第8話 私の書いた小説

 歩が転校してきてから一週間。

 昔の友達って事で私も注目を浴びたけど、それは一過性のもの。歩なら新しい友達なんてすぐできるだろうし、もうあまり話すこともない。

 って、思っていたんだけど。


「莉奈ー、理科室の場所ってどこだー? 来たばかりで分からなくてさー」


「頼む、数学教えてくれ。ここ、前の学校より授業進んでて、小テストヤバいかもしれねーんだ。莉奈、算数得意だったよな」


「なあ、スマホの番号交換教えてくれないか。え、スマホ持ってない? なら家電の番号でいいや」


 ……という感じで、歩は事ある毎に私に声を掛けてきているの。


 男の子の友達もいるのにどうしてって思ったけど、歩いわく、私が一番話しやすいんだって。

 一緒にいると目立っちゃう気がしてくすぐったいけど、悪い気はしない。

 なんだかんだで私もやっぱり、歩とは仲良くしたいなーって思ってたから。


 と言うわけで、歩とは上手くやれているんだけど、それはそれとして一つ不可解なことが。


「神谷さん、前に勧めてくれた小説読んだよ。感想語りたいんだけど、いいかな?」


「今日はたくさんの文庫本の発売日だね。神谷さんも、一緒に本屋行かない。もしかしたら、掘り出し物が見つかるかもしれないよ」


「前に言ってた『ハチミツ色の日々』、読んでみたんだけど、可愛かったね。ハマるのも納得なんだけどね。だよ」


 ……てな感じで。どういうわけか渥美くんも、よく話しかけてくるんだよね。

 渥美くんも本が好きだから、語りたいのかな。

 私は喋るの苦手だから、話しててつまらなくなってないか心配だけど。本の話が出来るのは素直に嬉しいかな。


 とまあ、本の話ならまあ良かったんだけど。


「神谷さん。こんな事聞いていいのか分からないけど。佐々木とは、その……付き合っているの?」


 朝のホームルーム前の、まだ人が少ない教室。隣の席に座る渥美くんから小声で歩との事を聞かれて、ボンッて頭が爆発しそうになる。


 な、ななな、何を言っているの!? 歩とはただの友達だよ、とーもーだーち!


 慌てて説明すると、ホッとしたように顔をほころばせる。


「良かった。ごめんね、変なこと聞いて。あまり仲が良さそうだからつい。あ、僕がコレ聞いたこと、皆には黙っててくれるかな」


 人差し指を口に当てて、ナイショのポーズを取る。

 その様子が様になっていて、ドキッとしちゃった。


「佐々木は違うって分かったけど、他に好きな人はいないの?」

「まさか、そんなのいるわけないよ。私にとって恋愛は、するものじゃなくて読むものなんだから!」


 ブンブンと首を横にふる。まさか渥美くんとこんな話をするなんて。

 渥美くんとは最近、朝お話しすることが多い。話しの内容は、ほとんどが好きな本の話だけど、今回のこれは恋バナになるのかな。

 恋バナなんて女子ともしたことないのに、男子とするだなんて思わなかったよ。


 少し前までこの時間は、本を読んで過ごしていたのに。

 この短期間で、色んな事が変わった気がするや。

 なんて事を考えていたけど。渥美くんは不意に、ハッと気づいたように言ってくる。


「ひょっとして僕、読書の邪魔しちゃってる? 話し掛けない方がいいかな?」

「う、ううん。私も、小説の話するの楽しいよ。けど、相手が私じゃ、渥美くんはつまらなくない? 本が好きな子なら、探せば他にもいると思うけど」

「何言ってるの。僕は神谷さんと話したいんだよ。神谷さんとは、話が合うと言うか、共感できると言うか。喋ってて楽しいもの」


 可愛い笑顔を向けられて、またドキッとする。

 そんなこと言われると戸惑っちゃう。けど、嬉しいなあ。


「そういえばさ。前に佐々木が言ってたけど、神谷さんって小説を書いてるんだよね?」

「え、えーと。ま、まあ。で、でも書いてると言っても全然で、小説って言うより、作文みたいなものだよ。それに、つまらないって言われたし……」


 思い出されるのは、小学生のころの悪夢。

 クラスの男子に書きかけの小説を取り上げられて、変だのつまらないだの、さんざん言われたなあ。


 だけど当時の事を思い出して縮こまっていると、渥美くんが怪訝な顔をする。


「つまらないって、誰が言ったの?」

「えっと……小学校の頃の、同級生の男の子だけど。教室で書きかけのやつを取られちゃって、それで……」

「書きかけじゃあ、まだ本当の面白さなんてわからないよ。だいたい取られたって。そいつ、小説を読む人なの?」

「たぶん、違うと思う。小学校の頃の同級生なんだけど、本読んでるとろこなんて見た事ないし」

「ならそんな奴の言うことなんて、真に受けることないよ。大方内容なんてろくに読んでなくて、からかうために言っただけなんじゃないの?」


 まあ、そうかもしれないけど。

 あの時意地悪してきた男子は、取り返そうとする私を避けながら読んでいて、あれでちゃんと読めたとは思えないものね。


「たぶん神谷さん可愛いから、ちょっかい出したかっただけなんじゃないかな」

「可愛いっ!? そ、それはないと思うけど」


 赤面しながら、慌てて返事をする。

 きっと元気付けるために言ってくれただけなんだろうけど、不意討ちの可愛いは心臓に悪いよ。

 けど社交辞令だってわかっていても、嬉しいや。


「そういえばネタ帳を持ち歩いてるって言ってたけど、今も持ってるの?」

「うん……あ、でもコレはいくら渥美くんでも見せられないよ。とてもお見せできるような内容じゃないから」


 言いながら、そのネタ帳が入っている制服の胸ポケットを押さえる。

 アイディアが浮かんだ時や面白そうなネタが見つかった時すぐに書けるよう、肌見放さず持ち歩いているんだけど、思いついた端から書いているから、私以外の人が見てもきっと何が何だか分からない。

 渥美くんは少し残念そうな顔をしたけど、すぐに気を取り直したように口を開く。


「分かった。けどいつか完成した小説は、読んでみたいな。それと、もう一つ聞いてもいい?」

「何?」

「神谷さんって、小説の賞に応募したことある? 例えばこの前読んでた、春風文庫の小説賞とか。たしかあそこ、小学生限定で募集してる賞もあったと思うけど」

「──んんっ!?」


 一瞬、「どうして分かったの」って言いかけたけど、慌てて飲み込む。

 実は一度だけ書き上げた小説を賞に応募したことがあるのだけど、それが今言った春風文庫の賞なの。


 どうしてバレてるんだろう? 賞に応募した事は誰にも話していないはずなのに。

 いや待って。本当にバレているのかな? 前に春風文庫を読んでいたから、たまたま言ったのが偶然当たっていた可能性だってあるよね。


 頭をフル回転させて考えをまとめたけど、急に黙ってしまったことを不思議に思ったのか、渥美くんは首をかしげる。


「どうしたの? 僕、変なこと聞いたかな?」

「ち、ちがうよ。あの、質問の答えだけど、賞に応募したことはあるよ。けど、受賞はおろか、第一選考も通らなかったの。やっぱり私じゃ、まだまだだったみたい」

「そう……なんだ。けどそれでも、応募したってことは話を一つ完成させられたってことでしょ。それだけでも、凄いことだよ。それにね、賞を取るのが全てじゃないから。賞は取れなくてももしかしたらどこかに、神谷さんの小説を読んで面白いって思ってる人がいるかもしれないじゃない。そしたらそれは、立派な小説って言えるんじゃないかな」


 ネガティブな気持ちになりそうな中向けられた、まるで頭を撫でられたような気持ちにさせてくれる、柔らかな笑顔。

 ふふふ、おかげで元気が出てきたよ。

 やっぱり、渥美くんって優しいや。

 

「ねえ、もう一つ聞いていいかな? ひょっとして、神谷さんが賞に出した小説って……」


 え、なに? 最後の方がゴニョゴニョしてて、よく聞き取れない。

 だけどよく話を聞こうと、身を乗り出そうとしたその時。


「おはよー莉奈ー、渥美ー」


 わっ、歩!?

 元気の良い声で挨拶をしてきたのは、登校してきた歩だった。


「なあ、二人で何話してたんだ? 俺もまぜてくれよ」

「うん、いいよ。小説の話をしてたんだけど……そういえば渥美くん、最後何聞こうとしてたの?」

「えーと……いや、やっぱりいいや」


 何だかばつが悪そうに、目を反らされる。

 まあ、渥美くんがそう言うなら良いか。


 それからは歩も加えて、3人で話に花を咲かせたけど。

 女子からは密かに王子様と云われている渥美くんと、今やイケメン転校生として他のクラスや学年にも知られている有名人の歩。

 この女子人気ツートップの二人と私ごときが話をするというのは、どれほど身の程知らずで、どれだけの敵を作る行為か。

 もっとよく、考えておくべきだった。

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