悪魔
魔王軍が一部分だけではあるものの残っているということと、ストラスが悪魔であるということが明らかになると、思わぬ厄介ごとの元になりかねない。魔王軍はこの世界では絶対悪なのだから、問答無用で殲滅すべしと主張する人も少なくはないだろうし、それに関わった俺たちも無事で済むとは思えない。
「ヴィオラには後で色々説明するから、とりあえず魔王軍とストラスのことは秘密にしておいてくれないかな?」
「もちろんよ。他ならぬデレクの頼みですからね」
「ジャスティナも、他のメイドたちにも言わないでくれるかな?」
「はい。……えっと、代わりと言ってはなんですけど、デレク様の第1の
「あー、もういいから」
「うふふふ」
再び空をふわふわ飛んで馬車まで戻ると、エメルではなく、ノイシャが馬車の番をしていた。
「あ、デレク様。お帰りなさい」
時刻は昼を少し過ぎたくらい。リズにエメルを連れてきてもらって、馬車組はヴラドナへ戻って昼食をとることになった。俺達は泉邸へ。
まずは、ストラスの衣装を何とかしないと。
「体型的に同じくらいなのは……」
「ズィーヴァじゃないかしら。彼女の服を借りたらいいわ」とクラリス。
「え? 誰の話をしてるの?」とリズ。
ズィーヴァに私服を1セット持ってきてもらって、詠唱。
「シェルター。“ストラス”を
ストラスが現れる。
「あら。ここがデレク様のお屋敷ですか?」
「うん。とりあえずどういう立場でここにいることにしようかなあ?」
リズが珍しく焦った感じで俺を問い詰める。
「ちょっと、デレク! 誰よ、これ。ほぼ裸だし」
俺とクラリス以外には、ストラスのしゃべっている内容は伝わっていない。クラリスがリズに事の経緯を説明してくれる。
「つまりね、四天王のひとり、ベリアルがまだあの遺跡にいて、その連絡係ということで派遣されて来たというわけ」
「魔物?」
「悪魔らしいよ」
「うは。悪魔! 初めて見たよ」
「あたしも生まれてから300年経ちましたけど、天使を見るのは今日が初めてです」
「ごめん。何言ってるかわからないんだけど」
俺が即席の通訳をする羽目になる。
「ストラスは人間の言葉は理解できるの?」
そう問うと、ストラスは指にはめた緑色の指輪を見せる。
「これで翻訳できるので、聞くのだけは大丈夫です」
なるほど。人間語→天使語の指輪か。
裸同然なのも困るので、とりあえず着替えてもらう。
「うーん。これはデレクが誘惑されそうだなあ」とリズ。
「はい。私、サキュバスなのでむしろお仕事です」
何だって?
隣でクラリスが吹き出している。
「いやあ、ベリアルも食えない奴だねえ」
「え?」リズには理解できていない。
ストラスにも口止めをしておかないと。
「連絡係という役目を円滑に遂行するためにも、ストラスの正体は隠しておく必要があると思うんだ」
「そうですね、同意します」
「そこで、さっき遺跡にいたメンバーに加えて、ここにいるリズ、それから後で紹介するけど俺の婚約者のセーラ以外には正体を明かすような言動はしないで欲しい」
「分かりました」
クラリスがわざわざ天使(悪魔)の言葉でストラスに聞いている。
「サキュバスって、人間の男と情事をするんだよね?」
「そうらしいですけど、あたしはずっとあそこにいましたから、人間と交わったことはありません」
「ほう。……もし人間と情事をしたら、子供とかできるのかい?」
「天使と同じで、子供はできないらしいですよ」
「へえ……。あそこの部屋にいた他の女性もサキュバス?」
「いえ、全員がサキュバスというわけではありません」
「あなたが選ばれたのは、ベリアルに信頼されてるということなのかしら?」
「私としてはベリアル様の命令に従うだけです」
ふむ。
クラリス、俺に向かって言う。
「ストラスと意思疎通ができるのがあたしとデレクだけだと、ストラスは多分四六時中ずっとデレクのそばにいることになるよね」
「うーん。そうなりますかねえ」
「それって、絶対何か間違いが起きるわよね」
「絶対と断言されるのもちょっとアレですけど、確かにそうかもしれません」
「この指輪って何かの魔法かしら? 魔石を解析したり複製したりできない?」
「あ、そっか。複製できたら意思疎通ができる人間を増やせますね。あとでやってみます」
「デレク、お昼ご飯にしようよ」とリズ。
「そうだな。……ストラスは食事はどうしてるの?」
「普通に食べますよ」
「へえ。……じゃあ、とりあえず一緒に食べてみようか」
と言うわけで、食堂に連れて行って一緒に昼食である。
ずっと寒い所にいたので、暖かい食堂に入っていつものイスに座ると一挙に緊張が解けた感じがする。
「あー。寒かったなあ」
ゾーイがコーヒーを持ってやって来る。
「あら、デレク様。そちらの方は?」
「名前はストラスといって……えっと……」
うーん。何て説明したらいいのかね、これ。考えてなかったぞ。
俺がちょっと
「魔法についてとても詳しい方がおられて、その方の助手なんですよ。ただ、異国の方なので、聖王国の言葉は聞いて理解できますが、話すのはできません」
「へえ……。言葉が違う遠い国の方ですか。……あれ? デレク様はラボラスの討伐に行かれたんではなかったですか」
「う、うん。ラボラスは首尾よく確保できてね、ヴィオラが使い魔として使役できるようになったんだ」
「それはすごいですねえ。ちょっと見てみたい気もしますが」
「えっとねえ、犬に翼が付いているって感じ。だから、見た目は忠実な番犬だね」
「へえ」
それ以上追求することなく、ゾーイは厨房に戻って行った。
今日の昼食はリズのリクエストでパスタである。
「ストラスはパスタは……」
「いえ、初めて見ました。なんですかこれ?」
「まあ、食べてみたら……」
初めてパスタを食べる子供のような感じでフォークを使うストラス。ぎこちなくてなんか可愛い。
「うっ」
ひとくち食べて、全身が硬直したように固まっているストラス。
「どうした?」
「これ……」
「うん」
「うまいですね。これはうまい!」
「あ、それは良かった」
そのあとは、エスファーデンから来た人みたいに無言で食べる食べる。
ジャスティナからイヤーカフに連絡がある。
「あのー。宿に戻ったらヴラドナの町長さんって方がおられて、ラボラス退治はどうなりましたか、と言うもんですから、ヴィオラが、ほら、この通り使い魔になりましたので、もう峠は安心ですってラボラスを出して見せたらですね……」
「あ、なんとなくわかった」
「ええ。もう町中大騒ぎです」
「それは大変だなあ」
「もうね、昨日もかなりでしたけど、今日はもう昼間から大々的に祝宴を開くって」
ラボラスの被害自体はそんなに大したことはなかったはずだが、峠に魔獣が出るってのはやっぱり風評被害的なものが大きかったのかなあ。あるいは、田舎はよっぽど他に楽しいことがないのか。美人の騎士と一緒に酒が飲みたいだけなのか。
「ヴィオラにがんばれ、って伝えておいてよ」
「はいはい」
それにしてもエメルはずっとニールスにいたわけで、疲れてないかな? 本人はゾルトブールの旅行には絶対に行くって言うだろうけど、少しは休ませないといけないだろうなあ。
昼食を食べながらストラスに色々聞いてみる。
「ストラスは、馬に乗ったり、馬車を操ったりできる?」
「いえ、全然」
ありゃりゃ。
「ベリアルのそばにいて、仕事は何をしてたのかな?」
「基本的にはメイドの仕事ですね。掃除、洗濯、食事の用意。あとは侵入者があれば排除します」
うーん。こともなげに言うが、300年間、掃除、洗濯、食事の準備は嫌だなあ。
「戦闘は得意ってこと?」
「そうですね、ナイフを使った接近戦と、毒針の攻撃も得意です」
何それ、こわい。
ちょっとステータスを確認。
ストラス ♀ ? 正常
Level=4.5 [闇* 火* 水* 土* 風*]
特殊スキル: 念話
うわ。魔法は光以外はなんでもありか。でも、4.5ということは、魔法を際限なく使えるということではないってことか。年齢はリズと同じく不詳。
「ちょっと念話を試してみるね」
「はい」
「ホットライン、ストラス」
すると、俺とちょっと違う視点から食堂の風景が見える。
脳内で会話。
「こちらの話は通じてるかな?」
「はい。早速ですが、今夜しますか? しますよね? しましょう」
「いきなり何言ってるんだ。とりあえず不要ですけど」
「では数日中に」
ホットラインをキャンセル。
危険だ。……あ、でもジャスティナと同じレベルだと思えば大丈夫かな。
食事を終えてコーヒーを飲んでいると、クラリスが食堂の入り口で「ちょっとちょっと」と俺を手招きしているのに気づく。
クラリスは周囲に気を配りながら、俺だけに聞こえるように小声で言う。
「あのね、デレク」
「はい」
「ベリアルは人間を殺戮する気はない、なんて言ってたけど、信じちゃダメよ」
「え? そうですか」
「そりゃそうよ。相手は悪魔なのよ」
「はー。確かにそうですねえ」
「デレク、人のことを信じやすいから気をつけなきゃ」
「反省します。忠告、有難うございます」
ふと、ペールトゥームの山肌に林立する無名戦士の墓を思い出した。あそこに眠る兵士たちを殺したのが、他ならぬ魔王軍なのだ。それを忘れてはいけないな。
「とりあえず、ストラスの前では魔王軍のリセットに協力的という態度でいる必要があるけれど、魔王軍を復活させようとか、遺跡の外に出ようとかいう動きに繋がるような話になったら慎重に行動する必要があるわね」
「本当ですね。その時は相談させて下さい」
「いいわよ。慎重にね。それから……」
「はい?」
「夜のお誘いには乗らない方がいいと思うわ。骨抜きにされちゃうかもよ」
「……。そうですね」
「あら? 返事が一瞬遅れたわよね」
「や、やだなあ。はははは」
「これは早くセーラと結婚した方がいいわねえ。っていうか、早くしちゃいなさいよ」
「……はい」
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