第25話 お兄さん
走る――走る――走る――。
私はなぜか走っていた。魔力の限りを尽くして走っていた。
誇らしいほどの溢れる魔力!
崖や川では
ひとつ――ふたつ――みっつ――。
三歩までなら空中を
飛んだ先、足場が無かったら?
大丈夫、
地面が近づくにつれ、ゆっくりと。
水の上なら
上流のうねった川は歩き辛いけれど、平地の川なら大丈夫。
むしろ川辺で転びそうになることの方が多い。
走る――走る――走る――。
旧魔王領では食料が足りないらしい。
野山の食料も採りつくされ、集落で分けてもらうことも難しいかもしれない。
私は初めて周りの期待に逆らった。
故郷では私は邪魔者扱い。
王都に体よく追い払われたようなものだ。
魔王を倒しても故郷には帰らなかった。帰る場所はない。
ルシアのお兄さんのような兄が欲しかった。
私の兄とはぜんぜん違う。
走る――走る――走る――。
私はなんで走っているんだっけ?
走っていると頭が澄んでくる。
魔術師に走り回る仕事なんて無かった。
でもルシアのお兄さんは部下によく教えていた。
魔術師は魔法を届けるのが仕事だ――と。
じゃあいま私は何の魔法を運んでいるの?
お腹がすいたので立ち止まる。
パンとチーズを食べ、葡萄酒を飲んでいると思い出してきた。
私が走っていた理由。
――怒り。
ルシアはお兄さんを火球で焼いた。
黒焦げになったと言っていた。
両手をぎゅうっと握って爆発しそうな感情を抑えた。
ルシアは悪くない。
悪いのは私だ。
お兄さんに何も話しかけず、ついても行かなかったのが私だ。
私は再び走りだす。
走るのってこんなに楽しかったんだ!
魔力を体力に回すことで私は日が暮れるまで走った。
今なら何でもできそうな気がする。
◇◇◇◇◇
「いま何日目でしたっけ……」
三日目くらいまでは数えていた。
走っている間は思考がよく回る。
でも、眠っている間にあの怒りが戻ってくる。
「あっ……」
ブーツの底が抜けかけていた。変な音が鳴ると思っていた。
修理の魔法はお兄さんが得意だったな。
私は満遍なくいろいろできる代わり、ちょっと専門的な魔法は苦手だった。
得意なことの無いただの
こんな時のためにお兄さんから教わった、東の国の魔術を使う。
よし――と、立ち上がり、朝日を背に駆けだした。
風を切るような速さで走る!
使い続けると半日しか持たなくなるけれど、駆ける速さは倍になる!
高揚感と万能感でいっぱいになる。
私は何でもできる!
魔力が尽きると立ち止まらざるを得なくなる。
立ち止まると体は休息できる代わり、あの怒りが舞い戻る。
思考に靄がかかる。苛々する。
何日も続けると頭が変になりそう。
◇◇◇◇◇
近い――近い――近い――。
あれから何日経ったろう。
ようやく! ついに!
お兄さんはすぐそこだと。
そして――。
「お兄さん!! 見つけました!!」
オーゼお兄さんはやっぱりあのミルーシャと言う女と共に居た。
二人……いや三人は領境の峠の手前を歩いていた。
振り返って目を丸くする二人、それと短剣を抜く男。
「何者だ!」
「わたくしです! お兄さん!」
両腕を、両の手をいっぱいに開いて私を見せる。
お兄さんは睨みつけるような顔をして私を見ている。だけど――。
「ルハカか!? どうしたんだその恰好は! 服もボロボロだし髪だって、それにその脚、血か?」
ああ、そういえば。
「化け物が行く手を遮りましたので蹴り殺しました。お兄さんが教えてくださった魔法ですよ!」
お兄さんに教わった魔法を初めて使って、ちゃんと使いこなせていることが嬉しく、褒めて欲しかった。
「
「
「一人で来たのか? いったいどうやってここが分かった」
「お兄さんの服は燃えて捨てたと思いましたので、そちらの女性の服を
「なるほど、ルハカは賢いな……」
私は舞い上がった。お兄さんに褒められた!
「はいっ! 賢いルハカにお兄さんをください!」
「なに??」
私はその場でくるくると回り、舞った。
「ルハカは素敵でしょ? エリン様やルシアよりもずっと! ルハカのものになってください!」
「すまん、ルハカがどうしたいのか理解できないんだが……」
舞うのをやめ、両脚を開き、両腕を精一杯伸ばしてお兄さんに私を見せる!
「わたくしに全部ください! エリン様とルシアが捨てたもの全部、全部! エリン様にしたみたいにいっぱい……そう、あんな風に三日三晩愛して!」
「ルハカ!?…………いったい何があった? 普通じゃない」
「わたくしはもう周りの期待に合わせるのはやめたのです! 衝動が! 胸の中の衝動が抑えられないの!」
「悪いがルハカを抱くことはできない。ルハカのものにもなれない」
「どうして!! 確かにお兄さんがエリン様を抱くのを盗み聞きしたのは悪かったと思ってます。でもしょうがないじゃないですか! わたくしは我慢したのです! いっぱいいっぱい我慢したのです!」
私は感情の爆発とともに涙だか鼻水だかわからないものを垂らしながら、お兄さんに蹴りかかった。お兄さんは
魔法のかかった脚は自分の体とも思えないくらいに華麗に蹴りを繰り出す。足が勝手にバランスを取り、絶え間ない攻撃がお兄さんの
膝から下が小剣のように細かい蹴りを繰り出したかと思うと、太腿から爪先までが一本の大剣であるかのように宙返りからの大上段が振るわれる。跳ねるようにステップを刻み、
「ゲインヴ、手を出すな」
後ろに回り込もうとした男が居た。だけどそれをお兄さんが止める。
「諦めてルハカのものになってください!」
「ルハカ、落ち着け! お前の衝動はおそらく、この国の貴族たちを取り込んだものと同じだ!」
「嫌です! お兄さんが欲しいの! いっぱい欲しいの!」
短く逡巡したお兄さんが口を開く。
「……わかった、じゃあ勝負しよう」
「もうお兄さんの負けです!」
「ルハカ、こういう魔法を知ってるか?」
そう言って私の足元を指さすと、足元に真っ黒い穴が開く。
お兄さんの得意な詠唱省略だ。
私は飛び退き、穴には落ちずに済んだがすぐに蹴りかかる。
「
「オレはルハカを傷つけたくない。だけど、ルハカは賢いんだろ?」
お兄さんは私の蹴りを躱しながら次々と地面を指さす。
指し示された先は丸い光の輪が一瞬だけ輝く。
設置された落とし穴は踏み抜くまで発動しない。
「落ちた方が相手の言う事を聞くならどうだ? もちろん蹴倒してもいいぞ」
お兄さんは私と記憶力の勝負をしようというのだ!
魔術師には記憶力や頭の回転の速さは魔力以上に大事。
ルシアに教えて貰った。
最良の魔術を呼び出すにはその場その場での複雑な計算が必要!
「すごい! さすがお兄さんです! 無傷で! お兄さんを! 手に入れてみせます!」
お兄さんはどんどん『落とし穴』を増やしていく。そこら中に増やしていく。
お兄さんは私の蹴り込みを予測して『落とし穴』に誘導している。
でもそうはいかない、ちゃんと覚えているもの!
踏み込みと同時に後ろにくるっと回って蹴り上げるといつの間にかお兄さんが
お兄さんは
やがて辺りの地面の半分以上が落とし穴に変わっていく。
お兄さんは自分の足場さえ失っていく。そうなると有利なのは私だ。
一撃を躱しても躱す先が予想できる!
私は先を予測してどんどん追い詰める。
にもかかわらず、お兄さんは自ら足場を減らしていく。
そしてついに!――ついにお兄さんは穴のある場所へと踏み込み!!――。
――あ……れ?
お兄さんは『落とし穴』のあるはずの場所へ踏み込んだのに落ちない。
「えっ、なんで……?」
「どうした、掛かってこないのか? 来ないなら穴を増やすぞ」
「なんでなんで? そこには穴が……」
「
「えっ……」
お兄さんは既に私が記憶しているはずの場所をどんどん踏んでいく。
対して私にはもうほとんど足場が残っていない。
「えっ、えっ、えっ……」
距離を取られた私は踏み込もうとして『落とし穴』に落ちかけ慌てて避ける。
避けた場所でも少し動くだけで別の『落とし穴』が発動する。
お兄さんはそうしている間にも次々『落とし穴』を増やし、ついに私が記憶している足場が無くなっても『落とし穴』は増やされる。
「どうした? ルハカは賢いんだろう?」
「もおぉぉぉぉお! こんなのっ! こんなのっ!」
距離を取られた私は
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ほとんど会話の無かったネームドキャラ、ルハカの回でした。
魔術には主に
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