第22話 解呪

 ウィカルデ率いる金緑オーシェを辺境に残し、五日をかけて我々は再び王都へと戻ってきた。ルシアはあの後、私とは会ってくれようともしない。ルハカは赤銅バーレを去ったという。あのルハカを行動に移させるほど、ルシアの行動は衝撃的だったと言うことだ。


 今でも信じられない。あのルシアが愛する兄、オーゼに火球を放ったのだ。彼女の言葉をそのまま捉えるなら、ミルーシャというオーゼの女に気持ちを寄せていたように思う。それだけ、オーゼに裏切られたと言う思いが強かったということだろう。


 そしてオーゼ。

 私には直前までオーゼに対する激しい怒りと悲しみが渦巻いていた。彼が憎かったわけではない、ただ、裏切られたことへの強い感情だけがあった。私の純潔を奪っただけでなく、洗脳し、そしてさらに別の女を洗脳して手元へ置いたそのことに怒り、悲しんでいた。だがそれも、焼かれて倒れた彼を見た瞬間、悲鳴と共に吹き飛んでしまった。


 そんなことを望んだのではない……。

 ただ、謝って欲しかっただけなのに……。


 オーゼはあのミルーシャという女と共に消えた。



  ◇◇◇◇◇



 陛下への報告とともに、私には後日、神殿での解呪の儀式が施されることとなった。呪いカースの類は使役者にしか解く方法がわからない。そのため、儀式を用いて解呪するしかないということだった。


 ジルコワルの言説は陛下を始め、国の重鎮たちにその言葉のままに受け入れられていた。つまりはオーゼが実際にミルーシャという女性の記憶や感情を操ったということ。また、ミルーシャは神職に連なる加護を得ているという可能性も示されていた。


 オーゼについては死んだ可能性もあるが、旧魔王領を捜索すると言う方向で話が進められていた。彼については皆が死を望んでいた。どうしてそこまで冷酷になれるのかわからない。彼はこの国を救ったのに……。願わくば、あのミルーシャという女性がオーゼを救ってくれていることを望んだ。



 そして報告の場にはルシアが顔を出していた。


「ルシア・ルトレックよ、其方はオーゼ・ルトレックの妹にも拘わらず、あの大逆人に一太刀を浴びせた。聖戦士殿、そして軍部からの提言の下、其方には褒章と褒美を取らせる」


 ――いったい何故そのような話になるのか、私には全く理解が追い付かなかった。オーゼはそれほどまでの罪を犯したと言うのだろうか。ルシアの傍にはジルコワルが居た。あれだけジルコワルを拒んでいたルシアだったのに。そして扱いの面倒だったグレムデンもルシアの扱いに納得しているようだった。


「光栄に存じます、国王陛下」

「陛下はまた、次期ハイセン領の領主としても其方に期待しておられる」


「陛下のご期待に応えられますよう励みます」


 褒章を得て喜びを隠せないルシア。以前までの彼女は褒章や領主としての地位なんかには興味は無かったはずだ。取り繕っているにしてはおかしい。オーゼとのことで混乱している? 彼女のことが理解できなかった。



「ルシア! あの……」


 報告ののち、どうしても気になった私はルシアに声を掛けようとする。が、何と声をかけていいかわからない。


「御用でしょうか、勇者様?」


 ルシアは冷たい表情でと私を呼んだ。


「ルシア、ごめんなさい……」


 あの審問の場での最後の彼女の言葉、あれは私を責める言葉だった。


「はぁ? 何を謝ってるかわからないんですけど?」

「オーゼのこと……あんなことになってしまって。ルシアも辛いでしょう」


 私は確かに聞いた。ルシアは火球を放ったあと、オーゼに謝っていた。


「兄は……それだけの罪を犯したんです。――いえ、あのような卑劣者、兄などではありません」

「ルシア……そんなこと言わないで……」


「兄……いえ、オーゼは女性を洗脳して都合のいいように従わせてるような人間です。勇者様だって身をもって知っておられるでしょう?」

「ルシア……」


「まあ、どちらにしろ勇者様はお暇そうですから、さっさと隣国にでも嫁いで子でも産めば宜しいでしょう。私が代わってあげますから」


「ルシア、あまり調子に乗るな」


 かつての彼女からは想像もできないような言葉を放ったルシアは、ジルコワルに窘められながら去っていった。



  ◇◇◇◇◇



 三日後、私は夜が明ける前からリスリに手伝ってもらい、神殿で身を清める。

 勇者の加護を得て以来の神殿の泉を訪れていた。


 ここに神殿が建てられる前、戦女神ヴィーリヤは丘の上の洞窟に泉を湧かせたと言う。神殿の、特に神の座のある間に詰める者の多くはここで身を清める。戦女神ヴィーリヤの場合は巫女と侍女たちだ。そして勇者の加護を受け、力を顕現させたのもこの泉だった。


 泉は四年前と変わらず、輝きを放っていた。


「私のようなものがこの泉に触れてよいのでしょうか」

「女神様は領民を決して見放すようなことはございませんよ」


 神殿の侍女たちも加護を失ったことを知っているが、優しくそう言ってくれた。

 神殿の侍女が私の体を清めてくれる。


「これは?」


 彼女が胸元の赤い結晶を見て、問いかけてきた。


「これがおそらく呪いの根源かと思われます」

「……そうでしょうか? 私には悪いもののようには見えませんが」


「えっ?」

「ほら、泉の水にも影響を受けておりませんし、水の祝福も薄れてはおりません。悪意を持った物には見えません」


「わかるのですか?」

「ええ、女神様の加護を頂いております我々には、祝福された泉の水は輝いて見えますもの」


 胸の結晶に触れた泉の水は輝きを失っていなかった。


「輝きですか? 泉が輝いて見えるのは加護があるからなのですか?」

「ええ、エリン様が成人してここを訪れたとき、輝いて見えたでしょう?」


「い、今も輝いて見えるのです……」

「であればエリン様の加護は失われてなどおりませんよ。おそらく、エリン様には架せられた試練があるのでしょう」


 その言葉にいつの間にか私はぽろぽろと涙を零していた。

 女神さまは私を見捨ててなどいなかった。

 それだけで救われる思いだった。


 私はその侍女にこのことを内密にと頼み、神殿で解呪の儀式を受けた。

 当たり前のようにその儀式は上手く行くことはなかった。



  ◇◇◇◇◇



「エリン、残念だ」


 そう言ってきたのは儀式の後、私の執務室を訪れたジルコワル。

 彼には思うところあったが、城の中での味方が少ない私には彼を頼る以外なかった。


「良いのです、仕方がありません」

「だが、オーゼの洗脳を解かねば……壊せないのか、それは」


 魔法の道具ならば身から離す事で力を失うと聞かせられた。

 胸元に張り付いているこれは、おそらく、引き剝がせなくもないものなのかもしれない。ただ、矛盾しているようだが私はオーゼへの愛情を失ってしまうことが怖かった。それに神殿の侍女が悪いものでは無いと言っていた。それも信じてみたかった。


「これを壊すことで他に影響が出ることが怖いのです」

「そうか……」


 そう言うとジルコワルは部屋を去っていった。彼はこの頃、あまり私の部屋に長居することは無くなった。



「よろしいのですか?」

「どういうことですか、リスリ?」


「ジルコワル様は最近、ルシア様のお部屋へ頻繁に出入りしていると伺っております」

「ルシアのところへ? どうして……」


「あまり申し上げたくは無いのですが、ルシア様に懸想しておられるのでは?」

「それは……構いませんが、オーゼはあまり喜ばないでしょうね」


 リスリはあっけにとられた顔をしていた……けれど、私にジルコワルへの想いはない。

 先日のベッドでもよくわかった。彼に番いとしての魅力を感じていない自分がいたから。







--

 戦女神ヴィーリヤに促され、エリンを縛る呪いが今、解かれます。


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