死に装束の女
先ほどまでののどかな気分は一気に吹っ飛んで、いきなり傷を負わされてちょっとパニック。慌てて後ろに下がり、太い木の陰に隠れる。
「治療薬は?」とセーラ。
「ここにある」
慌てて取り出して傷にかける。魔法陣がほわっと浮き出して、傷が治る。
死に装束の女はまるで空中を浮遊しているかのようにゆっくりこちらに近づいて、また右手を持ち上げようとしている。
ならばこちらも。
「デモニック・クロー!」
……起動しない。空間系の魔法はダメか。
「フレーム・スピア!」とセーラが攻撃。
火球とレーザー光線の合体技である。火球は女に命中し、白い衣の一部が焦げて10
センチほどの穴が開く。だが、本体にはダメージがない。
光系統の魔法はどうだ?
「エンジェル・ブレイド!」
レーザー光線の攻撃である。
女の白い衣に切れ目が入り、持っていた杖が途中から2つに切断されている。
だが、相変わらず女にはダメージがないように見える。
「なんだありゃあ?」
再び攻撃が来る前に障壁魔法を展開しよう。
「バリアドーム!」
……障壁が展開しない。空間魔法、障壁魔法は禁止されているらしい。
女は陰気な顔で右手を上げ、ゆらり、と揺らす。
再び、斬撃が襲う。
反射的に身体の前に出した右手の甲にザックリと傷。
「あ痛たたたッ」
セーラは持っていた小盾をかざしたため、今回は傷はなかったが、俺たちが身を隠そうとしていた木の太い幹にもザックリと深い傷が入っている。
「デレク! これヤバくない?」と言いつつ、セーラが治療薬を塗ってくれる。
治療薬はもう残りわずか。
「『知恵の指輪』をはめてみるわ!」とセーラ。
指輪をはめてセーラが考えている。
「デレクの光系統や火系統の魔法は起動してるわよね。衣服なんかは焦げてるけど、肝心の本体にダメージが与えられない。どうしてかしら?」
「まるで幽霊だな」
「本体に見えている部分は見せかけで実体がないみたい。きっとどこかにあいつの本体があるのよ」
「でも、どこに?」
「デレク、あいつの周囲をヘル・フレイムで囲って焼き尽くしてよ。本体があのあたりにあるなら有効かも」
「なるほど。じゃあ行くぞ、ヘル・フレイム!」
ブワッと、女の四方八方を灼熱の炎の壁が取り囲む。
「うわ、熱っ」と輻射熱の凄まじさにセーラがつぶやく。
数秒後。炎の壁が消えると、そこには何もない。
「倒した、のかしら?」
恐る恐る近寄ってみると、焼け焦げた草原に高熱で割れた小さな水晶の玉がいくつか転がっている。
「数珠、か」
セーラが言う。
「ジュズって何だか知らないけど、これ、手首に掛けていたネックレスみたいなヤツよね。つまりその水晶や宝玉がさっきの女の本体だったんだと思う」
「なるほど。やっぱり身体に見えていたものは見せかけか」
さらに周囲を探してみると、革の袋が落ちていて、金貨3枚と治療薬、「透明人間」のスクロール、それに「俊敏の指輪」。動体視力と運動能力が通常の3倍になるが、ダンジョンを出ると壊れてしまうらしい。
特に周りの風景が変化することもない。森の中というシチュエーションはまだ継続しているようだ。森の中の道を再び歩き出す。
「さっきのぶよぶよした連中も、今の死んだみたいな女も、結構ピンチだったわね」
「ああ、ヤバかったなあ。力で押すだけじゃダメだった。傷口から血がダラダラ出た時は、うわあ、死ぬかもって思ったよ。ダンジョンだから大丈夫なんだけど」
「人間、血を見ると理性が一部飛んじゃうわよね」
木々が密集していて暗い場所に差し掛かる。
「少し用心しないといけないかも」
そうセーラがいい終わる前に、俺とセーラの間を小さな矢が飛んでいく。
「ヤバい。木の陰から狙われている」
「バリアドーム!」
セーラが指輪の障壁魔法を起動。
再びどこからともなく飛んできた矢が、バリアに阻まれて跳ね飛んでいる。
「障壁を張ってると確かに攻撃は防げるけど、こっちからの攻撃手段も限られるんだ」
「例えば何でなら攻撃ができるの?」
「光系統のエンジェル・アローとか、闇系統のデモニック・クローとか」
「あたしが使える魔法がないわね」
「そもそも、敵が隠れていてどこにいるか分からないから、攻撃ができない」
セーラが思いつく。
「『正鵠の弓』が使えるんじゃない?」
確かに、物陰に隠れている敵も倒せるナイスな魔道具だ。
「しかし、バリアドームの中からは使えないからなあ」
「上から、なら?」
「あ。いいな、それ」
バリアドームを解除して、俺とセーラは飛行魔法でフワフワと上空へ。下からの矢がギリギリ届かないくらいの高度を保って、敵が攻撃してくるのを待つ。
やがて、木々の陰のあちこちから矢が射掛けられてくるが、こちらには届かない。俺とセーラで手分けして、矢が射られたあたりを狙ってこちらから『正鵠の弓』で攻撃。
「ギャ」とかいう叫びがいくつか聞こえた後は、もう静かになる。
飛行魔法を解除して地上に降り立つが攻撃はもうない。
「結局、何が攻撃をしてきたんだろう?」
「分からないけど、他の試練に出てきたっていう、鼻のデカいヤツじゃないかしら」
「その可能性は高いな」
近くに小さな皮袋が落ちていて、「ヒール」の魔法スクロールと金貨4枚。
森の中をしばらく歩いていると、日が暮れてくる。
「もう日暮れ?」
「この階層だけの、いわば演出だと思うけど」
「でも、森の中で日が暮れて真っ暗、というのは少々危険よね?」
「確かに」
しかし、歩けども歩けども、森を抜ける感じがしない。
「これは嫌な予感しかしないわね」
やがて日が暮れてあたりが暗くなると、山の向こうから大きな満月が昇ってくる。
「闇夜でないだけマシか」
「でも足元は照らさないと危ないわよ」
ライト・キャンドルで足元を照らしつつ前に進む。
暗がりの中、大きな木の陰に質素な小屋。
「廃屋?」
「途中にもいくつかあったよねえ」などと話をしていると、小屋の戸が音もなく開く。
足を止め、しばらく用心深く様子を見ていたが何事も起こる気配がない。
ライト・キャンドルで小屋の中を照らすと、誰かが倒れている。
「身なりからすると、猟師のようだけど。ケモノにでも襲われたのかしら?」
ふと気がついてセーラと顔を見合わせる。
「これはヤバい」
急いで小屋から出るが、気づくと、周囲の暗がりからこちらを見る金色の目がいくつもあることに気づく。
「オオカミの群れに囲まれた?」
「周りが暗いと不利だな」
まず、セーラにはさっきゲットした「俊敏の指輪」をしてもらう。
「
空中に、大きな天井灯のような灯りが出現し、周囲を昼間のように照らす。
ただ、それくらいでオオカミたちが退散してくれるはずもなく、茂みから10頭以上が姿を現すとジリジリと間合いを詰めてくる。
一瞬の静寂の後、オオカミたちが一斉に飛びかかってくる。
セーラは驚くほど素早く剣を振るって、1頭、また1頭と倒していく。人間技とは思えない身のこなしである。すごいな、「俊敏の指輪」。
「
俺はエンジェル・アローの弾幕を周囲に向けて撃ちまくる。
ものの数分の戦闘で、オオカミの群れは撃退できた。
「あー。メチャクチャ疲れたわ」とセーラは息が上がっている。
動きが俊敏になる分、数倍の体力が必要になるのだろう。
「さっきの『ヒール』を使おうか?」
ストレージの中を探っていると。
「ぐ」と声がする。
すぐ目の前にいたセーラがゆっくり崩れ落ち、霧になって微かに光って消えて行く。
「え?」
セーラの代わりにそこに立っているのは、さっき小屋で倒れていた男だ。
目が人間とは思えない金色に光って、少し開いた口には鋭い牙が見える。服から出ている手足には獣の毛が密集している。
セーラは戦闘がひと段落して気を抜いたところを後ろから襲われたようだ。
俺はとっさに後ろに飛びのくが、一瞬早く
「うわああああ、……あ?」
気づくと、そこはダンジョンの外である。時間はまだ真っ昼間。
「あら。デレクもやられちゃったの? あたし、背後からいきなり襲われたから何だか分からなかったんだけど」
「あの小屋で倒れてた男、あれが
「え? てっきり死体だと思ってたわ」
「死体が
あたりには誰もいない。ダンジョンののどかな風景が嘘のように、冬の風が寒い。
「オーレリーとアミーはどうしたのかしら?」
イヤーカフで呼んでみると、さっき俺たちも遭遇した死に装束の女にやられ、すでに
「俺たちも帰るか」
「そうね」
「
「フィアニカとは全然違う感じで、楽しかったわ」
泉邸に転移すると、建物の中はやっぱり暖かい。
リズが出迎えてくれる。
「デレクたちはもう少し粘ってくるかと思ってたけど」
「やっぱり初見のモンスターにはどう対応したらいいか分からないから、難しいよ」
オーレリーたちはすっかりくつろいで食事中。
「デレクたちも第4階層でやられたのか?」
「死に装束の女は倒したんだが、あたりが暗くなってから
「でも最初に言っていた『試練』は色々試せたんだろう?」
「ああ、お陰様で今回は収穫が多かったよ」
ゾーイはもうメイド服に着替えて給仕をしている。
「ゾーイも少し休めばいいのに」
「ありがとうございます。でも、あたしたちは早々に
「今回はどうだった?」
「久々に身体を動かして、いい経験でした」
「ゾーイさん、ますますパワーアップしましたもんね」とアミー。
魔法が2系統使えるなんて、考えてみるとちょっと反則級である。
さて、この後のお楽しみは
アギラがこっちの世界に遊びに来られるように設定する約束もあった。また色々忙しいことになりそうだ。
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