時間指定

晴れ時々雨

❤️‍🔥

選択を間違えたみたいで、僕らの関係はとんでもない方向へ分岐を辿ったのかもしれなかった。でなければ、彼女を縊ろうとした僕が逆に彼女から刺されるなんてことが同時に起こるとは考えにくかった。僕は自分の手だったのに、彼女は十徳ナイフだったのが哀しい。いや嬉しい。真剣だったんだ。


こんな結果を招く選択をしたわけではなかった。ルートはもっと前に分岐点を迎えていて、それがいつなのかわからないが、殺す殺さないの選択をするターンはなかったはずだ。

僕は会話の自然な流れの中で彼女の首を絞めた。彼女が驚いたように見開いた瞳から涙を浮かべるのを上から眺めた。彼女は身じろいだ。僕は全力でソファの上の彼女を押さえつけたが、緊急時の人間の抵抗というものは想定外の力を発揮し、火事場のクソ力という言葉を心底理解した。さっきからどこかにぼんやりと認識していた硬い物の存在を思い出したとき、僕の腿に激痛が走った。思わずいてっと声が出た。見るとそこには何かが突き立っていて、それは彼女の手に握られていたのだ。あれはたぶん、十徳ナイフだ。今まで生きてきて様ざまな怪我をしてきたがそんなもんがこんなとこに刺さった経験はなく、その様子がショッキングで慌ててしまった。しかも事故じゃなくて故意に。それも彼女の手によって。あまりの痛みと衝撃に、首を絞め上げていた手が弛む。すると次々に激痛が襲いかかった。彼女は刺したモノを抜いて同じ場所に刺した。何度も何度も激しく殴りつけるように僕の足に凶器を突き立てるので、その振動で体が揺らいだ。数えた回数を思い出すと7回だった。そう考えるうちにも彼女の凶行は止まらない。この時点で少なくとも7つの穴が自分の太ももに空いたのだ。しかし彼女の力もだいぶ弱まってきており、8回目以降はかすり傷程度におさまっているはずだ。しかし穴は7個空いた。酷くねえか。

整理してみよう。

僕は咄嗟に手で彼女の首を絞めた。すると彼女は刃物によって臨戦したのだ。凶器はポケットに忍ばせた十徳ナイフ。果物ナイフじゃない。うちは林檎などは食べないからそもそもそんなものは常備してないが十徳ナイフもなかったはずだ。通販だ。時間指定で僕の留守中に届いた十徳ナイフ。彼女はインドア派なのでキャンプ用品には用はない人間のはずだ。まさかまた僕の知らないうちにアウトドア派になっていたんだろうか。時間指定で。僕の留守中に。しかしそのセンは薄い。だから最初から僕に使うためだけに用意したってことになる。僕のために新品の道具をおろす彼女がいじらしく思えた。

僕の足ら辺で虚しい衝突を繰り返している十徳ナイフを見ると、刃先はワインオープナーだった。彼女はビール派なので、ほかのツールより使用頻度が少ないから汚れてもいいと思ったのだろうか。彼女は合理主義だから。もう僕は彼女にとってワインよりお呼びでないってことなんだ。この狂宴のあと、彼女がどうにかしてオープナーを除去するさまが見えた。じゃあやはり僕が死ぬのか。計画性が勝つのか。だが待て。僕がこうしようと思ったのはいつだ?彼女を愛していた。初めから、何度も彼女にこうしていたではないか。女の首を絞めたいがために彼女に愛を囁き、縊りたいがために殺す理由を探したのだ。

何も悪くない。

通販で傷の手当てをする道具を買おう。指定した時間に配達してもらわなきゃな。そして彼女の喉が潰れる音を聞いた。

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