この変態っ!

 カラスとの感覚共有を切る。

 廃屋の中へ転移。


 目の前に突然、見知らぬ人物が現れてシアラは腰を抜かすほど驚いている。

「ええええ? だ、誰?」


「今日はパンツ履いてる?」

「は、はあ? 履いてるに決まってるじゃない!」


「シェルター。“メイド”を格納ストア

 シアラの姿が消える。


 騎士隊が廃屋の手前までやって来た。

「観念して出てこい!」


 そうだなあ。観念して焼身自殺でもしたことにでもするか。廃屋の所有者の人、勝手なことをしてごめんなさいね。


「ファイア・バレット!」

 数発のファイア・バレットで騎士隊を少し廃屋から遠ざける。


「おい、あいつ魔法なんか使えたか?」

「さっきも通用門で使ってたから、きっと隠してたんだ」

「くそー、王家に楯突くスパイめ」

 なんて声が聞こえる。


 ここで、『タイムロック』が書き込んである魔石に『ヘル・フレイム』をセット。5秒後に起動するようにして、俺自身はさっきの街道のあたりへ避難。距離は500メートルくらいかなあ。


 ボワッと、廃屋は突然の猛火に包まれ、あっという間に燃え落ちる。


「うわー、自分で火を放ったのか?」

「こりゃひどい。何も燃え残っていないぞ」


 騎士隊が騒いでいるのを遠目に見ながら、オーレリーに連絡。

「えーとねえ。騎士隊に追われてたさっきのメイドだけど、逃げ込んだ廃屋に自ら火を放って自害、という演出で、本人はストレージに収納して助けてあるんだけど、どうしようか?」

「何だよ、助けたのはデレクなんだから、自分で何とかしろ」

「しかし、エスファーデンの事情を色々言われても俺は分からん」

「うーん、仕方ないなあ。クロチルド館に来い。あたしも一緒に対応しよう」

「有難う。恩に着るよ」


 ということで話がまとまって、クロチルド館の一室。

「まったく。助けたからには責任を取れよ」

「しかし、あの場にいたらオーレリーだって助けてたんじゃないか?」

「えー。状況によるかなあ」


 サスキアも何事かとやって来た。

「どうしたんです?」

「エスファーデンの王宮から、スパイ容疑で逃げ出したメイドを助けてきた」

「うわ。……で、そのメイドはどこ?」

「今、ストレージから出すよ。……シェルター。“メイド”を回収フェッチ


 すると、下半身泥だらけのシアラが現れる。

 俺の顔を見て叫ぶ。


「この変態っ!」


 シアラは、さっきまでの廃屋の中ではないことに気づいてキョロキョロしている。

「あれ? さっきまで小屋の中にいた……」


「助けてあげたのに変態呼ばわりはひどくない?」

「いきなりパンツの話をするなんて変態に決まってるでしょ?」

「場をなごませようかと思って……」

「人が死のうとか言ってる時に、バカじゃないの?」

 可愛いメイドに面と向かってバカとか変態とか言われると、へこむ。


「あははは。デレクは相変わらずパンツのことしか頭にないのか」

 オーレリーとサスキアは大笑い。


 オーレリーの顔を見て、シアラはハッと気づく。

「あ! もしやメディア様ではありませんか?」

「うむ。メディア・ギラプールだ。今はその名ではなく、オーレリーと名乗っているがな。ちょっと話を聞かせてもらいたいが……。その泥だらけの服は何とかした方がいいなあ。サスキア、着替えはあるか?」

「はいはい。まずはお湯で身体を綺麗にして、着替えてもらった方がいいですよね」

「あ、ナイフ持ってるだろ。こっちに渡しておいてよ」

「……はい」


 サスキアがシアラを水場の方へ連れて行く。


「断片的にしか状況を把握していないのだが、どういうことだ?」とオーレリー。

「いや、それは俺も一緒。王宮から逃げ出して、廃屋に逃げ込んでナイフで自害しようとしてたから助けただけ。どうやらスパイ容疑らしいけど、内乱を止めようとして色々してたって言ってたなあ」

「ふーむ。あたしも顔を見た覚えだけはあるんだが、名前は?」

「シアラ・ブルトン」


「ブルトン家か……」

「前に、ダンヴァーズ伯爵家とか、キャラハン男爵についてオーレリーに尋ねたことがあっただろ? あの話をしてたのが、今のシアラなんだけど」


 クロチルド館の厨房の女性に頼んで、お茶の用意をしてもらう。


 しばらくして、綺麗に汚れを落とし、普通の服に着替えたシアラとサスキアが戻ってくる。シアラはサスキアに比べれば小柄ながら、全体として引き締まった身体つきで、顔を正面からまともに見ると、ウサギやリスのような可愛らしさがある。


「まあ、お茶でも飲んでよ」

「はい」


 シアラはお茶を一口、二口と飲んでからオーレリーの方を見て話し始める。……俺の方は見ないようにしてるような気がする。

「メディア様がお元気そうで安心しました。あの大演説でエスファーデンの空気がすっかり変わりました。今は国を作り直そうとする勢力と、相変わらず今の体制を続けようとする勢力が戦うような状況です。何より、疲弊している国民を救うことができないのが残念でなりません」


 オーレリーが問う。

「シアラはブルトン男爵家の者なのか?」

「はい、ブルトンを名乗ってはいますが庶子で、王宮にメイドとして働きに出ていたようなわけです」

「今回追われていたのはスパイ容疑だと聞いたが、どういうことだ?」


「まず、私の実家のブルトン男爵家は田舎の貧乏貴族で兵力にも乏しいものですから、王家に従ってはいるものの、兵を出して反王家勢力と戦うようなことはしてきませんでした。そのため、比較的穏健派であると見なされていると思います」

「なるほどな」


「ですが、地方に行くほど交易の停滞の影響は大きく、この冬の間に餓死寸前まで追いやられている人々も少なくないのです」


 エスファーデン王国がゾルトブール王国の内乱を扇動したり、ラカナ公国の大使館を攻撃したことの責任を認めないため、国交が断絶し、穀物類の輸出入がかなり制限されているのだ。


「ブルトン男爵家の所領はどの辺りなのだ?」

「王都ダルーハンよりもかなり北、イチューム川のあたりです」

「なるほど。あのあたりは耕作に適した土地が少ないからな……」


「そのような領内の様子に心を痛めた私の兄である領主イーノック・ブルトンがあたしに、反王家側に立つ勢力が増えるように王宮内で動いてくれないかと」

「ブルトン家自体は王家側という立ち位置なのだろう? なぜ反王家側に味方しようとするのだ?」


「兄の見立てでは、現在はどちらの勢力が優勢ということはなく、様子見の諸侯も多いだろうと。従って、どちらかに形勢が傾けば一気にそちらに流れが向かうのではないかと言うのです。そして、エスファーデンの未来のためになるのは反王家側、つまり海賊勢力を追い出そうとする側であろうという理由です」

「なるほど。一理あるな」

「具体的にどんなことを画策したんですか?」と俺も聞いてみる。


「例えば、側室のオラリア様が王宮を出て実家に戻るということがあったんです。オラリア様自身は王宮にいても得るものがない、つまり自分の子供が王位を継ぐ可能性はないので実家に戻るというだけだったようなんですが、それをオラリア様の実家のキャラハン家が反王家側につくかららしい、と噂を広げたりしました」

 あ、確かにそんな噂話をしているのを聞いたな。


「実際にそれで、ダンヴァーズ伯爵家を反王家側に引き込むことに成功しました。結局、キャラハン家もダンヴァーズ家の様子を見て反王家側につくことになりましたので、この工作は大成功だったと思います」

「なるほど。やるではないか」とオーレリーも感心する。


「ところが、反王家側に味方する勢力が増えているにも関わらず、勢力が一方に傾くということはなくて」

「うむ。どうしてだろうな?」


「そこで、王家側の兵力を支えているのは何かを探っていたのですが、その最中に、今説明しましたダンヴァーズ家を引き込むためにあちこちで噂話を流したり工作をしていた件を突き止められてしまいました」

「なるほど。それで追われていたのか」

「はい」


「で、結局その王家を支えているのが何かは分からなかったのか?」

「ある程度見えては来たのですが、まだ確証が持てないという段階です」

「まあ分かっている範囲で教えてくれんか?」


「はい。王家の兵力を直接支えているのは海賊ではなく、傭兵団です」

「傭兵団?」

 傭兵という言葉に反応する俺。

 それってダズベリーでケニーに聞いた話と一致するな。


「はい、多分グロピウス傭兵団という組織ではないかと思われます」

「グロピウス? どういう組織だ?」とオーレリー。

「そこまでは分かりません」

「ふむ」


 俺から質問。

「ところでシアラさんは、実家に帰ると迷惑がかかるとか言ってたけど、これからどうしたいかな?」

「実家のブルトン家では、数年前にあたしは死んだことになっています。多分どこかにお墓もあります」

「はあ?」


「スパイ活動がバレた時に、その子はウチと関係ありません、他人が名前を使っていたんでしょう、と無関係を装うという約束です」

「そんな冷たい……」

「いえ、このくらいしないと、エスファーデンの貴族は生き残れません。ですからあたしがあそこで死ぬのが一番良かったんです」


「それなら心配ないよ」

「は?」

「あの小屋というか廃屋は、我々が抜け出してきた直後に盛大に燃え上がって、跡形もなく焼け落ちた。騎士隊が焼け跡を捜索するだろうけど、死体も残らずに全て燃えてしまった、と結論づけると思う」

「そうなんですか」

「そうそう。だから、スパイをしていた自称シアラ・ブルトンさんはあそこで焼身自殺をして、もうこの世にはいないってことだよ」

「そんなうまい話ってありますか?」

「でも実際、メディア・ギラプールだってここでピンピンしてるでしょ?」


 オーレリーも言う。

「王宮側はきっとシアラは自害したと思っているだろうから、もう死のうとする必要はないってことだ」


 シアラ、俺をまじまじと見て言う。

「あの。あなたのことを変態だと思ってましたけど、ただの変態じゃなさそうですね」

「うははは」とオーレリーが笑う。


「そもそもここはどこです?」

 オーレリーが答える。

「ここは聖王国。レキエル中央市、いわゆる聖都だ」

「……はあ?」

「そしてこの変態くんはデレク・テッサードと言う。きっと、シアラがパンツを履いていなかったころから知ってる。そうなんだろ? デレク」

「げ」

「ちょ、あたしがパンツを履いてなかったって、なんで知ってるんですか?」

「ほーら」

「やっぱり変態じゃないですか!」

「いや、そうじゃなくてだね」


 そばでサスキアが腹を抱えて笑いを堪えている。


 生きるか死ぬかとか思い詰めているより、パンツの話でもしてた方が精神衛生上はずっといいよ。……きっと。

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