翻訳の指輪

 昼食も済んだところで、書斎に俺、ストラス、クラリス、リズというメンバーで集まって色々聞いてみる。

 リズだけがストラスの話す言葉が分からないので、俺が逐一説明することになる。


 まず、リズから質問。

「ストラスは歳を取らないの?」

「ルプヴァン」 → 俺が通訳「そうですね」

「それって何だかずるいなあ」

「ドズィ ミッカ クウィヤ」 → 「悪魔ですから」

「300年も生きてて退屈しないの?」

「ナフック リケニーゥ ヘキリリ バ」 → 「そういう感覚は分かりません」


「やっぱり翻訳の指輪が要るよ、デレク」

「そうだなあ」


 ちょっと待てよ?

「連絡係は、四六時中俺と一緒にいないとダメ?」

「いえ。デレク様が他の方とされているように、何らかの連絡手段があれば問題ないと思います」

「そっか。じゃあ、後でイヤーカフを1つ作ろう」

 ちょっと安心。ゾルトブールへの旅行中もずっと一緒でないといけないかと思ったよ。

 そもそも、ベリアルからこっちに何か緊急の連絡が入るってことはなさそうだよな。


「魔王がどういう理由で出現したのか、知ってる?」

「あたしたち悪魔が召喚された時、魔王陛下は既にそこにおられたので、出現の理由は分かりません」

「へえ」

 魔王陛下、か。

「魔王にも名前があるんじゃないの?」

「魔王陛下の名はズメイであるとお聞きしましたが、『真名』は他にあって、これは四天王クラスしか知らない秘密のようです」

 真名? クラリスは知っているかな?

「『真名』って何でしょうか? 固有IDのこと?」

「分からないわねえ」

 しかし、ズメイという名前も初めて聞いた。


「魔王は女性だよね? 子供がいたんじゃない?」

「確かに女性ですが、お子様はおられません」

 あれ?


 その他にも色々会話はしたものの、ストラスは基本的にあの遺跡にずっといてベリアルの世話をしていただけなので、魔王軍がどういう指揮系統だったのかとか、戦況の変化はどうだったのかとか、我々が知りたいような情報は知らないらしい。

 でもまあ、悪魔だし、知っててもこちらに情報を与えないようにしているという可能性もあるけどね。


「連絡係の仕事以外には、何をして過ごすのかな?」

「夜のお相手以外、特に予定はありません」

 そこから離れようよ。

「その、夜の相手ってのはベリアルの命令?」

「いえ、そうではありませんが、あたしはそもそもそういう存在らしいので、これは自らの存在意義を確認してみるまたとないチャンスではないかと考えています」

「なーるほどお」

 うっかり納得してしまうチョロい俺。クラリスがこっちをチラッと見る。おっと。


「何もしないでいるのも、ちょっとアレだし……。翻訳の指輪が複製できたら、時々は屋敷のメイドの仕事をしてみたらいいんじゃないかなあ。どう?」

「はい。いいですよ」

 ただ、言葉が通じないと仕事にならない。指輪をなんとかしないと。


 服がズィーヴァからの借り物しかないのも困るので、クラリス、ナタリーに頼んでストラスと買い物に出てもらうことにした。

「とりあえず日用品とか私服をいくつか。あとは気になるものがあったらそれなりに買ってもいいかな。それと、街の中で魔法とか使っちゃダメ」

「はいはい」

 人間の街を出歩くのは初めてということで、少なからず興奮しているようだ。


「ナタリーも、旅行に必要なものなんかがあれば遠慮なく買っておいでよ」

「有り難うございます」


 その間、俺はリズと魔法システム管理室へ。指輪の複製をしてみようというわけである。指から外して明るい場所で見ると、ダイヤモンドのような輝きを放つ薄い緑色の宝石に、見事な細工で穴を開けて指輪に加工してある。


「へえ。綺麗な石ねえ」

「かなり質のいいガーネットみたいだな」

「ガーネット? ガーネットって赤い宝石じゃなかったっけ?」

「いや、こういう緑色のものもある。ちょっと高価だと思うけど」


 まず、いつものように魔石のコピーを試みてみる。……できない。

「あれ? コピーできないんだけど」

「魔石の情報を、コンピュータから調べた方がいいんじゃない?」


 そこで、コンピュータからアプリを起動して調べてみる。

「あ。……どうやらわかった」

「なになに」

「これ、格納されている情報量がめちゃくちゃ多い」

 多分、翻訳に必要な文法だのボキャブラリーだのが多いんではないだろうか。あるいはAIの機能も内蔵しているかもしれない。

「ほう。つまりどういうこと?」

「コピーしようとした先の魔石に記録できる容量が足りなくて、全部の情報が書き込めないんだ」


「たくさんの情報を書き込もうと思ったら、このレベルの、つまりは質のいい宝石じゃないと無理なの?」

「そうらしい。あるいは大きな魔石を使うか、かな? だけど、どのくらいの大きさなら十分なのかは実際にやってみないと分からないなあ」

「どうする?」


 うーむ。困った時の「ミノス宝飾組合」だな。


 泉邸に戻って、ノイシャを呼ぶ。この前もミノスにはノイシャと行ったからね。

「何度も悪いね。ミノスに一緒に行かないか?」

「あ。はいはい。お待ち下さい」


 外出用の洒落たコートを着たノイシャと一緒にミノスへ。

「えっと。ミノス宝飾組合はここだっけ?」

 場所を思い浮かべて転移したにも関わらず、なんとなく迷う。例によってノイシャは必要以上に俺に密着している。

 宝飾組合の建物に入ると、この前の白いヒゲのおじさんが、すでに建物と一体化してるのではないかと錯覚するくらい、前回と全く同じ姿勢で座っている。


「あのー。前回もお世話になりましたが、今回はこんな宝飾品をですね……」

 そう言って指輪を渡す。


 おじさん、指輪を受け取ってしげしげと見ている。

「うーんと、これは最高クラスのガーネットだね。しかも細工が凄いなあ」

「今回、細工はともかく、同じような宝石を入手したいんですけど」

「なるほど。でもこのクラスだと結構値が張るよ」


 とりあえず、どのくらいの石だったら魔石として翻訳の指輪をコピーできるかを調べるのが目的なので、宝石の卸元で直売もしているという店を紹介してもらう。


 道を歩きながらノイシャと話す。

「言葉を翻訳する魔法に、特別な魔石が必要らしいんだ」

「今日連れてきた、あの女性の?」

「そうそう。ストラスなんだけど、彼女の話す言葉が分からないと困るだろ?」

「へえ。……あの人、見ているだけでなんか本能にビシビシと来ますね」

「何が『来る』って?」

「うーん。あたしは女ですけど、押し倒して屈服させたい、みたいな?」

「屈服、ねえ? 屈服させて、それからどうする?」

「うーんと、どうしたらいいんだろう? 何か切ないですね」


 ふむ。女性に対してもそんな感覚を呼び起こすとは、さすがサキュバスと言うべきなのか。……そうか、切ない、か。


 直売店で、赤い普通のガーネットを大、中、小と購入。それからちょっと値段は高めだが、緑色のガーネットを、これも3種類購入。コピーするのに大きめの石が必要だったら、指輪じゃなくてネックレスか何かにするという方法もあるだろう。


 泉邸に戻り、リズと再び指輪のコピーに挑戦。

「さて、まずは中くらいの大きさの赤いガーネットだ」

 コピーを試すものの、失敗。

「あれ? まだダメか。じゃあ、大きいサイズで」

 コピーを試す。


「あ。成功したみたいだ。じゃあこれで、魔法プログラムのイソシオニアン記法の部分をコンピュータに読み上げさせて、理解できればいいわけだ」

「なるほどね」


 コンピュータがコメントを読み上げる。

「ノナヴリンプ シオガゥアバ ピオッククスュジンウ」


「あれ? 理解できないなあ」


 指輪をはめて、同じことをしてみる。


 コンピュータがコメントを読み上げる。

「飛行魔法の使用上の注意」


 今度は理解できる。


「どうも、コピーはできてるけど機能してないね」

「え? それってどういうこと?」


 試しに、緑色のガーネットにもコピーを試みる。緑色の石の場合、中くらいのサイズでもコピーができる。緑色の方が同じ大きさでも記録できる情報が多いらしい。

 ただ、コピーはできているはずだが、翻訳の機能が動作しない。

 リズにも同じことをやってもらうが、オリジナルの指輪は翻訳の機能が働くが、コピーした魔石は機能しない。


「これは不可解」


 困った時はヒナに聞いてみるか。

「はい、ヒナ・ミクラス、チャットGTZです」

「魔石の内容をそっくりコピーしたのに機能しない場合、原因として何が考えられるかな?」

「禁則事項です」

「はあ?」


「あれ? おかしいね、これ」とリズも訝しむ。

「ザ・システムとして隠しておきたいようなことなんだろうか?」


 だとすると、プロテクション(保護)に関すること? 質問を変えてみるか。


「魔石に保存された内容を保護する方法には何がある?」

「基本的にはパーミッションの設定と内容の暗号化です」

 まあ、そりゃそうだろう。


「情報を暗号化して魔石に書き込むにはどうするのかな?」

「暗号化の標準的なツールは WizzS3 または HLpac です」

 アルゴリズムの説明だけしてもらってもなあ。


 小一時間調べたものの、糸口は見つからず。


「そろそろ夕食かあ」

「コピーが作れないと、デレクしか会話ができないから困るねえ」

「しかし、今日は朝から色々あって、もう疲れたな」


 食堂に出て来ると、今日はちゃんとしたメイド服のシアラが給仕をしてくれる。


「あの、昨日は色々言ってすいませんでした」

「いや、そもそも変なことを最初に言った俺が悪いんだから気にしないでいいよ」

 シアラ、明るい笑顔で言う。

「これからしっかりやって行きたいと思いますので、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね」

 いったん厨房に戻る間際にこちらを振り向いて、シアラがもう一言。

「あの。このメイド服、可愛いですね」

「あ。えっと、うん。似合ってるよ」


 ストラスとクラリス、そしてナタリーがやって来た。

 ストラスは新しい服を着ている。よくある普通のスカートにブラウスなのだが、何だろうな。見ているだけで……そうだな、『切ない』かもしれない。独特なフェロモンでも出しているのか?


 ストラスとクラリスは天使語で会話をしているものの、ナタリーは内容がさっぱり分からずに困惑した様子。

「デレク、指輪は複製できたの?」とクラリス。

「それがですね、何かコピー防止の仕掛けがしてあって、複製できないんですよ」

「あれま。……っていうことは、しばらくはあたしかデレクが一緒にいないと意思疎通ができなくて困るってことかしら」

「どうしましょうか」

「とりあえず、夜はあたしと一緒の部屋で寝てもらうようにしましょう」


 リズが言う。

「あたしがデレクと一緒に寝るよ」

「えっと……」

「あ、それがいいわ、そうしなさい」

「……はあ」

「ね?」

「はい」

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