セーラ、安請け合いをする
今日は聖都は本降りの雨である。
さて、今まで漠然と考えていただけだったが、そろそろ泉邸のお披露目の会を開催する計画を立てなければ。執事のコリンさんと補佐のマリウス、メイド長のゾーイを書斎に呼んで検討を開始する。
まずは時期。親父殿が聖都に来るタイミングに合わせたいが、多くの出席者に来てもらうことを考えるなら、可能ならばセーラにも出席してもらった方がいいだろう。そう考えると、当初の予定の3月中ばよりは下旬にずらすか。
お披露目なので主賓は想定しなくても良いが、親父殿の親友であるラヴレース公爵には是非とも出席して欲しい。従って、出席可能な日程を把握しておく必要がある。
天気が良ければ庭園を開放してそこで行ってもいいが、まだ春というには寒い可能性もあるので、やはり室内か。そうなると、食堂やエントランスを含めたいくつかのスペースを使って参加者に楽しんでもらうように考えないといけないだろう。
コリンさんが言う。
「それなりのパーティーを開催することはできるとは思いますが、ここ聖都でのパーティーのレベルと申しますか、辺境伯として見劣りしない会にする必要はあると思います。どなたか、助言を頂ける方がいらっしゃれば心強いのですが」
「確かにそうだな。こちらとしては心づくしのパーティーのつもりでも、規模やスタイルなどがこちらの流儀に合っているかは我々では分からないな。そういうのは誰に聞くのが適切なんだろう?」
ゾーイが言う。
「やはり、公爵家、伯爵家あたりでそういうパーティーに関わりのある方に伺うのがいいのではないでしょうか」
「そうだね。男爵家よりは伯爵家かなあ……。あ、エヴァンス伯爵家に聞いてみようか。この前井戸を掘ったり、ウチの料理長のジョリーがパーティーの料理の手伝いをしに行ったりしてるから、相談に乗ってくれるんじゃないかな?」
「なるほど、それはいい案かもしれません」
そこで、差し支えなければ相談に乗って頂きたい旨のメッセージを、井戸の件にも料理の件にも関係している奥方のソフィーに送ることにした。何をするにしても、心無い噂や陰口を叩く連中というのはいるものだが、伯爵家の流儀を参考に進めればそういった面でも安心だ。
「予算は……?」とマリウスが心配そうに言う。
「エヴァンス伯爵家からの助言や規模次第だけど、予算は心配しなくていいよ。新たに必要な家具類や飾り付けなんかは遠慮せずに発注する方向で」
そう言ったら、ゾーイがこっちを見てニヤッと笑っている。
あー。この前、「出所不明の怪しい金のインゴット」を見せてるからなあ。俺としてはテッサード家のことには使わないつもりにしてるけど。
とりあえず、時期と参加人数、招待状を送るべき人々、などを早急に決めるということで、初回の相談は終わり。
◇◇◇◇◇
セーラは午後、メローナ女王と、歴史に関する最初の研究ミーティングである。
ミーティングにはメローナ、セーラ、それとサポート役のヘレン、さらにリリアナも参加するという。
セーラたちが案内されたのは、昨日のリリアナの部屋のさらに1つ奥。メローナの私的な個室だという。
部屋の中には数人でアフタヌーンティーを楽しむためといった感じの、洒落た楕円形のテーブルに座りやすそうなイス。
ニコニコとして出迎えたメローナは開口一番にこんなことを言う。
「聞きましたわよ。昨日、リリアナはセーラさんと、『リリアナ』、『セーラ』と呼び合う仲になったそうですわね。先を越されてしまいましたけど、私のことも『メローナ』と気楽に呼んで欲しいわ。ねえ、セーラ?」
「え、よろしいのですか」
「もちろん、他の貴族のいる席ではそれなりに呼んで頂いた方が規律が保てるとは思いますが、この部屋ではそう言う約束にしましょう。ヘレンも遠慮しなくていいわよ」
「え。は、はい」
「さて、早速本題なのだけれど、セーラに出した手紙に書いておいた内容をもう少し詳しく説明するわね」
「はい」
メローナは壁際の書棚からいかにも古い1冊の本を持ってくる。
「これが、スートレリア王国に伝わっているいくつかの古文書の中でも、各国の貴族の家系図なんかを比較的正確に記録しているとされるものでね、編集者の名前から『サハクノス統記録』と呼ばれているわ」
「サハクノス統記録……。初めて聞きました」
「そうでしょうね。私に古文書の読み方を教えてくれた学者先生がいるんだけど、その先生が探し出してきたものなので、発見、というか再発見かしら? とにかく再び日の目を見てからまだ10年くらいなのよ」
「まとめらたのはいつです?」
メローナ、本の真ん中あたりを開いて、真ん前に座っているセーラに示す。
「ここ。この家系図でスートレリアの現女王とされている所にあるのが、今から290年ほど前の女王の名前なので、この本が編纂されたはその頃ね」
メローナはゆったりした部屋着を着ているので、ちょっと中腰で前のめりの姿勢をとると豊かな胸元が遠慮なく視界に入ってくる。デレクならイチコロかもね。そう言えばヴィオラの所のことはうまくやってるかしら、なんてことがチラッと頭をよぎる。
ああ、そうじゃなくて。
「……290年程前ということは、魔王が討伐された後、ですね」
「そうそう。……ちょっと、セーラ、まだ喋り方に遠慮があるわね」
「あ、すい……ごめんなさい」
「まあ段々と慣れていきましょう。えっと、話がそれたけど、重要なのは、魔王の討伐の後、まだ間もないころに編纂されたというところね。で……」
メローナが話を続けようとすると、ヘレンがさえぎる。
「ちょっと質問ですが」
「いいわねえ、ヘレン。疑問点はすぐ質問しないとね」
「はい。えーと、魔王軍は聖王国やゾルトブールで各国軍と戦ったわけですけど、スートレリアはどうだったんですか? 聖王国にいると、聖王国の兵がいかに勇敢に戦ったか、という話はたくさん聞くんですが、他国の情報に接する機会はあまりないのです」
「なるほど。えっと、まず、スートレリアには魔王軍は現れていません。同じ島国のデルペニアにも現れていないわね。現在のラカナ公国を中心に、東は聖王国、ナリアスタ国の西半分、西はゾルトブール王国、エスファーデン王国のあたりに魔王軍が出現しています。つまり、世界中に現れたというわけではないのよ」
セーラからも質問。
「対岸の大陸に魔王軍が現れた、というのはスートレリアでも認識したと思うんだけど、援軍を出したりはしなかったのかしら?」
「それは記録が残ってるわ。魔王軍が現れたすぐ後くらいは、海軍を出して兵を送り込むということが実際に試されたんだけど、すぐに中止されてるわ」
「どうしてかしら?」
「実際の状況を想像してみたらすぐ分かるんだけど、兵って船から一瞬で降りてすぐ戦えるわけじゃないのよ。上陸用の小舟に分乗して港なり砂浜なりに上陸するんだけど、その間は戦えないから、格好の攻撃目標になるのね」
「なるほど……」
「それに、スートレリアの軍は海軍だから、上陸してもあまり戦力にはならないのよ。その他にも色々な理由が挙げられているけど、結局は海上輸送をサポートする、という役割に徹していたの」
「つまり、スートレリア王国では、魔王軍の出現が原因で王家や貴族の家系が途絶えたりはしていないということですね?」とヘレン。
「そう。それが重要よね」
「つまり、この『サハクノス統記録』と、聖王国あたりの正史を比較すると、
「そういうこと。ただ、結局は外国の貴族のことだから、爵位のあるすべての家系を網羅しているわけではないし、所々に意図的ではない間違いがある可能性はあるわね」
「はい」
「さて、そこでそれを補うのが、『エインズワースの交友録』とゴーラム商店の取り引き記録なのよ」
「ゴーラム商店って、えっと……」
聞いたことあるんだけどな、と思っているとリリアナが言う。
「デレクさんに助けてもらったナタリーの実家ね。ゾルトブールで穀物や油なんかを扱ってるわ」
「あ、そうでした。でも、なんでそこでゴーラム商店が出てくるんです?」
「ゴーラム商店って500年くらいの歴史がある穀物商社なんだけど……」
「500年!」
「そうなのね。その商店が昔からの取り引きの記録をマメに残してるのよ」
「へえ……」
「聖王国の爵位のある人たちの情報は、限定的だけど『交友録』から拾うことができるのよ。で、ゾルトブールとエスファーデンについてはゴーラム商店の記録から、どの貴族領からどのくらい買い入れたか、あるいは売ったか、みたいなことまで分かるのね。ただ、貴族の所領の存在は把握できるけれど当主の名前までは分からないわ」
「なるほど」
「それでね。セーラ」
そう言ってメローナ、セーラの方を向いて言う。
「『エインズワースの交友録』ってご存知ですよね?」
「ええ」
「それのオリジナル版、またはオリジナル版にかなり近いものがゾルトブールの王宮の書庫にあったはずなんです」
「はあ」
「それを目にした人物がいて、これがどうやらデレクさんの叔父さんらしいんだけど」
「……よくご存知ですね」
「ふふふ。私、聖都の同好の士が出している古文書に関する情報誌を愛読してますの」
「え? じゃあ、タイラス・ハグランドという……」
「ええ、もちろん知ってますわ」
う、わ。こんな所にあの情報誌の熱心な読者がいるとは。
「でね。デレクさん、ヒックス伯爵の墓所を突き止めたというじゃないですか」
「そんなことまでご存知なんですか。それって、ラカナ公国で説明したことがあるくらいで、他で口にしたことはないはずの……」
「ええ。それはね、私自身はこの島から滅多に出られませんから、あちこちから情報を集めるように腐心しております。そういったあたりの情報網から、ね」
そう言ってメローナは少し得意げに微笑んだ。
『ジュリエル会』あたりにも情報提供者がいるってこと?
「その情報誌に投稿されたハグランド氏の論文によれば、『エインズワースの交友録』の著者はヒックス伯爵と交友があるらしい。そして、今は失われている『交友録』の記述の詳細を知らなければ、墓所の場所を特定はできないと思うのだけれど、どうかしら?」
「うわ……。これはしまったな……」
「デレクさんが『交友録』のオリジナル版を持っている、と私は踏んでいますけど」
セーラ、ちょっと考える。
「えっと、どういう経緯で入手したかを説明するのは、デレク本人の許可がいると思うのですが」
デレクと、すでに亡くなった前のゾルトブール国王、レスリー2世との間で秘密のやり取りがあったのが明らかになるのはまずい。色々な意味でよろしくない。
「確かに謎ですけど、私の興味はそこではなくて、失われた部分に何が書いてあったか、だけです」
「わかりました。えっと、今は私が持っています」
すると、メローナ、パッと笑顔になる。
「え、そうなの?」
「はい。誕生日プレゼントでもらったんです」
「あら! あらあら! それは素敵な
「でも、今は手元にはなくて……」
「あー。それは。それは……残念ねえ」
メローナ、ちょっと腰を浮かせていたのだが、一気に落胆。そのがっかりした様子があまりにも気の毒に見えたので、セーラ、うっかり言ってしまう。
「あ。でも、版の間で違っている箇所をまとめたノートがあります。今はちょっと荷物に紛れていますので、また次の時に……」
「え! そうなんですの? それは素晴らしいわ! じゃあ、それは次回ということにして、今日はセーラの著作で指摘されている不自然な箇所と『統記録』の比較を進めておきましょうか」
ウキウキした様子で次の資料を取り出すメローナ。
(うわ。しまったかなあ)
滅多に不確かなことを言わないセーラにしては、珍しい失言である。
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