ラボラスを探しに行こうよ
アデリタに見ていてもらいつつ、シャロンと書類の処理をせっせと進める。頑張った甲斐があって、急ぎだという書類は片付けることができた。
気がつけば、時刻はすっかり夕方である。
「アデリタはクロチルド館にいるんだよね?」
「はい。お屋敷の仕事をすることに決まりましたら、こちらにご厄介になっても構いませんか?」
「いいよ。ズィーヴァやカリーナもいるから問題ないよね?」
「はい。よろしくお願いします」
アデリタは廊下あたりでズィーヴァ、カリーナとしばらく楽しそうに喋ってから帰っていった。
さて、ヴィオラにラボラス討伐の提案をする前に、ちょっとした疑問点を解消しておきたいな。アギラに聞いてみよう。
「ホットライン、アギラ」
アギラと脳内会話である。
「あら。デレクじゃない。最近はダンジョンには来ないのかしら?」
「こっちはこっちで色々忙しくてねえ。ダンジョンに行く暇はしばらくないな」
「それは残念だなあ。またダンジョンに来たら『試練』に挑戦してよ。こってり、ねっちょり大歓迎するわよ」
「なんだその『ねっちょり』ってのは」
「ダンジョンによっては『触手』の罠があるのよ」
「え?」
触手。
「それは初耳だけど、触手ってなんとなく、そのー。……男がハマったらどんな感じなのかなあ?」
「もちろん男だろうが女だろうが、罠にハマったら身体中至る所を触手でネチョネチョされちゃうわけよ」
「ふむ」
「あ、興味がありそうね」
「でも、その罠にハマった時は、試練に失敗した時だよね?」
「そうとも言う。ホムンクルスの苗床にされちゃうわけよ」
「え?」
「嘘だってば」
「ちょっと待ってよ? 敗北した冒険者が『苗床』にされる、という現象がこの世界のダンジョンには存在しないのだとしたら、この前からアギラが時々言及する『苗床』がどうこうという話の情報源はどこなんだ?」
「あら。そう言われるとそうね。……何であたしそんな話を知ってるのかしら?」
「誰かの記憶が残ってる?」
「……そうなのかしら?」
「で、『苗床』にされるわけじゃないとしたら、ネチョネチョする目的は何?」
「何かしら。あたしも詳しくないけど、無理矢理に生殖行為的なことをして相手をいじめる……、屈辱を与える、的な? あたしたちとしては単に仕事なんだけどね」
「……最近、ウルドもそんな方向に興味を持ってるみたいだな」
あ、そんなエロ怪しい話を聞くために呼び出したんじゃなかったよ。
「えっと、ラボラスについて聞きたいんだけど」
「風系統の魔法士が使い魔にできる魔獣ね」
「親の魔法士が死亡していて、ラボラスだけがウロウロしてるって状況はどうしたら発生するんだろう?」
「そうね、魔法士がラボラスを召喚して、帰還させる前に死んでしまったという時よね」
「ふーむ。ということは戦闘でもあったのかな?」
「単なる事故かもしれないわよ」
その可能性もあるな。絶壁から滑落したり、うっかり川に流されたり。
「で、そのラボラスを見つけて、戦闘して屈服させたら自分が親になれるの?」
「そうね。新しい親になれるわ」
「今、そのラボラスは腹が減っているのか、人を襲って食料を奪ったりしてるらしいんだけど、親になったら食料の面倒も見ないといけないのかな?」
「召喚している間に餌をやるのは勝手だけど、帰還している間は餌の心配はしなくていいはずよ」
「え? 召喚されていない間、ラボラスはどこにいるんだ?」
「えーと、あたしもよく知らないけど、ダンジョンによくある異空間みたいなのがあって、そこでのんびり暮らしてる、って聞いたことがあるわよ」
「何それ。ラボラス天国?」
「かもね。それとも、単に檻に入れられて、『定期保守』が餌をやってるのかもしれないわね」
その2つの間の落差は激しいけど、とりあえず、餌の心配はないってことだな。
「召喚される魔獣にはフェニックスやケルベロスもいたと思うんだけど、そういう魔獣もそれぞれにケルベロス天国、みたいなのがあるのかな?」
「さあ……。そもそもケルベロスを使い魔にした人はこれまでにいないから」
ラボラスには失礼だが、ケルベロスなら使い魔にしてみたいかも。……使い所がわからんけど、敵は確実にビビってくれそうだ。
疑問点が解消されたところで、俺はニールスにいるジャスティナに連絡。ラボラスを討伐するというよりは、ヴィオラが従えて使い魔にするのはどうか、と提案。
「ヴィオラの考えを聞いてみてくれるかな?」
「はいはい」
ちょっとしてから返答がある。
「よく分からないので、今日は夕飯にカレーが食べたい、だそうです」
「え? あー、はいはい」
まずはニールスに転移。
「……デレクぅ」
ヴィオラは、俺に抱きついてきて胸に顔を埋める。これって最早お約束……、なのか?
その様子を見ていたエメルが言う。
「それ、あたしもやっていいですか?」
「はあ?」
「そうだよね。ヴィオラだけだと不公平だよね」とジャスティナ。
「えっと……」と言いかけるものの、論理的な反論ができない。
「デレク様……」とエメルが抱きついてくる。
「……」と無言でジャスティナが抱きついてくる。
何かの儀式かな? それともネコの匂い付けに近い何か?
しかし、3人ともお胸があれだよねえ。むしろ俺が胸に顔を埋めたい。
「さあ、ご飯ご飯」「カレーだ、カレーだ」
切り替えが早いな、君ら。
アーテンガムに転移。アーテンガムは日が暮れても人通りが絶えない。
4人でいつものレストランへ。
「つまり、峠に出没しているラボラスは、すでに死亡している魔法士の使い魔だったということ?」とヴィオラ。
「そうそう。元の持ち主のタノンという男が最後に召喚してるのが半年以上前。多分その時に何かがあって、召喚されっぱなしになってるんだろう」
「自分の使い魔にするにはどうするの?」
「親にあたる魔法士が既にいない場合、使い魔と戦って屈服させてから名前を付け直すと、その人の使い魔になるんだ」
「へえ。確かにラボラスを使い魔にして使役できるってカッコいいけど……」
「何か心配? 餌なら召喚していない時は不要らしいよ」
「へえ。ともかく、峠でウロウロしているラボラスは、召喚されている間に親の魔法士が死亡してしまったので、どこかに帰ることもできず、お腹が空いてしょうがない、ということ?」
「そう考えられるね」
「なるほど。ニールスの混乱も収まりつつあるから、時間を作って討伐に行くというのは住民の不安を解消するという点からも意義があるわね。で……」
ヴィオラ、こっちを見て、世にも素敵な笑顔で言う。
「あたしも飛行魔法が使いたいなあ。ね?」
「そ、そうだね。ラボラスは空を飛ぶから、討伐するには空を飛べた方がいいよね」
ジャスティナがニヤニヤしながらこちらを見ている。
「あたしだけ飛行魔法が使えなくてつまんないなあ」とエメル。
「あ、そうそう。急な話だけど、近日中にゾルトブールのシャデリ男爵の所へ名誉回復のお祝いをしに行くんだ。だから、また馬車の御者兼護衛をお願いしたいんだけど」
「え! ということはガパックの温泉にも行きますよね」
「えーと。多分」
「多分じゃなくて、絶対お願いしますよ」
「……うん」
「そっかあ。エメルはガパックで温泉かあ」とジャスティナが意味ありげに言う。
あー。あれね。そうだね。この時期の秘湯もいいかもしれないな。
それはともかく。
いったんヴィオラの指輪を預かって、飛行魔法を書き込んでから渡すことにする。
「うふふ。楽しみね」
最近ずっと緊張しっぱなしだったヴィオラがいい笑顔で笑ってくれるだけでも意味があったかな?
翌日。
午前中からアデリタ、シャロンと一緒に引き続き書類の処理。
午後、エヴァンス伯爵家から、執事の補佐をしているという男性が来てくれる。
コリンさん、マリウス、ゾーイ、さらに手の空いていたアミーも呼んできて、お披露目パーティーについて形式や規模、招待客などについて色々相談に乗ってもらう。お陰で、大体の形が見えてきたようだ。
さらに、ラヴレース公爵の日程もだいたい把握できて、お披露目のパーティーは3月24日に開催することになった。
ということは、シャデリ男爵家の都合にもよるが、数日中に出発すれば間に合う、というか、旅程が日数的に辻褄が合わないということはないはず。
夕方になってハワードが泉邸に立ち寄り、例の偽行政官、ウィカリースの取り調べの続報を知らせてくれる。
「ちょっとまずいというか、おかしな方向に話が広がっててだね」
「ほう」
「ウィカリースの言うには、モスブリッジ家が関係している犯罪の証拠を捏造するのが第1の仕事で、聖都のモスブリッジ家の屋敷に調査が入ったらモスブリッジ家の悪行について嘘の供述をするというのが第2の仕事、という段取りだったそうだ」
「なるほど。で、何か問題が?」
「その、屋敷に調査に入る組織は親衛隊の予定だった、と言うんだな」
「親衛隊? 警ら隊じゃなくて?」
「聖都の内務省が率先して動くのではなくて、あくまでも広域公安隊や親衛隊が出してくる証拠に基づいて犯罪の有無を判断するという立場をとる予定だったらしい」
「つまり、内務省がでっち上げたわけじゃないですよ、という顔をするわけか」
「そうそう。でも、何でそこで親衛隊が出てくるのか、という疑問が生じるよな」
「親衛隊が捜索に踏み込んで『こんなものを見つけてしまったー。これは大変だあ』って感じの役割を果たすことが最初から予定されていたなら、親衛隊もグルってことだよな?」
「その通りなんだが、今回、親衛隊は実際には動いていない。思うに、親衛隊は動く予定だったが、その前にニールスの件が片付いて、ロングハースト男爵の裏金問題が明るみになってしまった、ということなんだろうけど」
「ウィカリースがそう供述しているだけで、親衛隊が関与していることを示す証拠が他にはないってことか」
「そう。だから親衛隊は心証的にはかなりグレーなんだけど、今回は捜査の対象にはできていないわけだ」
「その『親衛隊』だけど、王宮の親衛隊じゃなくて、外に詰め所がある方の親衛隊なんじゃないかな?」
ハワード、ちょっと言い淀む。
「それはねえ、……そこまでの証言も証拠もないので何とも言えない。問題はほら、外の親衛隊は王太子殿下が指揮していると言われているから……」
「ううむ。怪しいなあ」
「怪しいけれど、これ以上踏み込むだけの証拠はないんだ」
「分かった。わざわざありがとう」
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