7 貉③

「??? どういうこと?」


 そうか。いくらニアの頭が鈍くてもそこまで言われればわかる。ニアのような”例外”を除けば、未来人は生体型MRを装着している。いくら小さいとは生体型MRも機械。当然CPUや記憶装置が必要になる。そして、それらは補助脳として身体の何処かに埋め込まれている。


「なるほど…………だから、ムジナは宿泊客全員の頭の中を調べると言ったわけね…………」


 とはいっても、解決はむしろ遠のいたといっていい。なにせ宿泊客全員が容疑者であり、証拠でもあるのだから。


「お姉さま、それならお話は簡単ですわ! 時山修一郎が『顔無しの郷』で接触、あるいは近づいた宿泊客の頭を片っ端からカチ割って調べればいいですわ! では、さっそくムジナのやつに監視カメラのデータを提供させましょう!」


 そう言って走り出そうとしたのでニアは慌てて止めた。


「待て待て! その方法だと最初に頭をカチ割られるのは私でしょうが!」

「大丈夫ですわ! お姉さまは生体型MRを持っていませんので対象外ですわ!」


 ニッコリと笑う笑顔がとても怖い。もしニアが生体型MRを装着できていれば、躊躇なく叩き割るような言い方がすごく怖い。


「いやいや、猟奇的な発言はしない! 怖いから! それにそうと決まったわけじゃない、ええとー、そうだ、頭の中に内部ストレージがあるのなら別に人間でなくてもいいでしょ。伝書鳩とか鼠とか犬とか猫とか―――」


 自分で言ったにも関わらず、想像するとグロすぎて気持ち悪くなった。しかし、イーの方はピンとこないらしく可愛らしく小首を傾げている。


「お姉さま、伝書鳩って何ですか?」

「あー、そこね。昔、メールも電話もない時代に手紙を鳩の足に括り付けて運んでいたのよ」

「お姉さまが生きていた頃は鳩を使ってらしたんですか?」

「失礼ね! 使わないわよ! スマホ全盛期よ!」


 とはいえ、確かに山本似愛の時代でも伝書鳩は趣味の領域ホビーであった。天狗が烏を使うのはアリそうだが、未来の遺伝子操作された天狗がそんな過去の遺物を今更使うとも思えない。それに未来世界に生き返って驚いたことの一つだが、未来世界ではほとんどペットを飼わない。飼うのは仮想空間上の電子ペットだけで、本物のペットは動物愛護の視点から厳しく規制されている。鼠はともかく犬や猫というのはなさそうだ。


「お姉さま、その方法はやはり厳しいですわ。その伝書鳩というものはわかりませんが、動物を完全にコントロールするには電波制御が必要なのではないでしょうか? それであればデータの送受信が検知できますわ」

「うーん」


 あえて口には出さなかったが、仮に動物を使った方法であれば既に山中に入っており、追跡するのはまず不可能である。この方法を時山が採用していないことを祈るしかない。

 結局、部屋の隅から隅まで調べてみたが、ヒントとなるものは何一つ見つからなかった。むしろ部屋を使った痕跡すらない。どうやら時山は部屋では待機するのみでそのまま祭具殿に向かったようだ。


「やっぱりダメか…………」


 残る選択肢は祭具殿と時山が乗車していた車のみ。後者はともかく、前者に何か残っているとは思えない。死体同様、顔無したちによって徹底的に調べられているだろう。


「…………何か、ヒントになるようなものは…………」


 時山との会話を思い出す。

 何か見落としているところはないか…………。


「ねえ、お姉さま」

「ごめん。今、集中しているの。少し黙って―――」


「わたくしたち、本当はどこかで会っていますよね?」


「…………えっ?」

 

 顔を上げるとイーが見つめていた。

 温度を感じさせない、月光にかかる虹を思わせる瞳。


「どうして?」


 反射的にそう答えるとイーはうーんと首を傾げた。


「何といえばいいのでしょう…………お姉さまをもっとずっと前から知っているような気がするのです。ハッ!? もしかしてわたくしたちは運命の糸に結ばれているんじゃないでしょうか!?」


 どさくさに紛れて手を握るイーのすっとぼけた顔を見て、肩の力が抜けてしまった。よかった、いつものイーだ。てっきり消去した記憶のことを勘付かれたのかと思った。


「はあ……あんたねー、そんなことを言っている場合じゃないでしょ? 私たち大ピンチなのよ! 日付が変わるまでにメモリを見つけ出さないと―――」

「ふふ、お姉さまは呑気ですわねえ」

「えっ―――?」


 イーは何がおかしいのか、くすくすと鈴を転がすように笑っている。


「ニアお姉さまは本当に人がいいのですね。でも、そこがとても愛らしいのですけど。アイツが約束を守ると本気で思っていらっしゃるのですか?」

「それは―――」


 何も答えられない。そして、同時にムジナに一杯食わされたことに気づく。

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