から学費を振り込み、残りを自分の銀行口座に貯金した。
「三か月なら、良いよね。利害の一致……だよね」
通帳に記載された残高を見て、私はふう、と息をついた。
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