第24話 再び辺境へ

 解呪が成功しなかった私には辺境行きの命令が出た。そうなるのもある意味当然だろう。陛下とて大逆人とまで呼ばれたオーゼからの洗脳が明らかな私を手元に置くのは不安があると言うことだ。まあ、東の蛮族ヴォーゲルに売られるよりはいい。


 そして私にはオーゼの生死を確認し、捕らえると言う使命が架せられた。

 いい機会だった。彼とは一度、ちゃんと二人だけで話し合う必要があると考えていた。最初は私の激昂に因ってそんな機会は得られなかったし、二度目は体面とオーゼへの疑いで迷った私が愚かにも自ら機会を潰してしまった。


 ただ、その前に一度、ルシアとも話をするべきだとも考えていた。



  ◇◇◇◇◇



「それで? 勇者様は肩書を使ってまで私に約束を取り付けてどういうつもり? 割と忙しいんだけど?」


 ルシアは陛下への報告からしばらく、忙しそうにしていて会って貰えていなかった。仕方なく、肩書を使ってこうやって機会を作ってもらった。


「姉さんとは呼んでくれないんだね」


「当たり前でしょ。に……」

「に?」


「オ、オーゼとも縁を切ったあなたを身内だとは思わないわ!」


「……表向きはそうだったんだけど、まだ私はオーゼの恋人のつもりで居たの」

「あれだけブチ切れててよく言うわよ」


「そうね……自分でも愚かだったと思う」

「今更反省しても遅いのよ」


「うん、遅いと思う。でもそれに気付けたからちゃんと話をしに行く」

「本気で言ってんの? 捕らえに行くって聞いたけど?」


「うん、そうだけどその前にちゃんと話をしたいの」

「大した勇者様ね。叛意ありとでも報告したらどうなるかしら?」


「構わないわ。もう決めたもの」


 ルシアは難しい顔をしていた。今の彼女は心持ちから既にささくれ立っていて話し辛い。


「――ジルコワルのことだけど」

「何よ」


「あなた、ジルコワルと最近よく一緒だけど、彼、どういうつもりなのかしら」

「別に」


「少し前まではルシアはジルコワルを嫌っていたわよね、すごく」

「ロージフみたいなことを言わないでよ。何なの?」


「ロージフが何か言ったの?」

「むむ……」


 ルシアが言い淀んでいた。ロージフ――私の心情を読み当てた彼は人をよく見ている。あの荒っぽい青鋼ゴドカを統率できていたのにも納得がいく。そして何となく、オーゼとも似たところがある。そう思うと少しおかしかった。


「――何をニヤニヤしてんのよ」

「私は城を離れるし、ルシアが私の言葉なんて聞きたくないのもわかる。だけどロージフの言葉には耳を傾けてあげて。彼はたぶん、あなたの力になってくれると思うから」


 私はお茶を飲み終え――おいしかったわ――と声をかけてルシアの部屋を後にした。



  ◇◇◇◇◇



 私はリスリに後を任せて辺境へと発った。

 身の回りの世話をする侍女と、辺境行きを望んだウィカルデの恋人、アシスを供にしている。


「さすがに馬車は速いですね。同乗させていたき、感謝いたします」


 軍や我々戦士団の要職を乗せるワゴンは、宿場で馬を交換することで辺境までの五日の行程を二日半に短縮する。


「構わない。こちらも侍女を連れていく必要があったからな」

「は、はい、感謝いたしております」


 先ほどまでリラックスしてたように見えたアシスは急に畏まる。


「どうした? そう硬くならなくてもよい」

「いえ、その、ウィカルデもそうなのですが、団を率いると言うことはそれだけ責任があるということなのですね」


 以前、食事を共にした時と私の態度が異なることを言っているのだろう。


「ああ、そうか。そうだな。私もウィカルデも職務中はどうしてもこうなる」

「そうですか……」


 アシスはウィカルデと最近、あまりよくないと聞いていた。


「ただ……ウィカルデはお前とのことを想ってのこともあると思う。金緑オーシェは女だけというわけでもなく、軍と関わる場合も多い。男と接する機会の方がずっと多いのだ。距離を保つと言うことはつまり、お前とのことを大事にしているのだろう」

「そうですか、なるほど。――あ、もしかして勇者様もですか?」


「私は……」


 私は…………そうだ。私もそうだった。

 オーゼとの関係を大事にするためそうしていた。


 ただ、いつしかその関係に入り込んできた男が居た。甘い言葉と軽口でつい気を許してしまう。崇拝され、こちらも頼る必要があったとはいえ、必要以上の関係に踏み込んでしまった。


 ――なんだ…………オーゼが嫉妬するのも当たり前じゃないか。


「も、申し訳ございません、失言でした」

「いや、私もそうだったんだ……」


 そう言った私はアシスの顔を見られなくなり、外の景色に目をやる。


「その、失言ついでに昔の団長の話をしても宜しいでしょうか」

「ああ、構わんよ」


 私は外に目をやったまま答えた。

 目下の者に対する態度とは言え失礼にも程があったが、泣いてしまいそうだったから。


「団長はですね、態度にかけてはいつも自然体でした。ただ、気を引き締めるべきここぞと言うときにはハッキリ厳しく言ってくれました。男の団員にも女の団員にもです。あいや、女の団員にはむしろもっとぶっきらぼうだったでしょうか」


「――違ったのは妹のルシア様とそのご友人のルハカ様、そして勇者様でしたね。団長は、事あるごとにエリン様のために、エリン様のためにと申しておりました。あ、もちろん団長は様なんてつけてませんよ?」


「それは……いつ頃の話だ?」

「それはというと?」


「私の……名を出していたのは」

「ずっとですよ! 頻繁に口にし始めたのは最初の攻城戦が終わったころからだったかもしれませんが、勇者様が魔王との戦いに赴くときまでずっとです」


「そうか……」


 私は目頭が熱くなった。オーゼが私のためにいろいろ考えてくれていたのはうの昔にわかっていたことじゃないか。それを忘れてオーゼを責めるなんて。どうかしている。何としてもオーゼと話をしないと。


 その後もアシスはオーゼのことをたくさん話してくれた。私もいつしかクスクスと笑って聞いていた。短い馬車の旅は思ったよりも楽しい旅になりそうだった。



 ひとしきり彼が話し終えるころ、思い出したように聞いてみる。


「そういえばウィカルデとはどうなんだ?」


 ハッ――として固まるように言葉を止めるアシス。


「そ、それが……どうも彼女、最近私とは反りが合わなくなってしまったみたいで……まるで別人のようになってしまって……」

「どういうことだ?」


「いえ、その彼女を悪く言いたいわけでは無いのです」


 アシスは慌てて取り繕う。が――。


「いや、そうではない。私もウィカルデは最近おかしいと思っていたのだ」

「そうですよね! やけに金緑オーシェでの武勲を誇るようになって、私は軽く見られていると言うか、釣り合わないみたいなことを言われて……」


「ウィカルデはお前が物知りだと鼻に掛けていると言っていたぞ」

「ええ、すみません。そこは申し訳ないと思っています。彼女にああ言われてつい、苛々して……」


「むしろ小胆な男だと聞いていたのだが?」

「はあ、そうなんですが……最近どうも自分でも制御できなくて。団長にも白銀ソワールには謙虚さと冷静さが大事だと聞かされていたのですが」


 自分が制御できないほどの怒りに囚われる感覚はわかる。

 愚かなことに、彼以上の暴言を吐いた私は取り返しのつかないことをした。


「……私もそうだったよ。だから自分を戒め、喩え遅くとも正そうと思った」

「わかりました。私も勇者様に倣います」


 そう言ってアシスは居住まいを正した。

 アシスとウィカルデが元通りになることを祈った。







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 伏兵アシスが再登場です!

 ルシアの口撃にも比較的落ち着いた様子のエリンでしたが、アシスの無自覚攻撃には涙腺が崩壊寸前です。辺境に送られるエリンもそれほど強いわけではありません。この先、エリンがどういう選択肢を取っていくか、ぜひ見守ってやってください。


 次回の主人公はあの人です!


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