温泉だ

 樋詰城跡から勝本に寄って、


「この辺一帯から元軍は上陸したのよね」


 ここから上陸した理由は、やはり水先案内の高麗人が良く知ってる港だっからだろうな。博多に行く時も当時はここで泊まってから行ってた気がする。この港を知ってると言うことは守護代屋敷も知っていて攻め込んだんだろう。


「遊覧船はパスや」

「今日は時間がないものね」


 壱岐に着いたのが十一時だものね。そうなると後は宿に向かう事になるのだけど、また民宿とかビジホなの。


「なに言ってるのよ。壱岐に来て泊まるところなんて決まってるじゃない」


 別に決まってないと思うけど、


「名湯、湯の本温泉を知らないの!」


 初めて聞いた。勝本から田舎道を走って行くと街が見えてきた。それにしても壱岐は山が低いしなだらかだな。この辺は市街地として良いと思うけど、


「亀岩やのうて猿岩の方に行くで」


 突き当たって右だな。あっ、湯の本温泉って出てるじゃない、右側に見えてるのは海の駅湯がっぱだって。角を曲がると温泉街かと思ったら住宅街だ。壱岐にあるような温泉だから、民宿に毛の生えたような温泉旅館だろうな。


「おっとここや」


 どこどこ。左に入るのか。入ったは良いけどここにバイクを停めるの。


「そやなかったら宿に行かれへんやん」


 坂と言うよりスロープの下の和風の建物が宿なのか。なんか良さそうじゃない。格子戸を開くと玄関で中も綺麗だし目が眩みそうな高級感が、


「そこまでは言い過ぎやろ」


 昨日までとの落差がどうしてもね。


「宿坊だって立派だったじゃない」


 そりゃそうだけど、ちゃんとした旅館なんだよ。部屋に案内されたけど、まごうこと無き高級旅館だ。それもまだ新しいな。ここは温泉旅館だから、


「もち温泉よ。ここはね、なんと源泉かけながしなんだよ」


 かけ流しって、温泉ならどこでもそうじゃない。


「違うよ。ほとんどの温泉は循環濾過式とか、お風呂に入れる時に加熱したりするの。でもここは、湧いてきたお湯を湯船に直接流し込んでるのよ」


 女湯は神功の湯ってなってるけど、伝説では神功皇后が三韓征伐に出かけた時に立ち寄って、応神天皇の産湯に使ったとなってるけど、


「細かいことはエエやん」

「そうよそうよ、どこで産んだかなんてわかるはずもないんだから」


 そりゃそうだけど、むちゃくちゃ古いよな。檜風呂だと思うけど、赤茶けた湯だな。


「いかにも温泉って感じじゃない」

「有馬温泉の金の湯もこんな感じだったでしょ」


 神戸に住んでいても金の湯なんか入った事ないよ。浴室から外に出れるみたいだけど、これは露天風呂だ。たっぷり温泉を満喫したんだけど、ここは浴衣を選べるサービスもあるんだよ。


「コトリは赤や」

「わたしは黄色よ」


 アリスは青にさせられたけど、なにか意味があるのかと聞いたけど、


「見たらわかるやろ」

「信号よ♪」


 あのねぇ。食事はお食事処だけど、立派な一枚板のテーブルだ、手書きのお品書きがあって、


「壱岐で呑むなら」

「もちろん麦焼酎」


 麦焼酎なんてどこでも作ってると思ったけど、なんと壱岐は麦焼酎発祥の地だって。壱岐はね、長崎で二番目に広い耕地面積があるそうなんだけど、江戸時代は重い年貢で米を持ってかれちゃったんだって。


 そこで残された麦と米麹を合わせて作られたの壱岐の麦焼酎の原型だそうで、米のほのかな甘みと麦の香ばしさが特徴だとか。言われても良くわかんないけど、


「へぇ、無一物って言うんか」

「それにしようよ、一升瓶でお願い」


 どうしてそんなオーダーがあっさり通るのよ。アリスはやっぱりお湯割り。イカとか、タイとか、ウニとか、サザエとか、オウギ貝とか、


「アワビのステーキもいけるな」


 これぞ海の幸の洪水だ。でもこういう宿は高いよね。


「なに言ってるのよ。ちょっとやそっとで来れる温泉じゃないのよ。素晴らしい温泉にはそれに相応しい宿に泊まらないと意味ないじゃない」


 そうだった。コトリさんは歴史オタクだけど、


「オタクやない歴女と呼べ」


 ユッキーさんは温泉小娘だった。でもさぁ、こういう宿ってツーリングにどうなの。


「合うてるやんか」

「満足はね、主観なの。自分が合うと思えば合ってるし、満足すればそれで十分なの」


 力業過ぎるよ。


「そう言うな。もっともツーリングに絶対合わへん宿もある」


 たとえば、


「帝国ホテル」


 うん合う気がしない。それ以前に行ったことないけどね。たしか東京にあるんだよね。

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