ニールスの異変

 スートレリアの使節団と談笑していたマリリンをジャスティナに頼んで呼んで来てもらい、事情を説明する。

「え!」

 数秒間、固まってしまうマリリン。しかしすぐに対応を考え始めたようだ。


「問題は、内務省が実は知ってるかもしれないというところね。デレクとハワードがここにいたことは幸いだわ。対内務省、対海賊という2つのアプローチを並行して行う必要があるでしょうね」


 ハワードが言う。

「使節が聖都に向かうのは明日の予定だが、俺だけ今から聖都に向かうことにするよ。今からなら午後の船便に間に合うだろう? 使節団を出迎えるための準備で先に帰ることにしておいてくれないかな」

「了解。使節団の対応はあたしがするわ。デレクはどうする?」


 ちょっと考える。

「俺はこれからジャスティナを連れてニールスに向かいます」

「え? 大丈夫?」

「はい。現地は情報や人流が遮断されている可能性がありますから、直接誰かが乗り込む必要があります」

 マリリン、俺をじっと見て言う。


「分かったわ。信頼してるけど、十分気を付けて」

「はい」


 ハワードに向かって言う。

「多分聖都にヴィオラがいるよね。それからこの前、ダンジョンに出かけたデニーズはヴィオラの従姉妹じゃなかったっけ?」

「そうだな。この2人には知らせる必要があるだろうから、聖都に着いたら連絡を入れておく」

「ただ、2人が浮き足だって軽々な行動をするようなことになると問題を大きくするだけの可能性があるから、その点は注意してね」と慎重なマリリン。


 荷物をカバンに詰め込み、ジャスティナを連れて屋敷を飛び出す。

 ニールスに行く前に、まずは泉邸で当面の体制を整えたい。目立たない路地に入って泉邸に転移。


 突然戻ってきたのでリズが驚いている。

「あれー? 戻るのは明日じゃなかったっけ?」

「重大事案が発生したのでね。ちょっとダガーズとゾーイを集めてくれるかい?」


 いつもの信頼できるメンバーを集めたところでニールスの状況を説明。

「え? それって聖王国の都市が侵略されたようなものですよね?」とゾーイ。

「そうなんだけど、怪しいのは内務省が情報を知っているんじゃないかというところ。つまりは重要な拠点であるニールスを好き勝手に支配したいので、モスブリッジ家を管理下に置いて、行く行くは適当な理由をつけて取り潰すとかするつもりなんじゃないか?」

「かなり力づくの酷いやり口ですね」


「そういうわけで、まずはヴィオラやデニーズと交流があるエメル、ジャスティナに一緒にニールスに行って欲しい。それとノイシャにお願いなんだけど、今日の最終の船便でハワードが帰ってくるから、そしたらしばらく一緒に行動してくれるかい?」

「了解しました」


 エメルが外出の支度をしている間に『園芸部アプサラス』の本部へ。事情を説明すると、一同に驚きの色が走る。

「重大事件じゃないですか。ここには何の情報も入っていませんけど」とレオナ。

「うん。マリリンとハワードには伝えてある。ハワードが今夜には帰ってきて、モスブリッジ家のヴィオラとモーティマー家のデニーズには伝える予定だけど、それ以外には極秘にしておいて欲しい」


 マデリーンが言う。

「デニーズのモーティマー家はアルフォード男爵家の血縁らしいですけど、騎士隊には連絡しなくてもいいんでしょうか」

 マデリーンはヌーウィ・ダンジョンにデニーズと行ったからそのあたりのことを聞いているらしい。

「アルフォード男爵家か。ブライアンのところだな。いや、情報を内務省が知ってて隠している可能性があるから、騎士隊にはまだ伝えない方がいいと思う。それから、泉邸の中でもダガーズ以外には当面は秘密にしておいて欲しい」


「あたしたちは何をしたらいいですか?」とディアナが言う。

「俺はこれからニールスに乗り込んで情報を集めるつもり。みんなには、関連するような情報が流れていないか注意しておいて欲しい。それで、内務省だけじゃなくて、海賊との繋がりが噂されているブロムフィールド伯爵家、ヘインズ男爵家、ロングハースト男爵家が動いている可能性があるんじゃないかと個人的には思ってる。こういったあたりについても何か情報がないか調べて欲しい」

「わかりました」


 エメルの準備ができたので、唯一、ニールスに行ったことがあるというゾーイに場所を思い出してもらって転移する。


 転移ポッドから外に出ると、なんだか煤けたような裏通りである。

「ここってどこ?」

「すいません、そこは商店街の裏手の通りです。はっきり思い出せるのがそこあたりでしたので。確か、そこから見える教会の塔に向かって……」


 表通りに出ると、街の様子は至って平穏。

「何か事件が起きているという雰囲気は全くないな」

 内乱下のゾルトブールのような様子を想像していた俺は、ちょっと拍子抜け。


 時刻はまだ夕方というには早い時間。しかし天気は曇りで少々寒い。

「とりあえずお茶にでもするか」

 表通りにある、客が多めの喫茶店に入る。

「うは。ここは何がオススメなんでしょうかね」とテンションが上がっている2人は放っておいて、俺は『聞き耳のバンダナ』の魔法を使って周囲の客の話に耳を澄ませる。

 だが、さすがに午後の喫茶店に海賊が出入りしているということはなさそうで、大した情報は得られない。


 コーヒーを持ってきてくれたウェイターに聞いてみる。

「領主のモスブリッジ家で働いているっていう叔父さんを訪ねて来たんだけど、領主の屋敷ってどこにあるの?」

「それなら大通りを川沿いにちょっと北に行きます。で、大きな橋がありますから、丘の方を見たら大きなお屋敷が見えます。それですよ」

「ああ、有り難う。ここの領主さんはどんな感じの方?」

「おおらかな、領民思いの方です。領民は皆んな尊敬していると思いますよ」

「それは素晴らしいね」

 特に異変を感じているような感じはしない。街の雰囲気にも特に変わった様子は見られず、市民は普通の生活を送っているらしい。事件が起きたのは領主の館だけか?


 甘いキャラメルソースがたっぷりのケーキを堪能してエネルギーが充填できたらしい2人とともに、その屋敷の位置を確認しに行く。

 言われたように、大通りから見える丘の中腹に大きな屋敷が建っている。観光で来たような風を装って、怪しまれない程度に周囲をウロウロする。

 少し離れて観察した限り、屋敷の周囲に武装した一団がいるとか、屋敷の警備が物々しいというわけでもない。

「特に怪しい連中がいるようではありませんね」とエメル。

「我々が思うような、いかにも海賊って風体の連中ではない可能性もあるな」


 そろそろ夕方なので、宿を確保しておこう。

 イヤーカフでゾーイに教えてもらいつつ、商店街の中を突っ切って歩く。ゾーイが以前に宿泊したことがあるという宿を見つけて部屋をとる。宿の名はギャスパール亭。女性が宿泊してもまあ大丈夫でそこそこの値段、とのこと。確かに高級とは言い難いが商店街の端っこくらいで、市内の比較的便利な位置にある。


 ミドマスから来た、商人夫婦と妻の妹という設定で宿泊。

「うふ。若夫婦って設定ですね?」と妻役のエメルは嬉しそうである。

「うーん。同い年なのにい」とジャスティナ。ジャスティナの方が半年ほど若いらしい。

「ってことは、同い年だけどエメル、アミー、ジャスティナの順か」

「そうです。あたしが一番若くてピチピチしてるんです」

「同い年だからそんなに変わるわけないじゃん」


「そういえばダンスター男爵の奥さんは姉妹2人でしたよね」とジャスティナが余計なことを思い出す。

「あ。そっか。じゃあ奥さん2人とその旦那さんってことでもいいのか」とエメル。

「奥さんが2人じゃあ、夜は大変ですね、旦那様」

「いや、そういうので来たんじゃないから」


 日が暮れて、商店街に食事に出かける。


「あ、あれって広域公安隊じゃないですかね」

 エメルが商店街の中の交番みたいな施設を見つけて言う。

「警ら隊じゃなくて?」

「ええ。警ら隊はコソ泥を捕まえたり、遺失物やら尋ね人やら、そういう活動をしてるはずですけど、あそこの人たちはそういうんじゃなさそうですよね?」

 俺はミドマスの広域公安隊の様子を思い出す。そう言われてみれば、あそこも制服の男たちが何人か詰めていただけで、地元住民に密着した仕事をしているようには見えなかったなあ。

「なるほど! それはいいところに気がついたな。そっかあ」

 しかし、ミドマスといいここといい、なぜ商店街の空き店舗みたいなところに拠点を構えているのか。便利だから? 定食屋が近くだから?


 その広域公安隊らしい詰め所の近くにガッツリ食べられそうな定食屋があるので入ってみる。男性客がほとんどで、女性2人を連れているので目立つ。

 相変わらずメニューのあれこれに気もそぞろな2人は放っておいて、俺は再び『聞き耳のバンダナ』で周囲の話を聞き取ろうとする。


 領主の館の事件とは関係なさそうな犯罪の相談らしいのも聞こえてくる。

「明日の晩、決行だ。3丁目の角の金持ちの家に夜10時に」

「よし。あと1人、鍵開けの上手い奴を連れてくるから3人で。金庫の場所さえ突き止めたらあとはチョロいな」

 まったく。そういうのは今は無視したいんだが。

 ちらっとその声の主を確認すると、1人はスキンヘッドにコウモリのタトゥーを入れた大柄な男。もう1人は頬に刀傷のある、目つきの悪い男。つまりどちらも悪人顔である。


 一方で、警ら隊員とその友人といった感じの2人連れもいる。

「警ら隊の隊長が辞めさせられたって?」

「いや、今は公式には療養中だが、復帰の目処が立たないらしい。今は、お前も知ってるだろ? あの嫌な感じの副隊長が指揮を取ってる」

「近所にできた広域公安隊とかいう連中と関係があるのかな?」

「分からんけど、広域公安隊は聖都から来たらしい。今の警ら隊より仕事っぷりはよっぽど真面目そうだぜ」

「確かに警ら隊の質が急に落ちてるよなあ。お前も辞めたら?」

「実際、真面目に仕事をするのがバカバカしい雰囲気なんだよなあ。……あ、そうそう。今日副隊長から言われたんだが、街にモスブリッジ男爵家を訪問する人が来ても、ご当主は病気だから会えないって追い返すように、だそうだ」

「へえ。本当に病気なのか?」

「いや、知らんがお屋敷に近づけるなって言われてる」

「ふーん。何日か前、ジミー様をお見かけしたけど元気そうだったぜ?」


 これは有用な情報だな。目撃情報が正しければ、何か事件が起きたとするとここ数日のうちか。

 2人のうちの片方は警ら隊の隊員らしいが、男爵家で何が起きているかまでは知らないようだ。しかし、副隊長に言われた? 怪しいなあ。


「ヴラドナの宿場のそばに魔獣が出るって噂話があるの、知ってるか?」

「本当かよ。あそこは山道が薄暗いから幻でも見たんだろ」

「いやいや、ラボラスを見たって話を何回か聞いてるぜ」

「ラボラスって何だ?」

「いや、俺もよくは知らん」

 信憑性はとても低そうだが、ラボラスが出るって? 気になるじゃないか。


 結局、それ以上に収穫はなかったが、これは男爵邸に直接探りを入れた方が良さそうな気がする。


 食事が済んで、エメルとジャスティナには宿で待機しておいてもらう。

 俺はいったん泉邸へ戻る。


 で、いよいよを試してみる時じゃないかな?

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