第46話 負けられない戦い 2

「嘘でしょう…………!?」


 私は目の前の事実に……あまりの衝撃に膝をついていた。こんなことは想定していなかった。まさかあの赤銅バーレが……。傍に控えてくれいてたゲインヴも呆れている。呆れている?――いや、ただ単に暇そうにしているだけだ。


 私は追加の幻の軍隊ファンタズマルフォースを二十尺ほど投入する。



 戦況だけど、こちらからは矢の雨が赤銅バーレに向かって降り注がれていた。当然、そのような事態には赤銅バーレ飛び道具からの防護ミサイルプロテクションの魔法で対抗する。この魔法は、矢や太矢といった小型の飛翔体から対象を守ることができる優れた防御魔術アブジュレーションだ。


 そして赤銅バーレからは火球ファイアボール魔法の矢マジカルアローといった、壁の上の敵を攻撃するのに向いた魔法が飛んでくる。そう、敵を攻撃するだけならそう悪くない魔法だ。ただ、どちらの魔法も衝撃は与えない。だから、防壁を破壊するような力はない。隕石群メテオスウォームという魔法もあるけれど、あれは加護持ちの魔力に余裕がある魔術師向けの魔法だ。今の彼らの目的は防壁の上の兵士の制圧だから必要は無い。いずれにせよ、彼らは防壁が破壊できなくても気にもしない――そう。のだ。


 私が何を見て膝をついたかと言うと、赤銅バーレの魔術師たちだ。彼らは後先考えず、火球や魔法の矢を防壁の上の兵士に向かって打ち続けているのだ。嘆かわしい。あれが精鋭赤銅バーレの魔術師かと思うと恥ずかしくて落とし穴マイナーヴォルテックミーネに頭から入っていたい気分……。



 私がお兄さんと夜が明ける前から仕掛けた策はそこまで複雑なものではない。

 お兄さん任せな部分も大きいけれど、まずは幻覚の地形ハルシナラトリテレインで町の防壁を二十尺ほど上に上げてもらう。地形に掛かるこの幻覚魔法デリュージョニーは、見る者を混乱させる上に、幻影と違って破壊できない。本来なら町を隠すための魔法を壁をためにかける。


 当然、昨日と違わないよう地面も同じく高くなるけれど、そこはあちらが斜面だから少々の異変は気にもならないだろう。それに、傾斜地からの射撃は平坦な地面と違って意外とから違和感に気付きにくい。


 次に天候操作ウェザコントロールで霧を呼んで貰った。幻覚は幻影と違って不自然さは誤魔化しやすいと聞くけれど、それでも確実に行くべきだ。霧は防壁の足元を隠してくれるだけでなく、水堀や水路の位置を分かり辛くさせる。安易な突撃はしてこないだろう。


 最後に私、それからレハン公の魔術師たちと共同で幻の軍隊ファンタズマルフォースを二十尺上の防壁の上に出現させる。幻影魔法イリュージョニーで呼び出された幻影は、時に人を殺しかねない。幻影に殺されたと思った人は、実際にショックで死ぬこともある。ただ、今回は相手が赤銅バーレだ。彼らは間違いなく飛び道具からの防護ミサイルプロテクションの魔法で身を守る。だから攻撃も。私たちの姿は幻覚の地形ハルシナラトリテレインで覆い隠されているため、ここからなら幻影のコントロールも自由自在だ。



 ただ……ただ、赤銅バーレは本当に魔法を撃ち続けている。現れる幻の軍隊ファンタズマルフォースの兵士は、次々と魔法によって倒れていく。がしかし、はいくらでも現れる。いい加減、自分たちがどの程度の兵士を倒したのかくらい把握して欲しい。しかも馬鹿正直に上の幻影ばかり狙ってるから念のため控えてもらっていたゲインヴが暇なわけだ。


 当然、そんな調子で魔法を撃ち続けていたら、並の魔術師は魔力が足りなくなる。魔力切れを起こす前に諦めるだろう。だけど――。


「えっ、バカじゃないのあの子たち! まったく嘆かわしい……」


 なんと、嬉々として魔法を撃ちまくっていた赤銅バーレの団員が、魔力切れを起こして倒れたのだ!


「遠征でも見た光景でやすねぇ……」


 それだ! かつての魔王軍の魔術師たち。彼らは正直、まともな活躍をしていなかった。あの頃はただ単に未熟な魔術師が多いだけかと思っていたけれどそうじゃない。虚栄に囚われるということはそういうことなのだ! 恐ろしい。魔術師でさえバカになる。私は自分のしたことは棚に上げ、身震いした。



 次々と前線で倒れていく赤銅バーレ! それなのに金緑オーシェ青鋼ゴドカも助け寄ろうともしない。ただ、防壁の上の兵士が減るのを待っている。


「あの赤銅バーレを頂こうか、ルハカ」

「えっ!?」


 手隙になったのか、いつの間にかお兄さんが傍まで来ていた。


「遠征のときと同じだ。寝返らせられる敵ならこちらに頂こう。幸い、虚栄ヴァニティにはあまり賢いがないらしい」


 企みを秘めた笑みを見せるお兄さんに――トクン――と胸が高鳴ってしまう。けれど、今はお花を咲かせている場合じゃない。私たちはレハン公の魔術師たちにあとを引き継がせ、出撃の準備をした。



  ◇◇◇◇◇



 味方の兵士たちに幻覚ハルシネイトを見破る許可を与え、さらには幻影でより濃い霧を出して軍を隠しつつ、防壁の正面に展開させていく。防壁と撃ち合っている最前線の赤銅バーレは半壊し、辛うじて魔力を残した団員も右往左往している。


 全軍の準備が整うと、お兄さんの――行けロトワ!――の掛け声とともに、戦士団を先頭とした隊が両端二手に分かれ、赤銅バーレの左奥に居る金緑オーシェと、右奥に居る青鋼ゴドカに突撃していく。私とお兄さんは幽霊馬スティードを駆り、金緑オーシェの正面に先行する。


 金緑オーシェからは魔術師たちの魔法が先制された。ただ、赤銅バーレほどの数は居ない。お兄さんの障壁に阻まれる。さらにはお兄さんは金緑オーシェ正面を駆け抜け、酩酊ヴァーティゴを続けざまにかけていった。錯乱と同じく酩酊の魔法は眠りや麻痺の魔法に比べると効果の時間が短く影響も少ない代わり、とにかく詠唱が短い。しかもお兄さんの得意な幻覚魔法デリュージョニー金緑オーシェの前衛は突然立ち止まると、後から押し寄せた兵がぶつかり雪崩れるように倒れていく。


 金緑オーシェのその後を気に留める暇もなく、お兄さんと私は青鋼ゴドカの側面に向かう。青鋼ゴドカは正面、横に広がった戦士団に対抗して陣形を変えようとしているところだった。お兄さんは酩酊ヴァーティゴの魔法をかけ、青鋼ゴドカ右翼の足並みを乱す。その青鋼ゴドカの右翼側にはこちらの領兵が入り込んて行く。


 レハン公のかき集めた兵は精鋭でこそないが、急ぎ集めたにしてはとにかく数が多い。レハン公の有能さを示していると思う。その数の有利で赤銅バーレと他の戦士団の間にこちらの兵を割り込ませ、250名の赤銅バーレを攫おうという作戦だった。


 ただ、そこに割り入ってきたのが赤毛の女。

 いつの間に長めの詠唱キャストを終わらせたのか、私たちに向かって天から四つの隕石が降る。隕石は障壁にぶつかると、それぞれが爆発を起こし、ついには障壁を破って私たちに最初の負傷を与える。


 幽霊馬スティードに乗ったアイトラだった。



  ◇◇◇◇◇



「お兄さん、アイトラは任せて敵集団の動向支配クラウドコントロールの優先を」

「わかった、気を付けろ」


 お兄さんにはアイトラが出てきた場合、任せて欲しいと頼み込んであった。

 幽霊馬スティードをアイトラに向ける。

 余計な口上は要らない。お互いが接近しつつ詠唱キャストを始めた。


「「解呪ディスペル」」


 お互いの幽霊馬スティードが消し去られる。アイトラは虚栄ヴァニティの信徒だけど虚栄に囚われているわけでは無い。さすがに頭を使ってくる。幽霊馬スティードは魔術師本人に掛かっている魔法では無いから解呪ディスペルは容易だ。


 アイトラはふわりと地面に着地する。羽毛フェザーフォールの魔法だろう。

 対して私は地面を転がるように受け身を取って着地する。


「あはははっ! 赤銅バーレの元団長ともあろう方が情けない!」


 笑うアイトラ。立ち上がった私はいつもより少しだけ視界が広い。


火球ファイアボール!」

白熱の槍スピアプラズマ!」


 火球の赤い槍が私に向かって飛んでくる。障壁を削られつつも、で被害を減らす。アイトラは左手のシールドの魔法で身を守っていたが、私はをしなかった。白熱の槍スピアプラズマを手にしたまま疾駆したのだ。


 アイトラの盾を躱し、――バリバリ――と白熱の槍が直接アイトラの障壁を削る。


燃え盛るバーニングハ――ぎゃっ!」


 槍の次は脚!

 既に驚異の脚ヴンダーバインが掛けられた私のちょっとだけ長めの脚は、近すぎる後ろ回し蹴りからアイトラの盾を越し、折り畳みナイフのようにアイトラの脇腹にその先端を突き立てていた。後退あとずさったアイトラは盾を構えたまま詠唱を――。


燃え盛バーニン――ぐぎゃ!」


 左の蹴り込みの勢いで右の軸足を捻りながら滑り込ませる。

 まさか届くと思っていなかったアイトラは腹に食らって悶えながらも詠唱を――。


 アイトラの詠唱キャストを許さない――許さない――許さない!

 詠唱を遮りつつアイトラを蹴り続ける。

 小魔法キャントリップを織り交ぜながら、コンパクトに襲う。脚から左手のバレットに繋ぎ、守りを固められたら落とし穴マイナーヴォルテックミーネ。隙を見て紡いだ右手の雷撃スタンビートで怯ませ頭を狙って蹴る!


 が考え付いた戦い方。何も突出した魔法が無いなら使えるもの全部使えばいいじゃない。魔法も、体も!


「な、なんなのよその魔法は……」


 戦闘中になど、魔術師としては下の下。だけど――。


「オーゼ様の謹製ですっ!」


 お兄さんを讃えておいた。


塵と化ディスインテグレ――」

白熱の槍スピアプラズマ!」


 アイトラは白熱の槍に貫かれていた。

 塵と化せディスインテグレイトなんて長い呪文、会話の隙に差し込んだとしても白熱の槍の方が詠唱キャストは早いのに。

 バカな子だ……。


 私はお兄さんに合流すべく、幽霊馬スティードを召喚した。







--

 ポッと出のアイトラさんはすぐ退場になりましたが、これまできっと縁の下の力持ちとしてジルコワルを支え続けてきた努力の人……だったかもしれません。もしかすると。ないか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る