10 未来世界のモノノケガールズ①
10 未来世界のモノノケガールズ
「こんなにも、世界は美しいですわ」
虹色の瞳を持つ少女は月面に降り立つようにふんわりと着地するとにっこりと微笑んだ。そして、おもむろに黒い角棒のような何かを横に振ると鮮血が前衛アートをアスファルトに描く。
「……そうだね、世界は美しいよ」
屋上からではわからなかったが、仮面の残骸がブレるのを見た。まるで昔の古ぼけたテレビのように輪郭が二重三重になると、顔に被っていたもう一つの仮面が歪み、やがて、何事もなかったように消え果てる。そして、残骸はもう動かない。
「…………バケモノめ」
ムジナが吐き捨てた声が水の揺れる音に重なる。
「お姉さま? どうしてそいつと一緒にプールに入っていらっしゃるのですか?」
「ニア様はお前がバケモノすぎてドン引きですよ。恋人の契約は解除しましたから、さっさと
まさかと思い、ステータスウインドウを開くと確かにイーとの恋人設定が消えている。
「なっ……何してくれやがるの、この幼女め!?」
「えっ? あなたが消してくれと言ったんじゃないですか? そもそもあなたはそのためにこの郷には来たのでしょう? MR
その言葉には何一つ嘘がない。
そして、ニアとムジナは温水プールの中で手を握り締めあうどころか、半身を抱き合っている。ムジナの身長が低くてプールに足がつかないためだが、客観的には懇ろな関係にしか見えない。
「ニア様はこれから私とよろしくやるのです。わかったらさっさと出ていってくれませんか? アラートがうるさくて耳障りなのです」
恋人設定が解除された場合、互いの許可なく半径10メートル以内には近づくことはできない。裁判所に申請していないので法的根拠はないが、先ほどから警告音と警告表示がうるさく鳴り続けている。
「…………お姉さま、嘘ですよね?」
「えっ……?」
「だって、
イーはニッコリと笑うと角棒のような何かを真一文字に薙ぎ払った。
「へっ?」
目に見えない風を頬に感じて手を触れると生温かいものがぺちゃり掌についた。
「ニア様は
そう言うムジナの髪もハサミで切られたかのようにバッサリ切断されている。その握り締める手が細かく震え、水面もそれにつられて揺られている。
「お姉さま、いつかのお約束を果たしにきましたわ」
角棒のような何かが音もなく変化するとひどく長いものに変わっていく。先端はバール状で水中のいるニアの服を掴み取ると恐ろしく強い力で引っ張られる。
「花嫁としてお迎えに参りましたわ!」
「イー、あんた!?
「さあ、ご一緒にお豆腐を毎日食べられる理想郷を作りましょう!」
「ニア様、眼鏡を外してください! あなたは完全な
「もう! 遅いですわーっ!」
まるで月に吸い寄せられるように身体が水面から浮いた。
信じられない。
これが物理的な力ではなく、自分だけの力だとは。生体パーツは誤った感覚情報を受け取っているばかりか、イーの干渉によって強制的に動かされている。ムジナの細い腕が必死に抑えようとするが、リミッターが外れている状態では逆に一緒に引き釣り出されるだけであった。
「うふふ、大漁ですわー♪ もっとも雑魚まで釣れてしまいましたが」
プールから強制的に出されたニアとムジナはビーチベッドや椅子を倒しながら止まった。その際、無意識に保護本能が働いたのか、ムジナを抱きしめていた。
「あ、ありがとうございます」
「う、うん……どういたしまして…………」
潤んだ幼女の瞳がニアの下腹部を刺激する。吊り橋効果に内側視索前野が支配されかけたとき、氷よりも冷たい声が神経伝達物質の流れを断ち切った。
「…………お姉さまー?」
全身を血まみれにしたイーが笑っている。
恍惚とした表情で手に握った角棒めいた何かを愛おしそうに触った。
「愛してます」
ああ、これはもう―――。
「イー」
「はい、ニアお姉さま」
「
そのときイーは笑った。
凄惨な笑顔というものニアは初めて見たし、笑顔に圧力を感じることも初めてだった。全身がビリビリと震え、視覚は今にも焼き切れそう。
まるで―――太陽を直視しているかのようだ。
「はい! そうですわ! いっぱいいっぱい
テストやお手伝いを頑張ったみたいな、あどけない口調。
「…………なんで?」
ニアの問いにイーはコクリと小首を傾げる。
「どうして……ですか? そんなの決まっているじゃありませんか。お姉さまを
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