10 未来世界のモノノケガールズ③

 一つ目の少女が持つその棍棒の名は―――オリハルコン。

 あらゆる形状に変形可能な万能金属であり、周囲の素材を取り込み、化合物にすることも可能(オリハルコン自体が万能なのであまり意味ないが)。キャンプでとても役に立つ便利アイテムであるが、それ以上にイーの持つ二重特性を伝える媒介物質でもある。


「あー、鬱陶しいですわ!」


 鋼の硬度で宿泊客を次々と張り倒すが、客たちは倒れるとすぐに起き上がる。どうやら痛覚もシャットダウンしているらしい。このままでも負けることはないが―――、


「はっ、まさか!?」

「逃げると思いましたか? 舐めるなよ、


 ムジナがイーの懐に飛び込んでいた。オリハルコンは宿泊客の仮面を打ち砕いたばかりで宙に舞ったまま。いくらイーが出鱈目であっても世界の法則は超えられない。


「死中に活あり」


 舞を舞うように、あるいフィギュアスケーターがターンするように小さな身体が翻るとやはり小さな手が伸びる。そして、掌がイーの腹部に触れた途端、音もなくイーは膝から崩れ落ちた。


「…………わたくしに何を」

「直接干渉ができるのは自分だけだと思わないことです」


 イーの返事はなく、代わりにムジナの顔があった場所に風切り音を残した。


「やれやれ、まだ動けますか、あなたは。普通のニンゲンなら脳が焼き切れておかしくない量の記憶を流し込んだのですよ」

「うぅ、気持ち悪いですわ……」


 稲妻のような掌底が白い少女の腹を掠め、鈍器が轟音をたてて幼女の頭部を刈り取ろうとする。その度に周囲の仮想空間にヒビが入り、鏡面世界ミラーワールドが破壊されていく。


「体調が悪いなら救護室へご案内させていただきますが」

「本当に五月蠅くて鬱陶しい。木偶人形はおもちゃ箱に引っ込んでろ、ですわ」

「生憎こちらは奪われた記憶データは取り戻せないし、単純バカのトロール女に施設は壊される。人体冷凍保存クライオニクス成功者の記憶ぐらいはもらわないと採算が合わないのです」

「ニアお姉さまを愛し殺していいのはわたくしだけ。お姉さまは誰にも渡さない。だって、お姉さまが愛し殺していいのは私だけですもの」

「発情期は外でやれ、三大欲求しかないニンゲンもどきが!」

「すまし顔で覗き見するだけが残念なボッチ女!」

「醤油の味しかしない大豆の塊!」

「お湯が温すぎですわ!」

「アホ女!」

「のっぺら顔!」


 だんだんと言動が子供じみてきているが、それぞれが相手を殺すつもりの一撃を叩き込みあっている。どちらが勝ったとしてもニアにとってはロクなことにならないのは確実だ…………。


「さて、逃げるか」


 さりとて天上には煌々と光る月。

 天空の彼方から伸びる視線から逃れられるとも思えない。

 ならば、共倒れを狙うか―――。

 生体パーツのリミッターを外しかけたとき、ふと何かがニアの頭の奥を掠めた。

 それは微かに抱き、積み積もった違和感、

 あるいは心の空隙に潜む暗闇。


「―――共倒れ?」


 顔無しの郷での一連の出来事はイーとムジナに仕組まれていたことだった。しかし、本当にそれだけなのか? まだ何か…………。

 ニアはハッとするとイーとムジナを見た。二人のバケモノは戦い続け、その結末は未だつきかねていたが、両者が消耗しきっているのは間違いない。


「イー! ムジナ! ストップよ、ストップ!」


 力の限り叫ぶ。

 ―――。


「えっ? お姉さま?」

「あっ、急に止まらないでください!」


 急制動をかけたイーの持つ角棒は大理石のタイルにめり込み、拳を向ける対象を失ったムジナもまた止まり切れずプールの水面に盛大な水飛沫を上げた。


「お姉さま、どうされたのですか? 今、まさにニアお姉さまを巡る壮絶な聖戦が佳境を迎えていたのに―――」

「イー、うるさい、黙って」

「ですわ…………」


 MR眼鏡のメニューを開く。宙を切る指が震えている。そんなことはせずとも音声入力をすればわかることなのだが、確かめずにはいられない。

 やはり権限は全て返還されている。

 いや―――。


「ゲホゲホ。急に止めるなんてどういうことですか、ニア様」

「ムジナ、私のMR恋人ラバーを制限していた?」


 プールから顔を出したムジナは心底奇妙な顔をしていた。


「何を言っているのですか? どうしてこの私が?」


 思わずため息が漏れる。

 勘違いや妄想であって欲しかった。


「AKI、いるんでしょ?」

「はいはーい、いるしー♪ ニアっち、いつの間にかモテモテじゃーん☆ 齢100歳オーバーにしてモテ期来ているんじゃね?」


 ガングロにルーズソックス、着崩したセーラー服にストラップが馬の尾のようにジャラジャラついた低速の携帯電話。頭は空っぽで楽しいことだけを本能的に追及するシンプルすぎる思考、あと下ネタ大好きの恋愛脳。

 それが未来世界で唯一無二のニアの友達。


「あんたが全ての黒幕ね」


 今夜、ニアは本当に独りぼっちになる。


「…………へえ、ニアっちのくせにやるじゃん。ちょーウケるんですけど」


 AKIと呼称されたAIは笑う。

 その笑顔はこの世の悪意全てが詰め込まれたように邪悪なものだった。

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