無口な幼馴染に嵌められて
青空のら
無口な幼馴染に嵌められて
待ち合わせ場所のファミリーレストランに着いたのは約束の時刻の10分前だった。それでも千紗はすでに店に着いていた。
長年の付き合いのせいもあり、普段より混んでいる店内の喧騒の中でも右奥のテーブル席に座っている千紗の姿をすぐに見つけ出す事が出来た。
「お待たせ。だいぶ待たせたかな?」
向かいに座りながら問い掛けると、千紗がゆっくりと首を振り否定をする。
「なら良かった。何か頼んでる? まだなら頼もうか」
千紗はゆっくりと頷くとメニューを広げた。開かれたデザートのページには色鮮やかなケーキやパフェが並んでおり、候補を絞りきれずに悩んでいる千紗の眉間には皺が寄っていた。
すーっと写真の上を指でなぞって行くと明らかに反応したのがケーキ四品、これらのどれにするのかを迷っているようだ。
「何品まで食べてもいいの? 一つ? 二つ?」
千紗は僕が二つと言った瞬間に頷いた。カロリー制限している千紗は好き勝手に暴食する訳にはいかない。一流アスリートならではの悩みとはいえ年頃の女の子にすれば悩ましい事だと思う。
「じゃあ、この四つを頼むから、千紗が先に味見してくれる?そこから気に入ったのを二つ先に選んでいいよ。何なら四つを半分ずつ食べるのでもいいし。それなら二つ食べるのと量は変わらないでしょう?」
「うん!」
余程嬉しかったのか千紗が声をあげた上に頭を上下に振って頷いた。
***
千紗と初めて会ったのは小学三年生の時、お隣さんが引越しの挨拶に来た時に両親の背後に恥ずかしそうに隠れていたのが最初の出会いだった。
その頃から千紗は恥ずかしがり屋で口数が少なかった。
「この子は千紗というのよ。少し恥ずかしがり屋だけど、同い年だしお隣さんとして仲良くしてくれる?」
「うん! 僕は爽太、北浦爽太って言うんだ。よろしくね」
「ちさ、小里千紗です」
「千紗ちゃん、何かあったらうちの子を頼ってね。何でもやらせるから、心配しなくていいわよ」
お袋が人の意見も聞かずに勝手に小間使として太鼓判を押した。しかし、その時はその一言の影響が後々まで響くとは思ってもいなかった。所謂、社交辞令の一環だと思っていた。
両親の背後から心配そうに見つめる千紗と目が合った時に、心配するなと微笑みかけて右手を差し出した。
「僕がいるから大丈夫だよ。一緒に近くを案内するよ。すぐ近くに公園もあるんだ。行こう!」
数秒の沈黙の後にゆっくりと千紗が頷いて、両親の背後から出てきた。そして差し出していた僕の右手を掴んだ。
「うん」
「じゃあ、行こうか! じゃあ、行ってくるね」
「行ってきます」
「車に気をつけるのよ。それと暗くなる前に帰ってきなさい!」
両親達に挨拶をすると小走りで二人は駆け出した。
それ以来、千紗の普段のポジションは僕の背後になった。
頭ひとつ大きいので隠れ切る訳でもないのに毎回僕の後ろに隠れていた。
***
美味しそうにケーキを頬張る千紗を見ながら、今日呼び出された理由を問いただす。
「何か用件があるから呼び出したんだろ? 何かな? そもそも隣同士なんだからうちに来れば良かったのに」
「お父さんが二人っきりは駄目だって」
「えっ、本当にそう言ったの? 普段から行き来してるし、千紗と二人になる時もあるのに? 今回はどうして駄目なんだろ?」
驚いて千紗を見るが、千紗も首を振るばかりで本当に理由を知らないらしい。
千紗もそれなりに知名度のあるバレーボール選手、下手に街中で幼馴染とはいえ男と会っている姿を晒さない方がいいと思うのは老婆心過ぎるのだろうか?
「これ」
千紗が差し出して来たのは高校卒業後、春から進む実業団の寮の説明書と入寮申込書だった。
千紗に説明を求めるよりも読んだ方が早い。長年の経験からそう判断した僕は説明書と申込書の両方を読む。
何となく千紗の言いたい事が分かった。
要点は二点。
・25歳以下の選手は入寮する事。
・婚姻している、又は、扶養する子供がいる場合は入寮しなくても良い。
人見知りが激しい千紗は団体生活もなるべく行いたくない。なので入寮は避けたい。
そして避けるとするならば方法は上記の二点。
恥ずかしがり屋の千紗が子供が欲しいからと恋人でもない僕に子作りに協力しろと言い出す訳がない。
となると、残るは一つしかない。
僕が『婚姻』の文字を指さすと千紗は頷き、バッグから一枚の紙を取り出した。
『婚姻届』
すでに千紗の名前が書かれたそれが目の前のテーブルに置かれた。
『偽装結婚』の文字が頭の中をよぎった。
好きでもない人と結婚するのなら苦痛だが、大好きな千紗と結婚するのはどうなんだろう?
いつも側にいて好きになるなという方が無理な話だった。何より千紗は魅力的な女の子だ。
大好きな上に結婚しているのに手を出せない。千紗の信頼を、信用してくれて頼ってくれてるその気持ちを裏切らない為にも手を出せない。そんな蛇の生殺しの様な環境は地獄でしかない。
それとも入籍だけして別居生活なのだろうか?
色々な疑問が頭の中を駆け巡る。
「!?」
千紗に頬っぺたを突かれて僕は正気にもどった。
「あのね――」
首まで真っ赤に染めた千紗が普段以上の音量で声を出した。
「この先ずっと養って行くので私と結婚して下さい!」
「はい!? いえ、はい! 僕で良ければ喜んで、こちらこそよろしくお願いします」
永久就職?
進学しなくてもいい?
何より千紗の側に居られる?
思わず立ち上がるとそのまま千紗に向かって頭を下げた。
「私、嬉しい」
そのまま千紗に促されるまま婚姻届に署名捺印を済ませた。
***
千紗がバレーボールの世界に進むきっかけとなったのは、お袋が僕達を無理矢理ママさんバレーの練習に連れて行った事だ。
そこで年齢の割に高い身長を買われてジュニア女子バレーにスカウトされた。
しかし、人見知りの千紗が嫌がり、どうしてもと付けた条件が僕もジュニア男子バレーに入団する事だった。
それは僕の千紗の小間使、付き人としての生活の始まりでもあった。
愚鈍な僕とは対照的に、千紗は抜群な運動神経と背の高さを生かして見る見るうちにアタッカーとしての才能を開花させていった。
大会で優秀な成績を収めて強化選手に選ばれても、僕が行かないなら参加しないという毅然とした態度を繰り返すうちに大人達も折れ、色々な口実を付けて雑用係として僕を強制参加させる様になった。
そしていつしか僕は千紗とセットとして扱われる様になった。千紗のおまけとも言う。
女子合宿に雑務として男子が参加するのも不自然だと、千紗専任のアタックの練習相手を引き受ける様になるのも時間の問題だった。
ずっと千紗を観察していた結果なのか、試合で二本に一本は決める千紗のアタックをほぼ100%拾う事が出来た。それゆえ益々、千紗とセットで扱われる事が当たり前となっていった。
もっともそれが良かったと思えたのは中学三年の時、千紗がバレーボールを辞めると言った時くらいしかない。
その時の千紗は全国大会で優勝した事もあり天狗になっていた『一番になったんだから恩返しは済んだ。だから辞めたい』と。
その言葉を聞いた若かりし僕は無謀にも恥ずかしい事を平気で言った。
『僕みたいなへなちょこに止められるアタックで一番なんて笑っちゃうよ。10本勝負で一度でも僕を抜けたら千紗の勝ちで好きにすればいい。もし僕が10本全部止めたら僕の言う事を聞いてもらうぞ』
そして勝負が始まった。
結果は千紗の勝ちだった。体力不足の為に最後の一本、僕の足がもつれて間に合わなかった。
しかし不思議な事に千紗はバレーボールを続ける事を選んだ。
『ずっと側に居てくれるのならバレーボールを続ける』と。
それ以来、自他共に認める付き人生活が本格的に始まった。
スタミナ栄養食作り、練習後のマッサージ、スケジュール管理まで多岐にわたって任されてやり甲斐はあった。
高校三年になり流石に実業団入り間違いないと言われている千紗と共に実業団入りが叶う訳もないので、真面目に受験勉強に取り組む受験生をしていた。
***
「おめでとうございます!」
いきなりカメラのフラッシュが焚かれた。
突然の事で視界が白く染まり何も見えない中、誰かが叫んだ。
「一言だけお願いします! 今のお気持ちを」
「戸惑ってます」
「なるほど。嬉しくて戸惑っていると。ありがとうございました」
ようやく視力が回復した目でぼんやりと見えるマイクを向ける女性に困惑したまま答えると、勝手に解釈して一礼して去って行った。
「一体、何だったんだ?」
千紗に問いかけると千紗も首を傾げていたが少ししてバッグをゴソゴソしてスマートフォンを取り出した。
画面を操作して渡してくるので受け取って確認してみる。
そこには千紗のSNSらしきページが開かれていた。
『大切な彼にプロポーズするので応援よろしくお願いします。私に力を貸してください。みんなの声援を後押しに頑張ります』
との発言の下にコメントが多数。
『頑張れ!』
『応援しています』
『その果報者は誰だ!』
『悔しいけど応援しますね』
『良い報告を待ってます』
etc.
まだまだ続いていたが読むのを切り上げて千紗の顔を見るとニコニコとしている。
全て計画の内だったようだ。
確かなのは『偽装結婚』ではないという事。
千紗も僕の事が好きだという事。
そして、両思いだと分かってもこの場所では千紗を押し倒せないという事。キスすら出来ない。
おじさんが二人っきりは許さないと言った理由がやっと分かった。
それでも、ニコニコとしている千紗を見てると、今更焦る必要もないんだと思えた。
それより先にまず、これからの二人についてどうするかを話し合わないといけない。
新居をどうするのか?
他にも色々と。
口数の少ない千紗と楽しい会話が弾みそうだ。
無口な幼馴染に嵌められて 青空のら @aozoranora
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