ジュリエル会の弁明
翌朝は早朝から馬車に乗ってラカナ市まで。
セーラは途中のどこかで転移して連れて来る予定である。
馬車は俺たちの1台とエドナ、リズの1台、それと護衛が1台。全体を護衛役が乗った馬が先導する。
以前、『ラシエルの使徒』に襲われていることもあって、エドナたちの外出には常に護衛役が付き添っている。
「面倒なことこの上ないんだけどね」
「今日はアルヴァは?」
「さすがに今日の話はアルヴァには退屈だろうから、留守番よ」
弁明のための会合があるのは昼過ぎだそうなので、午前中にラカナ市まで行って、昼食後に公宮に入る予定。
右手にラカナ湖の美しい風景を眺めながら道を行く。
御者をノイシャにお願いしているので、馬車には俺と、アミー、ディアナ。アミーは初めてのラカナ公国の馬車の旅だ。
「何かあったら身を挺してお守りしますよ」
アミーは口ではそう言うものの、旅程自体をすごく楽しんでいる感じが伝わってくる。
「さすがに人里離れた所を通るわけじゃないから、今日は襲われたりしないと思うけど」
「話に聞くブレードウルフの友達を呼んだらどうですか?」
「街中で呼ぶと結構なパニックじゃないかなあ。彼、威圧感あるし」
フェンリルくんには最近連絡を取っていないが、元気かな?
公宮のちょっと手前で馬車を止めてもらって、泉邸にセーラを連れに行く。
「馬車にアミーが乗ってるって、なんか変な感じ」とノイシャ。
「あたしも馬車が操れるようにしようかなあ。そしたらノイシャの代わりにどこへでもデレク様と一緒よね」
「何言ってるのよ。あたしはこれまでの旅行中、デレク様を何度となく守ってきた実績がありますからね」
「ああ、確かに。ノイシャとエメルには助けてもらったよなあ。峠で『ラシエルの使徒』に襲われた時とかは助かったよ」
「でしょう?」
「でも、言っておきたいのは、戦わなくて済むなら逃げるのもひとつの手段、ってことだよ。どんな場合も無傷で切り抜けられるなんて保証はないからね」
「でも、女の子がピンチなら助けるでしょ?」とセーラ。
「まあ、そうかな」
「そういう時はみんなで頑張りましょう」とアミー。
「お、おう」
話を聞いてディアナが笑っている。
公宮に到着。
通用門から入っていくと、ロングヘアーの女官、アルシアさんが対応してくれる。
アルシアさんのお父上、ミルバーグ男爵はゾルトブールの大使館襲撃事件で大変な目にあったのだった。
「お久しぶりです。御父上、御母上はご健勝でしょうか?」
「有難うございます。あの事件のこともありまして、ゾルトブールの大使は引退することになりました。今は所領の屋敷に戻って悠々自適といった所です」
「それは何よりです。よろしくお伝え下さい」
「えっと、こちらは?」
アルシアさんとセーラは初対面だな。
「私の婚約者、聖王国ラヴレース公爵家のセーラです」
「あ。左様でしたか。お噂はかねがね」
セーラも丁寧に挨拶する。
「本日はよろしくお願いします。……あの、せっかくの機会ですので、もし可能でしたら大公陛下にご挨拶申し上げたいのですが」
するとアルシアさん、にっこり笑って言う。
「ええ、了解です。むしろ、公爵家のお嬢様のご来訪がありましたのに大公陛下に申し上げなかったとなれば、私がお叱りを受けかねませんわ」
ふむ。セーラの思惑通りかな。
そんな話をしつつ廊下を歩いて、中庭に面した明るい部屋へ。ここには前、ケイと一緒に来たなあ。あの時はここでお茶など出して頂いたのだが、今日は素通り。そのまま会議室へ通される。
プリムスフェリーの後継についての会議を行った時と同じ会議室である。
中に入るとディケンズ内務大臣が待ち構えている。
「ああ、エドナ殿、デレクくん。わざわざご足労頂き申し訳ない」
エドナが答える。
「いえ、『ジュリエル会』や『ラシエルの使徒』の活動を制限すべしと進言したのは私共ですから、こちらから出向くのは当然のことです。むしろ、機会を設けて頂き、感謝致しております」
「あの、こちらは私の婚約者のラヴレース公爵家のセーラです」
「セーラです。よろしくお願い致します」
「これはこれは。デレクくんは先日、短い滞在期間にも関わらずラカナ公国に対して多大なる貢献をして頂きましてね。今後の活躍にも大いに期待しているというわけです」
ディケンズ氏、俺の方へ近づいてくる。何かニヤニヤしている。
「デレクくん」
「は、はい?」
「名誉騎士になったのが急だったから、勲章の用意ができていなくてね。やっと出来上がったので、どうか受け取って欲しい」
「はい。有難うございます」
「本来は大公陛下から、名誉騎士号の授与とともに贈られるものだが、称号の授与に相当するのはこないだやっちゃったからさ。ちょっと変則的で申し訳ないけど」
ディケンズ氏がアルシアさんに合図すると、アルシアさん、
ディケンズ氏が箱を開けると、縦横6センチくらいの銀色の勲章。
「これから公宮に来る際には必ず着用して欲しい。それと、ラカナ公国の騎士の制服も用意しておいたから、次からはそれで、ね」
「ありがとうございます。これからも……」
必死に挨拶を考えて喋り始めたら、ディケンズ氏、右手で俺を押し止めるようなジェスチャーをして言う。
「あ、堅苦しいのはいいから。これはほら、この前間に合わなくて抜かしちゃった部分というだけのことで、大公陛下へのお礼は称号の授与の時にもうしてるからいいよ」
そりゃそうかもしれないが、あっさりしすぎ。
エドナはニコニコして見ている。
「よかったわねえ、デレク。これでいつでも公宮に出入り自由ね」
「あまりそんな用事はない方がいいんですけど」
そのやり取りが終わったところで、俺達の座った席の向かい側の扉が開いて、黒いローブを羽織った団体がぞろぞろ、というよりしずしずと入ってきた。ローブの下に赤い服を着ているようだ。まさに『ジュリエル会』の衣装だ。
ジュリエル会側の出席は8名。男女それぞれ4名だが、年齢構成はバラバラ。
アミーとディアナは護衛役という名目なので、着席している俺達の背後の壁際に立っている。さらに俺とクラリスはイヤーカフで話が通じるようにしてある。
全員が着席したのを見計らってディケンズ氏が合図すると、会議室の奥の扉が開き、大公陛下が入室。これに合わせて全員が起立して一礼。
大公陛下、着席して全員を見回しながら言う。
「うむ。本日は、国内にて行動制限の対象となっている団体、『ジュリエル会』が活動内容に関する弁明を行うこととなっている。ではまず、大臣。出席者の紹介を頼む」
「はい。では私、内務大臣のアーネスト・ディケンズから出席者の紹介を致します。まず、ジュリエル会側からは大導師のイリス・シェリダン氏」
シェリダン氏は40歳くらいの女性。黒髪に白髪交じり、小柄ながら威厳を感じさせる。大導師というのは、トップクラスの偉いポストなのでは?
「そして、導師のハンスロウ・ランズウッド氏」
ランズウッド氏はやはり40歳くらいのこちらは男性。表情が穏やかで口元にひげを蓄えている。少し額が広い。
「さらに、ラカナ公国のジュリエル会支部長でもある信徒団団長のエンリケ・マインズボウ氏、……護衛としてダニエラ・ホルスト氏。以上8名です」
最後のダニエラという女性は20歳そこそこという感じ。栗色の髪をボブにしており、端正な顔立ちが印象的な美人。だが、隙のない身のこなしからタダモノではない感じが伝わってくる。多分、大導師の護衛で本部から来たのだろう。
こちら側の出席者の紹介。セーラが紹介されると、大公陛下は「おや?」というような顔をしてこちらを見る。ふむ。
あとは、ラカナ公国の内務省の関係者、教会関係者、警ら隊と騎士隊の関係者が数人ずつといったところ。
ようやく本題に入る。ディケンズ氏が立ち上がって口火を切る。
「まず、『ジュリエル会』および『ラシエルの使徒』なる団体が行動規制の対象となった経緯について説明致します。ラカナ公国の有力な貴族であるプリムスフェリー伯爵家の後継者であったバートラム氏が、9年前になりますが、『ラシエルの使徒』の信徒を名乗る人物に命を狙われるという事件が発生しました。この時は幸いにもバートラム氏には怪我などはなかったのですが、氏はその10日後に不慮の事故でご逝去されております。襲撃事件との関係は不明です」
公式には不明だろうが、『報復の指輪』が使われたことがバートラムの死の原因であろうとエドナが証言している。
「次に、昨年の10月のことですが、ザグクリフ峠にてプリムスフェリー家当主のアルヴァ卿、およびここにおられるエドナ殿御一行の車列が、これも『ラシエルの使徒』の一味、二十数名に襲撃されるという事件が起きております。これまた幸いなことに襲撃犯はその場で討ち取られ、事なきを得ております」
うんうん、そうだったなあ。あの時はフェンリルくんが大活躍だった。
ディケンズ氏がさらに続ける。
「かような重大事件を起こしている『ラシエルの使徒』でありますが、さらに、国内において奴隷魔法を利用して労働者を不当に使役していたカルワース元男爵とのつながりも指摘されるなど、その動きは看過できぬものがあり、国内での行動規制の対象となったものであります」
ディケンズ氏、ここで少し息を整える。
「さて、『ジュリエル会』についてであります。『ジュリエル会』は『ラシエルの使徒』のようにあからさまな犯罪行為をはたらいているという事実は確認されていないものの、国内外で『ラシエルの使徒』とのいざこざでありますとか、乱闘騒ぎなどを起こしているという報告があります。両団体ともその活動の目的は公になっておりませんが、捕縛された『ラシエルの使徒』の構成員から事情を聴取したところによれば、どちらの団体も似たような目的のもとに活動しているものの、その実現方法でありますとか、教義、もしくは行動規範に相容れぬものがあり、対立しているのである、とのことでありました。活動の目的が明らかではなく、危険性を排除できない以上、『ジュリエル会』も『ラシエルの使徒』と同様に行動規制の対象とすべきである、というのが現時点での内務省の判断であります」
大公陛下、深くうなずいて言う。
「うむ。大臣、ご苦労。ではこれに関して、『ジュリエル会』側からの弁明を聞こうではないか。まず、この団体は何を目的として活動しているのか、というあたりからだろうな」
さあ、いよいよ『ジュリエル会』側の弁明が始まる。
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