第51話 依代
「まずはエリン様、貴女様に謝罪を。オーゼ殿が生きていたこと、黙っていて申し訳ありませんでした。秘匿事項でした故、明かせませんでした。
領境まで見送りに来たアシスは砦を過ぎた後、
「なんだアシス。今更、気にすることではない」
「ですがエリン様には余計な心配と負担をかけてしまいました」
「いいんだ、もう。オーゼが無事なことはわかったから。それに私のことは自業自得だ。オーゼを信じ切れなかった自分が元凶だ。――いずれにせよ、必要なことだったんだろ?」
「はい……」
「ならば良しとしよう。代わりに、帰ってウィカルデに怒られてこい」
「はい! 町でギードラ……いえ、
「
「ええ。――ではエリン様、皆さま方、ご健闘を祈ります。必ず帰ってきてくださいよ」
「ああ! 必ず!」
私はまた、裏付けされた自信もないのにそう言ってしまった。オーゼなら怒るだろうか。思えば遠征中はオーゼには苦労を掛けてばかりだった。だけど今回ばかりは逃げるわけにはいかないんだ。許して欲しい……。
◇◇◇◇◇
しばらくぶりの
「ギードラ!」
単独で
「ルシアは平気なんでしょうか?」
「ルシアのことはルハカの方が詳しいでしょう?」
「うう……あんなルシアはしばらく振りでよくわかりません……」
ルシアは少しおかしかった。ルハカのことも最初は覚えていなかったという。ロージフの落とされた左手を見て、悲しげにしてはいたがそれほど動揺しなかった。しかもルハカが言うには戦場であの
町から出ると、魔術師たちは
◇◇◇◇◇
「ずいぶんと人が多いな」
町へ入ると通りが人で溢れかえっていた。祭りなどでは無い。そこかしこに座り込んで焚火を起こし、暖を取っている。広場まで進むとテントだらけだった。
「どうもロバルからアザールへ逃げてきた領民のようですね」
馬を降りて様子を伺ってきた団員が報告した。
「――ロバルでは雪が降っているそうです。領境の町の北の森では火災も起きていると」
「
「はい、姿を見たという者も居て、町は混乱してるそうです」
「それでこの避難民か」
「雪は女神様の力が弱っているからでしょうか? 本来は東の果てと同じく、ここは雪に埋もれる土地だとか」
ルハカが聞いてくる。
「おそらくそういうことだろう。急ぐ必要があるが、余力のある者は?」
団員の顔と、そして途中から合流してきた
「団長、我々はまだ何も手柄を立てていません」
「そうです、ただ移動しただけ。まだいけます」
「
「あたしは連戦だけどまだ大丈夫」
ルシアが自信ありそうにそう答える。
ルシアの腰にはあの
「ルシアにはできるだけ安全な場所に居て欲しい。何かあったらオーゼに申し訳が立たない」
「あたしは姉さまと一緒に居ます!」
「ルハカ、ルシアを守ってやってくれ」
「は、はい」
「ルハカは副団長でしょ! 団長のあたしの方が偉いの!」
「わたくしも連戦なので……。ルシアも無茶しないでよ」
「ルハカも無理はするな。魔力に余裕が無いと思ったら下がれ。必ず生きてオーゼの所へ戻ってくれ」
この二人だけは何があってもオーゼの元へ返さなくてはならない。
◇◇◇◇◇
行軍用の重防寒具だけ掻き集めた後、峠を越える。その頃には既に日は落ちていた。
砦を抜けて下りへ入る頃になると暗い空から白いものがちらほら舞い始めた。
町が見えてくるが、先に北方の森で火の手が上がっていることに気が付く。ただ、町の方にはまだ被害が出ていない。その中で
「領都が襲われているようです。仲間が領民を避難させているようですが軍が持つか……」
「領都に到達しているなら直接追うよりも街道を回ろう。その方が速い。領都にガナトの手持ちの兵は居ないが、国軍が駐留していた。規模だけは大きいはずだ」
遠征の際、国の最終防衛線を任されていたグレムデン将軍旗下の
暗い夜道を魔術師たちの
◇◇◇◇◇
ロバルの領都はハイセンと違って大きく、周囲を外壁で守られている。南門と東門が主要な出入り口であったが、我々の向かう南門には
「姉さま、あちらです」
ルシアが指さす方向は領都の西側の丘陵地。起伏が多く、外壁の際は大きく落ち込んで幅の広い水堀となっている。その丘の方にも連なるように焚火か何かの灯りが見える。
ルシアは迷いなく丘へと向かう小径に入る。
「ルシア、待って。どうしてそっちへ?」
「
「わかった。だけどルシアは後ろをついてきてくれ、危険だ」
「はい、姉さま」
ルハカに頼み、
闇に向かって登る斜面、
「止まっているな」
「ですね。軍と交戦中でしょうか?」
300尺ほど離れた場所から様子を伺う。胴の高さは人の背の高さほど。幅はもっとありそうに見える。暗色の刺々しい鱗に覆われ、周囲の草を燃やしている。
「魔法は効かないと言っていたな? ルシア」
「胴には効きませんでしたが頭には効きます。兄さまが調べた限りでは頭には
「ケエラ、私と代わってルハカの方に乗ってくれ。ルハカとルシアを頼む。――テーリカ、悪いが
「光栄です団長! どこまでもお供しますよ!」
危険を承知で
「他の者は待機だ。頭がこちらに向かったら魔法の指揮はルシアに任せる。相手の力がわからないうちは無理に馬を降りず距離を保て」
テーリカは
「胴に寄せて並行に走らせろ。西から東へ」
「承知!」
私はジルコワルから奪った
魔剣の類は何かしらリスクがあるかもしれないが、今はこれに望みを託す。
「行くぞ!」
右手で
果たして、
「ここまでです!」
テーリカが声を掛け、馬が右へ回る。小さな下りの崖が行く手を阻む。
「もう一度! 東から西へ!」
テーリカが馬を回すと、
「確かにルシアが言っていた通り、図体が大きいだけでどうにも手応えのない相手だ」
「腹の中に一発、カマしてみましょうか?」
「よし、頼む」
「承知」
テーリカは裂かれた腹に
「これはまた厄介な相手だな。幅はあるが降りて両断してみるか?」
そこに味方の一団から一騎、こちらに向かってきていた。
「団長! 街の方から首が引き返してきます!」
「さすがに気付いたか。
テーリカに支持を出し東の方まで戻ると、外壁の上を乗り越えるようにして竜の頭が鎌首をもたげ、こちらを見据えていた。竜の頭はゆっくりと口を開くとまるで人のように呟いた。
――祝福アレ――と。
--
スワルトルとスコヴヌングの刃渡りは3尺ほどでかなり長めの長剣を意識しています。柄も長めなので片手半剣に近いかも。ジルコワルは両手持ち、エリンは片手持ちが多いです。どちらも実在の長剣の初期の幅広のものを意識しています。鋼の品質が劣るというよりは、古い形状を残しいている形です。他の兵士が使っている長剣は馬上戦闘が無いため2尺からが標準的で、幅も狭く、よくしなり、鎧の隙間を突くことにも向いています。
処女作の『かみさまなんてことを』の頃からそうですが、狭い場所では長剣を先端と手元で二点保持して突いて使う描写が多いのは拙作の特徴かも。スワルトルもスコヴヌングも斬る意志さえなければ篭手を斬り裂くことは無いと思います。
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