第47話 見張りも楽しくなってきた。

黒服に注意され、そそくさとその場から離れる。黒服はガラスケースを紋章の入ったハンカチーフで鞘の入ったガラスケースを拭いている。仕事増やしてサーセン。レポーターが店内を見回しながら呆れた顔で言った。


「朝からギャンブル、これってどうなんでしょうね」


キョロキョロしながら適当に声をかけやすそうな人物に近づいていく


「自分、これで家を建てるので」


「きゃー素敵」


「私は北の国の出身なのですが、もしも南の国が侵略してきても勇者さんは何もしてくれないでしょう、だから今のうちに経営ノウハウを学んでおきたいのです」


「いやーなかなか暗証番号がそろいません、今日は結構カジノ銀行さんに預金してしまいましたよ」


「馬鹿たれぇ、手数料がかかっとるのじゃ、お前の預金残高はゼロじゃ」


「ここだけの話、私には{すたんど能力ゴーイングじゃぐらー}があるのです。ご披露しましょう。第一の能力!MAXベットを叩く!第二の能力!レバー音と同時にガコッ!第三の能力!一回り4.1秒の怒涛ラッシュ!うぉぉおおお!ジャンジャンバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!!」


「バリバリバリバリバリバリバリバリバリ!!」


「バ!リューー!!ババババ!!!!」


ドヤァとリポーターに向かって満面の笑顔を向ける


「お客様、台を叩くのはやめてください」


「あ・・すいません」


黒服が注意すると皆、修学旅行のバスの中でリア充グループから回ってくるカラオケマイクをさらりと受け流す普通学生のごとく、紳士的な態度になる。意外とハンマーで備品をぶっ壊したりする輩はいない


サティアンはポーカーテーブルの席に着き、匿ちゃんは勇者の真向かいのスロットマシンの台にいる


勇者は背筋をピンと伸ばしスロットマシンにコインを飲ませていた。打ち始めてからはかなり時間が経っていた。もう20000枚くらいは損している。しかしそれでも姿勢は崩れていなかった。他の客たちはイライラしたり悲鳴を上げたり、ひどいのになると台を叩いたりしている。そんな中、勇者は何という態度の好さだろうか。模範的態度とでもいおうか、勇者の周囲の空気は一種の清涼感すら感じさせた。きっとはらわたは煮えくり返っているだろうに


「おい勇者!」


若者がズカズカと勇者に詰め寄る


「なんだい・・・?」


勇者は落ち着いた様子で顔を若者の方へと向ける。温度差がものすごい、対照的だ


「お前さぁさっきから全然当たってねぇし、いつまでそれ続ける気だよ」


ふぅと勇者は溜息をついた


「さっきも言ったと思うけど、質問されても困るんだよ、答える気はない」


うーんと唸りながら手を組み頭の上に伸ばす。そして一瞬だけ時計を見る


・・・何かしながら時計を見るのは退屈している心理を表していると聞いたことがある。この状況でそんなことよくできるな


「そろそろ頃合いか」


勇者はぼそりと呟くと席を立った


「おい、どこ行く」


すたすたと出口に向かって歩き出す


「おい勝負しろよ」


若者が立ちふさがる


「なんだ勇者のやつ、ボロ負けじゃん」


他の客からもブーが垂れる


「勇者さん!あんたこれからどうするつもりだよ?」


「そうだそうだ、てかあんたが来店するっていうから勝てるかと思ってきたのに全然だわ」


カウンターの上をみると『勇者様、ご来店!』の文字あった。今朝のチラシとは違うデザインだ。


「Im’love in it!」




突然、勇者の怒号が店内に響き渡る




ゾワ・・・ゾワ・・・




「人は皆、役人であれ、商売人であれ、金を獲るために出来うる限りのリソースを費やしている。言い換えれば、命を小出しに賭けている。そんな中でも、どうしても社会に機能せず、暇を持て余し、余剰人員として生きざる得ない者たちがいるのだ。今のお前たちがまさにそれだ。考えても見ろプロという存在を。皆がせっせとあくせく働く中、朝から行列に並び店に通い、まともな人間関係も築かず、なじみの店員には愛想笑い、大して仲良くもない顔見知りには適度な距離感を保つため社交辞令的会釈を欠かさず、いつも同じような服を着て、辛うじて自我を保って勝負しているのだ。これはもう、愛している、というほかにない!それに引き換えお前たちは何だ?必死に攻略本を読んで勉強したわけでもない、やったことといえば広告主のどこかのおじさんが、どこかのフリーランスのデザイナーに作らせたチラシに惹かれ、踊らされてただ勇者が来るという、もしかしたら何かしらのおこぼれにあずかれるかも?という希望的観測に身を委ねただけ、それも自覚もなしにだ」


ゾワ・・・ゾワ・・・


「さあわかったら目を覚ませ!そして来たるべき魔王軍との戦いに備えるのだ!」


そして勇者は少し頬を赤らめ


「・・・しかし、時には息抜きも必要だろう、そんなときはここに来るがいい、しっかり働いてしっかり遊ぶのだ」


そういうと勇者は去った。そして店内は静まり返った。


俺はこういう場面が見れたとき、この仕事をしていて良かったと思う(ふふっ勇者のやつ!また適当ぶっこいて逃げやがった!)

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