休業に対するささやかな代償
私はとあるイタリアンレストランのオーナーシェフだった。
あの夜までは。
新型コロナウイルスの流行していたある日の夜、うちの店で大勢の若者たちが飲んで騒いだせいで、大規模な集団感染を発生させてしまったのだ。
私は何度もマスク着用を促したのだが、彼らの中には上得意様や店の出資者の子息もいたのであまり強くは言えなかった。
いろいろなことが重なり、その後まもなく私は店を畳んだ。
*****
それから半年が経過した。
いま私は、あの夜の若者たち全員の素性を調べ上げて、一人ひとり殺している。
毎回スタンガンで動きを奪った後で縛り上げ、使われていない冷凍倉庫に運んでから包丁で刺して失血死させる。何の心も痛まない、簡単な話だった。
唯一申し訳ない感情が湧いたのは、私からこんな役割しか与えられなくなった愛用の包丁に対してだけだった。
もう今日は最後の一人だ。最後の犠牲者がわめく。
「なぜだ?なぜそんなにヤケクソになってるんだ!?コロナ騒ぎであの店が閉まっただけだろう?アンタほどの腕があれば店ぐらいラクショーで再建できるはずだ!カネか!?カネなら俺の親父が出す!そうだよ、なんなら前より大きな店にしてやろうじゃないか、なあ!……なぁ?」
「大変残念だが……」
私は横にした包丁を相手の脇腹にずぶりと差し込む。
「……実は私もあの夜に家族ともども感染してね。まだ赤ん坊だった息子は死んでしまった。妻も後を追った。そして……私は後遺症で永久に味覚を失った。私にはもう料理は作れない」
奴の目が虚空に泳いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます