第54話 回復

「ワアァァァァ!」


 ズン――と大蛇ワームの首が落ちた一瞬、みんな静まり返ったけれど、ぐらりと揺れた鎌首が地に伏せると団員たちの歓声が響いた! 崩れた大蛇ワームの頭が、体が、ぐつぐつと煮えたぎった黒い液体へと変わり、崩れ落ちていく! 黒い液体はやがて霧と消え、大蛇ワームは骨と化していく!


「やたっ、やりましたっ! エリン様! やりましたっ!」

「団長! やりましたね!」

「エリン様、お見事です!」

「ああ、ルハカ。――ルシアも、皆もありがとう」


「ルシア?」


 さっきまで澄んだ歌声を響かせていたルシアは、力なく倒れかかる。

 エリン様が受け止めてくれたものの、ルシアは目を閉じ、寝息を立てていた。


「眠っている。無理をさせてしまった……」



 ルシアは私の幽霊馬スティードに乗せて、私とお互いの体を縛り付けておくことにした。まだやることはある。領都の様子の確認だ。


 同じ冬の夜でも吹雪いていた先程までと一転し、気持ち暖かな空気はまるで春の夜のようにさえ思えた。我々一行は丘を下り、南門から町へと入った。暗い町には人気がないのだけれど、兵士の姿も無かった。門番は居らず門も開きっぱなし。通りを砦へと進むと、砦前の開けた場所には整列した大勢の人影が居た。


 最初はそのあまりの異様さに等身大の人形でも並べているのかと思ったほどだ。武装した兵士たちは放心したまま整列して西側を向いていた。ちょうど、彼らの向いた先には大蛇ワームが破壊した外壁を見ることができた。途中にある建物は全て倒壊してしまっていた。


「これは……虚栄の花のせいでしょうか? 全員がナホバレクの下僕に!?」


 妖精の目イセリアルサイトからは大小の虚栄の花が兵士たちに見えた。エリン様にも同じ魔法を掛ける。


「全員が操られているのか、この花に」


 エリン様は馬を降りて手近な兵士に話しかけるも返事はない。虚ろに西を見ているだけ。下されることのなかったナホバレクからの命令を待っているのだろう。エリン様は虚栄の花に触れようとするが、妖精界にある存在には人が触れることはできない。


「全員を砦に帰して虚栄を払う準備をしま――」


 エリン様は聖剣スコヴヌングを抜いていた。そしてその刃でそっと虚栄の花に触れると、はらりと虚栄の花は落ち、消えていった。


「――まさか!」


 虚栄の花を刈り取られた兵士は、ぷつりと糸が切れた人形のように膝をついて倒れた。エリン様は屈んで兵士の様子を見る。


「死んではいないようだ。聖剣スコヴヌングでも払えるという事だな」


 そう言ったエリン様は聖剣スコヴヌングを兵士たちが居るのも気にせず、横薙ぎに払った!


「えっ!?」


 バタバタと倒れていく周囲の兵士たち。だけど体には傷ひとつなかった。代わりに、虚栄の花が落ちて消えていくのが見えた。


聖剣スコヴヌングは望む物だけを斬ることができる。もしやと思ったが……」

「これは! これは凄いです! ナホバレクの軍勢が攻めてきても恐るるに足りませんね!」


「大丈夫、もうナホバレクの軍勢は居ないよ、ルハカ」


 エリン様はそうやって兵士たちの虚栄を払っていった。エリン様が望めば、聖剣スコヴヌングは三十尺から先の虚栄の花さえ刈り取った。魔術戦闘団ウォーマギの団員なんか、顔から地面に倒れていたけどいい気味だ。遠征では赤銅バーレに嫌味ばかり投げかけてきていた彼らは、ひときわ大きな虚栄の花をどいつもこいつもが咲かせていたから。



 砦へ向かうと、中の広場にも整列した兵士たちが呆然と立っていた。加えて、グレムデン将軍を始めとした軍のお偉いさんたちも表に揃っていた。彼らもまた大輪の虚栄の花を咲かせていた。


 エリン様は軍の重鎮たちの虚栄の花を薙ぐと、彼らを叩き起こして言った。


「起きよ! グレムデン! ガナト!――このザマは何だ! 貴様らは戦女神ヴィーリヤに反旗を翻し、自惚れナホバレクにくみするつもりか!」


 重鎮たちは呆けた顔をしていたけれど、やがて現状を理解したのか青ざめていった。


「――テーリカ。彼らに虚栄を見えるようにしてやれ」


 エリン様は妖精の目イセリアルサイトを重鎮たちに与える。


「――これが貴様らがジルコワルと共にナホバレクにくみした結果だ! この花の根付いた人の心すべてが邪神の領土だ!」


 エリン様が聖剣スコヴヌングを振るうと虚栄の花が落ち、兵士たちはバタバタと倒れていった。重鎮たちは聖剣スコヴヌングを目にすると、エリン様の加護の回復を理解したのか恐れおののいていた。


「――理解したなら軍をまとめよ! 破壊された町の住民を救え! アザール領を解放しろ! 今すぐにだ!」


 エリン様はそう言いながらも次々と虚栄を払っていく。重鎮たちはのろのろと高官を起こし、指示を出し始める。


「――それからガナト、貴様には後で話がある。心しておけよ」


 エリン様はロバル領主をひと睨みすると、――領民を助けに行こう――と我々に指示を出し、町へと戻って行った。



  ◇◇◇◇◇



 竜の咆哮ドラゴンズロアもたらした地震により倒壊した建物は塔以外にもあった。幸い、ある程度避難が済んでいたため住人への被害は少なかったが、それでも死者は居た。そして負傷者はエリン様が率先して出向き、治癒していった。


 エリン様の独特な治癒は我々の常識を超えたものだった。しかも、加護を完全に取り戻した今では、明らかにその手は輝きを放っている。


 建物の下敷きになり死にかけていたお婆さんは明らかに致命傷だった。が、それをも完治させてしまった。


「ああ、聖者様、ありがとうございます。ありがとう……」


 朦朧としていたそのお婆さんは呟いた。

 その言葉に私は確信した。


「エリン様、その力、やっぱり伝説に聞く聖戦士パラディン輝きの手レイ・オン・ハンズですよ。間違いありません」


「そんなことは無いと思うけれど……」


「いいえ、これは大事なことですエリン様。エリン様はもっと自信を持つべきです、――これが輝きの手レイ・オン・ハンズである――と。貴女様の心持ちは加護に影響を与えてきたと思うのです。ですからここは、輝きの手レイ・オン・ハンズを手にしたことを感謝すべきです」


 そう。それが確かなものになるならミルーシャ様も!


「そうね、ルハカ。ありがとう。――女神様、この力を与えてくださったことに感謝いたします……」


 エリン様が輝きの手レイ・オン・ハンズを認めると、さらにその力は増していった。触れるだけで次々と負傷者を治癒していったのだ。



  ◇◇◇◇◇



 空が白みだす頃には軍の協力もあってほとんどの瓦礫が片付いていた。魔占術ディヴィネーションで負傷者は全て見つけ出した。魔術戦闘団ウォーマギの指揮を任されたけど、あいつらをこき使うのは気分が良かった。寝てない?――何を言ってるの。遠征では夜通しで戦ったことは一度や二度じゃないわよ!――力ある手オーガハンドで巨石を運ばせ、大蛇ワームが残した骨を解体させた。


 フクロウソワルの仲間は逃げ遅れた人々をかくまっていた。

 エリン様と合流した彼らは、周辺の町とも連絡を取り、領都の安全を伝えた。


 そして、この時期長く続く薄明の中、南門から赤銅バーレの一団が到着した。


 ――お兄さんだ!


「オーゼ様!」

「ルハカ、無事だったか。よかった」


 赤銅バーレの手前、お兄さんとは呼べなかったけれど、お兄さんは幽霊馬スティードを降り、優しく答えてくれた。


「はい! エリン様もルシアも全員無事です!」

「よくやってくれた。ありがとう」


 ――誉めて! 抱きしめて!――と念を送ったのだが、この朴念仁には通じなかった。それでも再びお兄さんの笑顔が拝めたことには女神さまに感謝した。


 お兄さんは、赤銅バーレ魔術戦闘団ウォーマギの作業を引き継がせようとしたけど、私は拒否した。だってこいつら、今回何の役にも立たなかったのに! そこ! ホッとした顔してないで働く!


 そして――やっぱりそうだよね、感動の再会はエリン様とだった。


「オーゼ……」


 お兄さんが私の後ろに視線を移した。







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 ルハカの恋は実るのでしょうか?


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