第38話 左腕

「ウェブデン殿と連絡が取れました」

「早いな、流石だ」


 私はアシスに、フクロウソワルとの繋ぎを付ける手段を教わり、彼らを通じて秘密裏に砦のウェブデンと情報を交わしていた。隊は既に領境の町に達していた。領主代理の領兵と伝令は封じたため、すぐに情報が伝わることはないだろう。


「領主代理が強行した場合、城門を開ける手筈を整えるそうです。あちらも領民兵を抱えて混乱していますから容易でしょう。勇者様の侍女の安全は確保しているそうです」


「そうか、助かった」

「こちらこそ。勇者様に助けて頂いたと聞いております」


「あれはせめてもの恩返しだ」


 私はフクロウソワルの資金にと金貨を手渡しておく。



  ◇◇◇◇◇



 青鋼ゴドカに偽装して砦へ向かえば血を流さず容易に占拠できるとはアシスには助言されていたが、騙し討ちは気が進まなかったし勇者としての誇りもあった。そのため先頭に立って砦へと向かった。


 砦の門は開いており、我々は迎え入れられた。

 ただ、櫓のひとつから声が聞こえた。


「今だ! 門を閉じよ!」


 ――などという、声だけが響き渡った。

 門は当然のように開いたまま。砦から顔を覗かせていた領主代理はあんぐりと口を開いていた。


「どういうことか聞かせてもらうぞ!――行け!」


 領主代理に剣を向けると、青鋼ゴドカは次の門へと突撃していった。

 櫓からは矢が放たれたが、圧倒的に数が少なすぎる。盾で防がれるばかりか、こちらからの魔法で櫓の兵士は掃討された。青鋼ゴドカは容易に小門へ取り付き、魔王軍の化け物とさえ渡り合った膂力で突破していった。


 小門の向こうではガナトの戦士団が制圧されていた。凡そ、本隊から分断した少数を数で叩きのめすつもりだったのだろう。ウェブデンが門を閉じられないようにしたであろうその結果、精鋭の青鋼ゴドカに蹂躙されていた。



  ◇◇◇◇◇



「どうか命ばかりは!」


 捕らえられた領主代理は命乞いをしていた。馬鹿馬鹿しい。私に責任を押し付けたため、復讐に来たと考えたのだそうだ。なんという短絡なのか。勇者の加護を持つ私であればこのまま彼を切り捨てようと誰も文句は言わないだろう。ただ、こいつを今斬り捨てても意味はない。


「ガナトの指示を全て吐かせろ! 二人の貴族もだ!」

「勇者様! 勇者様、わたくしは領主様の指示に従っただけなのです!」


「どうだかな。潰走の責任を貴様らが私になすり付けようとしたと聞いたぞ」

「そ、それはこの二人が!」

「貴様ではないか!」

「儂は止めたのだ!」


「領民の隊商を襲わせたのは誰の指示だ」

「それは戦士長が……」

「貴様、ちょうどいい兵糧が届いたと言っていたではないか!」

「わ、儂は止めたぞ!」


「黙れ! 連れていけ!」


 あまりの愚かさに辟易する。


「団長、ご無事でしたか!」


 ウェブデンがやってくる。


「そちらはどうだ?」

「ええ、ひとりも欠けておりません」


「そうか。では、速やかにアザール領の返還を進めよ。領主を呼び戻せ」

「承知!」


「勇者様、本当にこの領地を返還するので?」


 青鋼ゴドカの小隊長のひとりが聞いてくる。


「当たり前だ。何のために来たと思っている」

「ですが、せっかく手に入ったのです、我々が――」


「何を言うか! かつての遠征での恩を忘れたのか!」


 私は激昂した。青鋼ゴドカの小隊長ともあろうものが、あの領主代理のような愚かしいことを告げてきた。小隊長は引き下がったが、その目はギラついていた。どうしてか、いつかのジルコワルを思い出した。



  ◇◇◇◇◇



 領主の家族は念のためしばらく隠れていてもらい、領主と側近たちを呼び戻し、牢に入れられていた者たちも解放した。他の町に駐留している領兵にも青鋼ゴドカの一部を向かわせたため解放はすぐだろう。私は残りの処理を青鋼ゴドカに任せ、領主代理と二人の貴族をウェブデンたちと共に辺境領ロバルまで護送した。


 領境の町まで戻るとアシスが接触してきたため、このまま領都まで急ぎ戻ることを止め、町の衛士宿舎で一泊する。


「団長、領都にルシア様が現れました」

「ルシアが? そうか、元気にしていたか?」


「いえ、そ、それが…………」

「どうした?」


「すみません、何から話せばいいか……」

「構わん、順を追って話せ」


 アシスの様子を怪訝に思うが、まずは話を聞いた。


「二日前のことです。ルシア様が夜遅く、領都に幽霊馬スティードを駆って現れました」

幽霊馬スティードとは魔術師の使う騎馬か。一人で来たのか」


「はい、それで砦に乗り込んできて閉まっている門を開けろと。青鋼ゴドカの副団長のロージフ殿に会わせろと言ってきたそうです」

「ロージフか」


「――そういえばロージフの姿が見えなかったが……」

「ロージフ殿はいらっしゃったではありませんか」


「領都で見かけたか?」

「団長が話をしていたでしょう」


「いつの話だ?」

「領都の砦の前です。我々が青鋼ゴドカに包囲されて、団長は――魂を捨てるつもりはないぞ――と彼に啖呵を切っていたではありませんか」


「あれは別の男だろう?」

「いいえ、あれは間違いなくロージフ殿でした。あれだけ目立つ容姿の方はいませんよ」


 どういうことだ?


 ――いや、これは覚えがある。見える物が周りと異なる……聖盾ゲレンヌクだ。あの盾は魔を払い、まやかしを見破る力がある。先日、峠の砦で太矢クォレルや手斧を防いだ、あの時からだ。聖盾ゲレンヌクは手元にないのに、その存在が近くにあるかのように感じられる。


「おそらくだが、それはまやかしだ。幻か何かの……」

「……とすると、これの意味も違ってきますね」


 そう言ってアシスが布に包まれたものを出してくる。

 そこには篭手――左側の篭手が包まれていた。


「これは?」

「おかしいのですよ。ジルコワルが下男に命じて墓地に捨てさせたそうですが、これ、外した篭手ではありません」


 アシスは篭手の腕側を見せてくる。

 それは、まるで木の板でも斬り裂いたかのような切断面を見せていた。

 そして篭手に留められた革には大量の血痕が残っている。


「これは……まるで聖剣スコヴヌングで斬り裂いたかのようだな」

「ええ、ですが聖剣スコヴヌングはここにはありません」


「まさか……」

「ジルコワル殿の黒剣スワルトルしか考えられません。それからここを」


 篭手の拳に飾り模様が入っている。

 その一部に、ロージフと読める楔状の切り込みが入っていた。


「ロージフの……では、ロージフは!?」

「いえ、ロージフ殿は……その……ルシア様に焼き殺されたそうなのです」


「なんだって!?」

「宿舎に女とベッドに居る所を逆上したルシア様に……なんでもルシア様とロージフ殿は付き合っておられたとか……」


 あまりに突然の話ばかりで眩暈さえする。


「そんな……いや、ちょっとまて。その腕はいつ斬り落とされたのだ?」

「ええ、お察しの通り、その焼死体には左腕があったそうです。しかも部屋自体も不自然なのだとか」


「不自然……とは?」

「部屋を見た者によると確かにシーツなんかは派手に焦げてたそうですがね、それ以外の指物なんかはまるで焦げていないというのです。火球の範囲をご存じでしょう? 狭い宿舎で十尺も離れて撃てると思いますか?」


「…………」

「そしてこの篭手です。これを売れば金になるかと考えた下男は墓地に捨てず、鍛冶屋に持ち込みました。それは我々の到着した前日なのです」


「では、ロージフは生きている可能性も……そうだ、ルシアは? ルシアは大丈夫なのか?」

「それなのですが……」


 アシスが目を逸らして言い淀む。


「――ルシア様は現在、勇者を名乗られています」

「馬鹿なっ!」


「ジルコワルも軍の重鎮たちも認めているそうです」

「軍の重鎮も同行しているのか、なぜだ……」


 ルシアは確か――私が代わってあげる――と言っていた。あれは勇者の加護のことを言っていたのか? 仮にそうだとして何の意味がある。


「――それに、恋人を殺した勇者など……」


 口に出して気が付く。


 ――そうか、私も同じだ。怒りに身を任せ愛する人を罵倒し、恨み続けた。あれだけ頼りにしていた彼を無下に扱い、自分が辛くなってから存在の大きさに気付いて呼び戻そうとするなんて…………高潔さなど欠片も無いではないか。この浅はかな女のどこが勇者なのだ。加護を失って当然ではないか!


 私はオーゼを追いやり、それは実際に死に追い込んだ。

 ルシアは……ルシアは何か良からぬものに取り憑かれている気がした。







--

 ジルコワルの愛剣は黒剣(スワルトル)となりました。聖剣(スコヴヌング)を拙作で使いまわしているので、こちらも使いまわしてみました。聖盾(ゲレンヌク)とかいろいろカタカナ文字が出てきますが、基本的にカタカナ文字は読まなくてもいいルビで、意味が通るので漢字主体として書いてます。目が滑りますので。


 作中にたくさん出てくるカタカナ語、土地や物や怪物の名称にいろいろ使われていますが、半分以上は即興で音感だけで作った造語です。その中に、一部意味のある言葉と、実在の言葉を混ぜています。ゲレンヌクやスコラハスは完全な造語、スワルトルやスカルス(聖鎚)は意味のある実在の言葉、スコヴヌングやストアヌイは実在の名称です。確か。


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