予想外の知らせ
いよいよ次の日。午前中にスートレリアから海軍の大きな艦船がやって来た。
ミドマスの港には大小の船舶が係留されているのだが、その中でもひときわ大きく立派な帆船が3隻。
スートレリアからの使節団が上陸して、まずは港で入国の手続きなどをしているらしいが、我々はロックリッジの屋敷で待機。
「ジャスティナはレプスートに行ったことないんだっけ?」
「全然です。ナタリーやゾーイさんは行ったことあるんでしょう? 機会があれば行ってみたいですね」
「そのうちね……。もう誰とどこに行ったか把握できなくなって来たなあ」
「暖かくなる前にまた温泉はどうですか?」
「う。魅力的な提案ではあるが……」
ジャスティナとそんな話をコソコソとしているとスザナがやって来る。
「あら。ジャスティナとデレクさんは仲がおよろしいのね」
「えへ。わかります?」
「いやいや、ウチはメイドとはこんな感じだよ。ところでスザナは『耳飾り』で通信をする係だったかな」
「そうです。基本的に毎日1回、定時連絡をするという予定ね」
「それはご苦労様」
ジャスティナが質問。
「船でレプスートまではどのくらいかかるんです?」
「えーと、南大海は西から東へ流れている海流があるから、レプスートからミドマスまでは比較的短時間で、南大海を突っ切って2日から3日らしいのだけど、逆にレプスートに向かうのが時間がかかるのね。特に冬は北風があるから、陸沿いにラカナ公国のモールトンかゾルトブールのアーテンガム、それからさらに陸沿いに進んでディムゲイトあたりまで行ってから南大海を横断するらしいわ。結局6日近くかかるという話ね」
「結構かかるね。……船酔いとか大丈夫?」
「そう。それが心配なのよ。冬は波が高いこともあるらしいから」
「船酔いを抑える魔法とかないんですか?」とジャスティナ。
「残念ながら聞いたことないなあ」
こればっかりは自力で克服してもらうしかない。
やがて、セレモニー用に正装したセーラがイヴリンと共に現れる。
「おお、いつもながら麗しいセーラ。どんな花より美しい姿に惚れ直したよ」と俺の陰に隠れてジャスティナが茶化す。
「ああ、デレク。素敵なあなたとしばしのお別れです。浮気しないでね」とセーラの陰に隠れてスザナがふざける。
「二人とも何やってんのよ」とセーラ。
遠くから見てハワードが笑っている。
そうこうしていると、馬車に乗ってスートレリアからの一行が屋敷に到着。
それからスートレリア一行の歓迎とセーラたちの出発を励ます会食である。
スートレリアから聖王国に来訪する使節は男性3人、女性2人の5名。あとは10名ほどいるが、この人たちはセーラ一行とともにスートレリアへ戻るとのこと。
まずは歓迎の会を主催したロックリッジ家を代表してマリリンが挨拶。
続いて、使節を代表して男性が挨拶。30代前半くらいの、才気に溢れた感じの人物である。
「スートレリア王国のメローナ女王からの命を受けまして、聖王国との親善のために参りました。私、ラングレー公爵の息子のクロードと申します。……」
ほう。公爵の息子をよこすとは、かなり力が入っているな。
続いて、今回の航海の船長を務める海軍少将の挨拶。ブラウンの立派なヒゲを蓄えた30後半くらいの人物。
そして、セーラが挨拶に立つ。セーラの美貌に、スートレリアの一同は息を飲んでいるようだ。……すいません、婚約者目線でちょっと盛りました。
「このたび、メローナ女王陛下より直々にご招待頂きまして、身に余る光栄と存じております。昨年のスートレリアとゾルトブールの間の紛争には私たちも心を痛めておりましたが、現在はより良い体制の構築に邁進されていると伺っております。女王陛下との共同研究も楽しみですが、御国の文化にもできるだけ触れて、両国の友好に寄与できればと思っております。どうかよろしくお願い致します」
会場一同からの拍手。
その後、会食となって、両国関係や交易の促進、文化交流について和やかに歓談。
突然、クロード卿が俺に向かって言う。
「デレク・テッサード殿はセーラ殿の婚約者とのことですが……」
「はい」
「ダンスター男爵と御面識がおありと伺っております」
いきなりの爆弾発言に少しむせてしまう俺。
「あ、いえ、それは何かのお間違いではないかと……」
ちらっとセーラの方を見たが、知らん顔をしている。ふむ。
「おや。そうでしたか、それは失礼を致しました。しかし、ゾルトブールでのシャデリ男爵の冤罪事件に関して多大なご尽力を頂いたと、これはその通りですか?」
「あ、はい。その件に関しては、微力ながら助力をさせて頂きました」
「シャデリ男爵の件は、ゾルトブールでの内乱のきっかけとなった奴隷魔法の消滅とも関係しておりまして、当方における歴史的な大事件と言えます。その一件に直接関わった方にお目にかかることができまして大変光栄です」
「いえいえ。あの件は私だけではなく、ラカナ公国のサメリーク伯爵にも大変ご尽力頂いておりまして……」
「しかしながら、あの一件についてだけではなく、聖王国へ向かおうというゾルトブールの国民を支援して頂いているとも伺っております。ゾルトブール王国、スートレリア王国としては感謝の意を何らかの形で表すべきであろうと言う話が出ておりまして……」
何かややこしい話になってきたぞ。
「近いうちにですね、デレク殿にもレプスートにおいで頂いて、感謝のしるしを受け取っては頂けないか、というのが、これは非公式ではありますが女王陛下のご意向です」
うわ。そういうの苦手なんだってば。
「お申し出は大変ありがたく、身に余る光栄と存じますが、私としましては貴族たる者が当然なすべき行動をしたのみでありまして……」
するとクロード卿、ニコッと笑いながら言う。
「まあ、非公式な、つまりは現時点では雑談のレベルと受け取って頂いて結構ですが、両国がより友好の度合いを深めることになった将来、何らかの、ね」
「はあ」
セーラはちょっとニヤニヤしている。ううむ。
しかしあれだよ。ダンスター男爵やリリアナには直接会っているから、レプスートにノコノコ出かけたら、俺がハーロックと名乗っていたのがモロバレじゃん。
それは避けたいなあ。
予想外の発言が飛び出したりもした会食が終わり、いよいよセーラたちは出発ということになる。
「ねえ、さっきのクロード卿の話だけど」
「ああ。びっくりしたな」
「最初に、ダンスター男爵と面識がありますよね、って言ったでしょ。あれ、多分確信を持ってるように思うわ」
「え? うーん。セーラがリリアナ殿下の救出に関わってるってバレてるとしたら、一緒にいたハーロックは俺だろうっていうこと?」
「それもあるけど、何か他の根拠もあるかもしれないわ。ま、あっちに行って女王陛下にお会いしたら分かるかもね」
「あまり褒賞とか、そういう方向には持って行って欲しくないんだけど」
「それはあたしの関知するところではないわね」
セーラ、俺の方を真っ直ぐ見て言う。
「じゃあ、デレク、行ってくるわ」
「うん。身体には気を付けて」
「デレクもね」
2人でしばし抱き合う。
頃合いを見計らって、マリリンが声をかける。
「では、セーラ・ラヴレース一行の出発です」
一同から拍手。その中をゆっくり歩み、エントランスから出て馬車に乗り込むセーラ。
これから港へ向かって、海軍の船に乗船し、6日ほどかけてレプスートまで。船旅は大変そうだなあ。
一行の馬車が屋敷を出て、小さく見えなくなるまで見送る。
イヤーカフでいつでも話はできるし、折りを見て会いに行くつもりもあるけれど、やはり旅立っていく姿を見送るのは少し寂しい気持ちになる。
「あー。出かけちゃったなあ」
「そうだなあ」とハワード。
屋敷に戻り、宿泊用に割り当てられた部屋のソファにグテっと座って、ハワードと、それからジャスティナも一緒にひと息ついていると、AIチャットのヒナから連絡。
「チャットGTZ、ヒナ・ミクラスです。緊急のお知らせがあります」
「何?」
緊急の時でもそうでない時でも、ヒナの口調は変わらない。相変わらずフワフワした女の子の声である。
「ニールスの諜報員、ザカリー・キッカートからガッタム家への報告に重大な事項が含まれていますので要点をお伝えします」
「うん」
……重大?
そばでハワードが何事かという顔で見ている。耳のそばをトントンと叩いて、ハワードにも聞こえるように声を再生する。
「まず、ニールスにはすでに海賊の拠点が存在しています。具体的な所在地や主要メンバーはまだ不明ですが、かなりの人数がいるものと思われます」
「了解。それから?」
「海賊勢力が、現地ニールスの領主であるジミー・モスブリッジ男爵を領主の館に軟禁、監視下に置いている模様です」
「何だって!」と大きな声を出すハワード。
「えっと、モスブリッジ家のその他の家族は?」
「奥方と長男のグレッグ氏も屋敷に軟禁状態です。長女のヴィオラ嬢は聖都に滞在中。次女に当たられるイヴリン嬢はセーラさんと一緒ですね? このお二人には現地の情報は伝わっていないものと思われます。さらに末の妹のオリヴィア嬢は自宅ではないどこかに監禁されて人質となっているようです」
「なんてこった」
うめくように声を出すハワード。
「海賊はモスブリッジ男爵を軟禁して、何をしようとしてるんだ?」
ヒナが答える。
「全容は明らかではありませんが、会話から読み取れる内容をお伝えします。まず市内の警ら隊の指揮権の掌握、海賊や犯罪組織を市内に呼び寄せること。これらはすでに達成されている模様です。さらに、国境守備隊の弱体化、無力化を目的として活動している様子です。これは推論ですが、最終的には、モスブリッジ男爵家の支配、または失脚を狙っているのではないでしょうか」
「これまでニールスの情報はほとんどなかったよね?」
「これまでは現地に『耳飾り』の諜報員がいなかったため、盗聴できていなかったのが原因です。『耳飾り』のログに上がってくる以外のところで、事態は着々と進行していたと考えることができます」
「他に何か情報は?」
「海賊勢力は内務省とのパイプがあるような口ぶりです。ただ、まだ確証は得られていません」
ハワードと顔を見合わせる。
「えらいことになったな」
ハワードは顔面蒼白。きっと俺も同じ顔をしている。
「どうする?」
ハワードは腕組みをして足元を睨んでいる。
「……まずはマリリンを呼んで相談かな」
「イヴリンには伝える? どうする?」
「まず方針を決めて、それからだが……。イヴリンにもセーラにも、基本的にはしばらく伝えずにおいた方が良くないか?」
「確かにそうだな」
出発したばかりなのに、出かけるのをやめるとか言い出しかねない。だが、それで事態が好転するわけではない。
ダズベリーには対応策を打ったが、ニールスには間に合わなかったか。
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