コバルトブルー
Folder
第1話 虚空
____虚無。
一言で表すなら、私は世界をそう表現する。
生きる意味など何もないが、
生憎苦痛を恐れる本能が死を忌避する。
面倒臭い。どうでもいい。やりたくない。
どうかこれ以上面倒なタスクが増えませんように。
祈りながら紫煙を燻らせる。
権力に酔い、パワハラ・いじめをする大人のような
知能指数の低い人間は残念なことに
一定の割合で生まれてしまう。
そんな人間にエネルギーを割くだけ時間の無駄だ。
テレビをつけてみる。今人気のバラエティ番組。
…つまらない。
オチが読めるようなテレビで笑えないのは歳なのか。
「愛されるより愛することの方が幸せなんだよ」誰かが言っていた。
誰からも愛されないことより、
誰のことも愛せないことの方が不幸なのかもしれない…。
色々なことを悟ってしまい、先読みし、遠くから達観するより、
全身を突き動かされる何かで心が満たされていたい。
何かを、愛したい。______
「お疲れ様、近藤さぁん。」
同僚の田口アカリ。
茶髪ゆるふわ巻きの今風女子だ。
いつもは「サトちゃん」と呼んでくるのに
唐突に苗字で読んで来る所も彼女らしい。
彼女は誰にでも話しかけるので
友達のいない私にもお構いなしに話しかけに来る。
「お、お疲れ様です…」
「ねー聞いて下さいよー。
彼がプロポーズしてくれたんですけど、
指輪もらえるかな〜って思ってたら
『金がもったいない』なんて言われてさ!」
「そうですか…」
「サプライズもナシなんて酷くないですか?
女の子はやっぱり指輪が欲しいし、
男の人からリードされたい生き物だから、
私女として価値ないのかなってちょっと凹んじゃったよ〜」
「うーんなるほどね…」
「彼、金遣いが荒くて、女癖も悪いから、注意すると
『いい大人にもなって駄々をこねるな』って怒鳴られるの。
女の子っていつまでも可愛く思われたい生き物じゃん?
彼を支えられる従順な奥さんにならなきゃ見捨てられちゃいそうだなぁ」
彼女はいつも語尾を伸ばし、幼児のような話し方をする。
幼く、無知で、男に従順な女性に自らなろうとするなんて変わった趣味だ。
彼女は明るく親切でいい人なのに、
どうして男に気に入られようと必死に媚び諂うのか。
…そういう女性にはあまり魅力を感じない。
____ようやっと涼しくなりだした秋。
外へ出る。コバルトブルーの空に浮かぶ白い月を眺めていると
ふと、ある女性を思い出した。
「空を見るのが好き。同じ時間に誰かが空を見ていたら
一人じゃない気がするから。」
という彼女の言葉が印象に残っている。
彼女とはSNSで知り合った。
自分のことを何もツイートしていない
フォロワーの殆どいない私のアカウントを
なぜかフォローして来たので少し気になっていた。
彼女の年齢は26歳。会社員で、
毎日自分で撮影した空の写真を投稿していた。
そして時折、ナイフのように尖った皮肉めいた独り言を呟く。
まるで何かを達観しているような、
周囲の人間を見下しているかのような発言。
それが何を意味するかはよく分からないが、
捉え方によっては少々、痛いと言われても仕方がないように見える。
アイコンも、文章も、同年代の女性と違った雰囲気で、
でもどう違うのかが上手く説明出来ない。
…それ以上の情報はこれといってない。
どのクラスタに所属する人なのかもいまいちよく分からない。
共通点は年齢と職業くらい。
なのに、「彼女も今この月を見ているのかなぁ」
なんて考えている自分がいた。
「自己肯定感が大事」なんて言うが、
どれだけ自分に自信があったって
空を見るのが一人では何の意味もない。
自分一人の為に頑張れなくとも誰かを幸せにする為なら頑張れる。
…それが人間じゃないのか?
人によって見える景色は違うけど、
同じ景色を見つめられる存在がいたら、きっと人生は豊かであろう。
____素早く刃を入れる度に滲む赤。
以前より痩せた脚に何度も刻み込む。
たまに私は痛みで体の感覚を麻痺させようとすることがある。
今日は早めに仕事が終わった日だった。
気が済むまで切った後は、一服する。
これが私の日課だ。
「今までありがとう。さようなら」
一言メモに書き、外へ出る。ペットは飼っていない。
子供の時、ペットが死んで悲しかったから。
子供は、勿論いない。恋人もいない。
友人もいない。両親には少し迷惑をかけてしまうけど仕方ないね。
いい人生だったとは言えないが、
悪い思い出ばかりでもない、そんな人生だった。
山へ向かう途中で通りかかった大きな木の下に並ぶとても小さな墓石。
「樹木葬」をやっている墓地だった。
そこには自由なメッセージを刻む事が出来るらしい。
これまでのお墓のイメージといえば
不気味で堅苦しい雰囲気だが、この墓地は違った。
「我が人生に悔いなし!」
「みんな〜来てくれてありがとう!」
「絆」「家族の愛は永遠に」などの
ポジティブなワードが刻まれており、なんだか幸せそうに見えた。
お年寄りは案外、死を受け入れている人が多い。
私が死を恐れるのは、まだやりたい事を成し遂げていない若さ故の
〝生命力〟そのものなのではないか?
死を恐ろしいだけのものだと思っていたが、
その墓石はその人なりのやり方で人生を全うした
勲章のようで、素直に素敵だと感じた。
私が成し遂げたいことってなんだろう。
…そう考えると、急に自分の中から何かが込み上げて来た。
…どうせ死ぬなら、最期に自分の本当に好きな人と…。
生きることへの意味や執着、「生」を実感したい。
私…生きたい…!
急いで家に帰って、あのフォロワーさんにDMを送った。
気になっていたあの人に。
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