第55話 再会 1

 南門から現れた一団の報告があり、様子を見に行くと赤銅バーレのタバードが百騎から見えた。もしや――と思った私は駆けた。そして、ルハカと話しているその姿を見つけた。


「オーゼ……」


 感情が高ぶって溢れそうになる涙を、目をいっぱいに見開いてとどめ、歩みを進める。

 彼は防寒具を羽織っているくらいで袖や裾からはボロボロに焦げ付いたままの服が見える。着替える間も惜しんで駆けつけてくれたのだろう。負傷は大丈夫だろうか。私に気付く彼は両手を広げる――が、ここで彼の優しさに甘えるわけにはいかない。


 私は彼から十分に距離を置いて片膝を着き、そしてこうべを垂れた。


「お許しください。私は貴方を誤解したばかりか、裏切るような行いをいたしました。名誉を傷付け、癇癪を起し、あまつさえ自らの浅はかさを棚に上げ、無実の罪を貴方に押し付けました」


 彼は近づいてきて腰を落とす。


「エリン、そうじゃない。オレが元凶なんだ。オレが君の幸せを願って選んだ道だったんだ。だから罪を受け入れることには何の不満も無かった。ただ君が幸せでさえいてくれるのならば……」


 彼の優しさはあの頃から変わっていなかった。遠征で私が思い悩んでいたときも、彼を軽んじていたときも、幼い頃から私のことだけを考えてくれていたんだ。そして私のために罪を被った。追放を言い渡したときの彼のあの言葉と優しげな顔、あれが全てだったんだ……。


 ――だからこそ、彼の手を取るわけにはいかなかった。私の罪を償うには――。


 パン!――と音が響いた。


「ルハカ!? なんだ!?」


 顔を上げるとオーゼが片手でお尻を押さえていた。


「なんですかお兄さん、その返事は! 加護のことは気負わないでってわたくし言いましたよね!? エリン様に本当に幸せになって欲しいなら! 戻ってきて欲しいなら、ただ一言、――許す――と言えばいいのですよ、腹の立つ!」


「――エリン様も! どうして一言、――愛してる――と言えないのですか! 反省して謝ったのでしたら受け入れて貰えばいいじゃないですか! 身でも引くつもりですか!? そんな勇気も無いのでしたら勇者なんか辞めちゃえばいいのですよ! そ、そ、それでお兄さんはわたくしが頂きますーっ!」


 もおっ!――と、悪態を吐いたルハカは、くるりと踵を返すと持ち場に戻って行く。

 二人ともあっけに取られて彼女の後姿を見ていた。



「許す――」


「えっ……」


 オーゼに視線を戻すと彼はいくらかバツの悪そうな顔をしていたけれど、一呼吸を置いて真剣な顔で私を見据える。


「エリン、君を許すよ」


 オーゼの言葉に我慢していた涙がぽろぽろと零れ、止まらなかった。


「愛してる……オーゼ!」


「ああ、オレもだ。愛してる」


 私たちは初めてじゃない口づけを交わした。

 初めてのはずなのに、どうしてか懐かしかったから、求めていたものがそこにあったから。

 以前と変わらぬ愛情を向けてくれたオーゼに胸がいっぱいになった。







 ◆◆◆◆◆



 どどどどどどどぉしてキスまでしちゃってるんですかね!?

 私、そこまでしろなんて言いました!?

 朴念仁のクセにお兄さん、エリン様相手だと遠慮なしですか!?


 静まり返った二人に振り返ると、お兄さんとエリン様は公衆の、いや部下バーレたちの面前で堂々と恋人同士のキスをしていました! 赤銅バーレの女の子たちなんか、指示を貰う前なのに二人が困るどころか頬を赤くしてじっくりと見入っちゃってます。男の子は口をぽかんと開けて物欲しそうな顔をしていました。


「見せモノじゃないです!」


 私は手を止めて遠くから二人を眺めていた魔術戦闘団ウォーマギに渇を入れ――いや、当たり散らした。



 ◇◇◇◇◇



「ルシア様が目を覚まされたのですが……」


 そう報告してきたフクロウソワルの一員だったけれど、何か言い淀んでいた。

 未だに向き合ったままお互いの背に手を回してぽつりぽつりと語り合うお兄さんとエリン様に遠慮して私の所に来たのはまあ、わかる。だけどそれだけではない様子。


 ――しかたがない。


「オーゼ様、エリン様、ルシアが目を覚ましたそうです。参りましょう」


 私は赤銅バーレの小隊長と半数の部下に魔術戦闘団ウォーマギの指揮を任せ、残り半数はフクロウソワルの手伝いを指示し、二人をルシアの元へと案内した。私とフクロウソワルのひとりが先導するのだけど、エリン様は勇者という最高位の地位にも拘わらず、お兄さんの斜め後ろ傍に慎ましく控える彼女ポジだ!


 ――もう私、壁に頭をぶつけてたい!



 ◇◇◇◇◇



「ルシア? 入るよ?」


 ノックに返事が無かったため、彼女を寝かせてあった部屋の戸を開ける。

 部屋にルシアは居な――いや、居た。居たのだけれど、ベッドの上で毛布を被って丸くなっている。


「ルシア、何やってるの? お兄さん来てくれたよ?」

「あああぁー!」


 枕に頭を突っ伏し、くぐもった声で大声を上げていた。


「ちょっとルシア?」


 私が傍まで行って毛布を剥ごうとすると、ルシアは耳まで真っ赤になって、いやいやとでも言うように首を横に振り毛布を引っ張る。お兄さんたちの方に助けを求めるように見ると、二人が来ようとするも、お兄さんはエリン様にちょっと待つようにと手で止める。


「ルシア? どうしたんだ。何があった?」


 ビクッ――と、お兄さんの声に反応したルシア。


 彼女は俯いて毛布をかぶったまま、のそのそとお兄さんの方へと向きを変える。


「兄、ごめんなさい…………あんなこと、するつもりじゃなかったの……」


「そうか、よかった。……ルシアに嫌われたかと思っていた」


「嫌いになんか……なりません」


 ルシアは気を失う前までと全く違った喋り方をしていた。これってもしかして――。


「顔を見せておくれ。ルシアが無事でよかった」


 少しだけ首をもたげたルシアは顔を真っ赤にしていた。


「謝らなきゃってだけは思ってました。でも姉さんにも、皆にもいっぱい酷いことをしたのにどうしてか辛くなくて落ち着いてるんです。それが嫌で。あと、あと、あの邪神が居座ってたせいかその、なんか……」


「昔のルシアみたいだったよ?」


 私がそう言うと、ルシアはさらに顔を赤くしてベッドに突っ伏した。


「――なんだ、恥ずかしかっただけか。心配して損した」

「ううー!」


「ルシアには平静サニティの加護が掛かっているな。地母神様の加護だろう」


 お兄さんが魔占術ディヴィネーションを使った。

 その言葉にハッと顔を上げるルシア。


「そう、そうだ。ミルーシャ。ミルーシャが祈りで……。ミルーシャは!?」

「ミルーシャ様はまだ石のまま! それよりルシア、解呪の条件は?」


「解呪! それ! 兄さんの、愛する者からの口づけ!」

「ええっ!?」

「なんだって!?」

「え…………」


「ルシア、何でそんな条件にしたの!?」

「だってミルーシャは兄さんが好きだし、エリン姉さんは兄さん捨てたから――」


 そこまで言ってから、部屋にエリン様がいらっしゃるのに気が付くルシア。


「――え、兄さん、姉さんとヨリを戻しました?」

「ああ……そうだ」


 ルシアはその言葉を聞くと目に涙を浮かべ――。


「でもっ、だって! ミルーシャ、兄さんのことが好きなのに、自分を抑えて尽くすばかりでっ。何とかしてあげたくてっ」


 両手で涙を拭いながらそう話した。


「気持ちはわかるよ。でもねルシア……お兄さんがエリン様に一途なのは知ってるでしょ……」


「構わない。オーゼ、ミルーシャさんを助けてあげて」


 エリン様は当然のようにそう言ってきた。ただ、だからこそ私はその言葉を素直に受け入れられなかった。


「そんな……義務みたいに言わないでください。そんなキス、私だったら泣いちゃいます」

「義務だなんて思ってないよ、ルハカ」


「じゃあ、お兄さんが気持ちのこもったキスをしてもいいんですか!? 浮気ですよ?」

「うん、いいよ」


「なんですかそれ! 自分への罰か何かのつもりですか!」

「ううん、他の人と何かあっても、オーゼはちゃんと私を想ってくれてるってわかったから」


 えっ? お兄さん、ミルーシャ様と関係を持ってたんですか!?

 私がお兄さんを見ると、慌ててお兄さんは――。


「いや、オレはミルーシャとは何も無い。誤解だ」

「宿の同じ部屋で二人だけで寝ていたのでしょう?」


 ええ!?


「オレは何もしていない、本当だ」

「ううん、そうじゃない。――じゃあ、例えばオーゼは私が他の男と同じ部屋でひと晩過ごして何もなかったって言っても気にしないの?」


「……気にする。胸が痛い」

「ええ、それは私を愛してくれているってことでしょう? 私もオーゼを愛してるから、それを聞かされた時は辛かった」


「そうか、すまない……」

「でもいいの。オーゼがちゃんと私のことを想ってくれてるって今は知ってるから」


 エリン様は優し気な微笑みと共にお兄さんの頬に触れる。


「(余裕のある正妻ポジ……)」


 皆がこっちを見てハッとなる。思わず声に出てしまっていた……。


「と、とにかく、オーゼは口づけをするならちゃんと気持ちを込めてあげて。恋人がそんな軽薄な人間とは思われたくないから」


 よく分からないけれど――いえ、わからなくはない。お兄さんはそんな酷いことをする人じゃない。――でもやっぱりわからない。私だったら許せない。――許せないけど、相手がミルーシャ様やエリン様だったら……。


 私の頭は魔術を使い続けるよりもヒートアップし、堂々巡りを続けた。







--

 あらたなせいへきがルハカをおそう!


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