再挑戦、ユフィフ峠
午前中はちょっと思いついて、ダルーハンで買ってきた魔道具の使い道を追求する。
まずは『
一方の『
考えたが、ちょっと保留。
次に『精霊のランプ』について調べてみる。例の、役に立つのかどうか分からないアドバイスをくれる炎の精霊が出るやつ。
プログラムは探し出してあったのだが、今日は精霊の動きをどうやって表現しているのか、という点を調べたい。あのインタフェースは何かに役立ちそうだ。
予想では何通りかのポーズと、あとは適当に口パクのパターンがあってそれに従って立体映像を出しているのかと思っていたのだが、そうじゃなかった。空中をふわふわ漂う精霊がどんな身体の動きをするのか、すべてモデル化されているらしい。それに人工知能ほどではないが知的な制御ソフトが連動していて、メッセージの内容に合わせて仕草や表情を変えている。
これ、すごいなあ。
立体映像を見せているテクノロジーはどうせ分からないので、精霊の大きさや色を変えて遊んでみる。色は基本的に単色か、炎が燃えているようなテクスチャの表現ができる。テクスチャとしては炎のほかに水、霧、砂なんかがライブラリにあった。
驚くべきことに、精霊の身体はスケーラブルに表現されているみたいだ。つまり、拡大してもドットが粗くなったりしない。顔は比較的シンプルで表情が分かる程度だが、何となく美人に感じる。
精霊を等身大で表示してみると、それなりに迫力があるし、腰つきなんかもセクシー。残念ながら映像なので触ることはできない。
……ということは、人間とか動物とかの動作を再現するモデルも存在するのでは?
探してみると、ありました。人間の男女、子供。それから犬、ネコ、馬。
精霊の代わりに成人男性を指定すると、空は飛ばなくなる代わりに、燃え盛る男がそのあたりをウロウロしながらお説教をしてくれる。
「いいか。人間、辛抱が大切だ。辛抱のない人間は信頼もしてもらえないぞ」
はいはい。
馬を指定してみた。10センチくらいの馬が出てきて、パカパカと歩き回りながら喋る。
「腹が立ったときは、その嫌なことを紙に書き出して切り刻むといいらしいわよ」
へえ。
これはあらかじめ用意されているテキストを再生しているわけだが、別なテキストを読ませたり、音声を送り込むこともできるみたいだ。
その場で表示するんじゃなくて、どこか離れた場所に出すことはできないかな? 俺の代わりに燃える男が現れて何かの熱いメッセージを伝える、的な?
調べてみると、ランプに仕込まれた魔石を原点にするか、魔法を起動した術士の眼の前でしか表示できないらしい。うーん。もうちょっと検討が必要かなあ。
午前中はこんな感じで、久しぶりに一人で楽しく過ごす。
昼ご飯を食べながら考える。
今日は天気も良さそうなので、ユフィフ峠に再び挑みたい。
当然だが、全行程を踏破するつもりはなくて、『
ジャスティナに聞いてみる。
「はいっ! もちろんです!」
そう答えるなり、着替えるためにすっ飛んで行った。
さてさて。俺も準備をして。
この前到達したあたりに二人で転移。
「天気はいいけど風が強いですね」
ジャスティナは黒いパンツルック、いつものベージュ色のコート、さらに毛皮のマフラーをしている。足元は丈夫そうなブーツである。
「やっぱり寒いなあ」
「あれ? 相変わらずダサい服装ですけど、そのマフラーはどうしたんです?」
「うん、これはリズからのプレゼント」
「うわ、やるなあ、リズさん」
「エメルに習ったらしいよ」
「ほほう、となると、エメルも何か編んでるんじゃないですかね。あたしも編み物とかしようかなあ」
「気持ちは有り難いが、マフラーはそんなに何本もいらないよ」
「とりあえず、そのダサい服はやめませんか」
「この前ダサいと言われた服は処分したんだけどなあ」
ちょっと歩いては『
それでも、見通しのきかない谷沿いの道などは歩いて進むしかないので、結構な時間がかかる。そして、足元に注意しながら岩だらけの道を長時間歩き続けるのはしんどい。
「こりゃキツいなあ」
「ちょっと休みませんか?」
道端の岩に腰掛けて一休み。周囲は見上げるような巨木が繁っていて、昼間なのに薄暗い。
「誰も通らないなあ」
「街道じゃなくて単なる山道ですからねえ。……お水頂けますか?」
「あ、はいはい」とコップを取り出してウォーター・ボールの水を満たす。
「はー! 生き返るぅ」
「実際に道を通すとしたらかなり大変だなあ」
「今登ってきた道なんて、傾斜からしたら絶対馬車なんか通れないですよね」
「うん、だからまず最初にこのあたりの地形をきちんと調査して、その上で回り道を作るとか、必要に応じて谷に橋をかけたり、ここぞという場所を切り通しやトンネルにしたりするわけさ」
「大変ですねえ」
「下手をすると、我々が生きている間には開通しないかもしれないぞ」
「えー」
しばらくしたら隣に座っていたジャスティナがすくっと立ち上がる。
「ちょっとおトイレです」
「スライムに気をつけろよ」
「冬には滅多に出ませんから大丈夫ですよ」
なるほど。そうなのか。
ジャスティナは道を歩く時、それはもう嬉しそうに手を繋いだり、腕を組んでくる。自他ともに認める押しに弱いデレクくんがそれを拒むことなどはないのだが、ちょっとモヤモヤはする。
見晴らしのいい岩場に出た。
「うわあ! いい景色ですよ、デレク様」
振り返って周りを見渡すと、今まで登ってきた山道からずっと下の集落、それからさらに下の原生林、遠くに流れていく川も見える。北の方向には雪をかぶった山々が連なっている。森の上をゆっくりと動いていく雲。さえぎるもののない大パノラマってやつだ。
「はー。景色と空気だけはいいなあ」
「ここが峠ですかね?」
「どうなんだろう? 休憩ついでに、『
日当たりのいい岩の上に身体を横たえて感覚共有を試みる。カラスさえいれば、ドローンで空撮するように俯瞰できるのだが。
……なかなか感覚共有に成功しない。こんな山奥にカラスはいないのかな?
すると、かなり上空から下を見下ろすイメージが。
「あれ? もしかしたら」
と思う間もなく、頭の中にメッセージがやって来る。
「おや。珍しいな。人間か」
どうやら、ドラゴンである。
「私はデレクと申します。名前をお聞きしてもよろしいですか」
「ワシはイメシェク。そうか、お主が魔法システムの管理者のデレクか」
あれ? ドラゴンに知られているっぽい。
「イメシェク、こんにちは」と、ジャスティナが呼びかける念が声として聞こえる。
「なんだ、ジャスティナも一緒か」
視覚を共有しているのでイメシェクと名乗るドラゴンが何を見ているのかは分かる。今、どこかの山の頂に止まって下を見下ろしている。数千メートルはあろうかという山の周囲には、冠雪した峰々とたなびく雲が360度のパノラマで見える。すごい絶景なのだが、見ているだけで寒い。
「今、お主たちがいるあたりを見下ろす山のてっぺんにいるが、ちょっと待て、近くまで行こう」
イメシェクは山頂から飛び降りると、物凄いスピードで山肌を滑空して下っていく。
うひゃー! ちょっとちょっと。
怖い! 怖い! 怖い! 怖い!
そして、かなり下ってから大きな岩の上にぶわっと舞い降りた。ふー。やれやれ。
……あ、俺の上にジャスティナが覆いかぶさっているのが見える。そして柔らかい唇が触れる感触。
「ちょ、ジャスティナ」
「こんなチャンスは滅多にありませんから、ちょっとキスの練習をしてみました」
「一応俺の部下なんだから自重しようよ。しかも練習って何?」
「一般論というやつで言うなら、まずは手を繋いで、次の段階はキス。さらに……」
「あのな」
脳内でイメシェクの声がする。
「なるほど、ジャスティナはデレクの子供が欲しいのか?」
「ぶっちゃけて言えばね」とジャスティナの声。
おいおい、ちょっと待てよ。
「ワシはこの者に少し話がある。しばらく意識を縛っておくから、ジャスティナはやりたいことをすればいい」
「え! ほんとに? やったあ!」
「やったあ、じゃないっつーの」
感覚共有を切ろうとしたが、あれ? 切れない。あれれ? 身体も自由に動かせないんだけど。『意識を縛っておく』って何?
俺がいささか焦っているのに構わず、イメシェクが言う。
「少し話をしないか、デレク。実はお主に頼みたいことがあるのだ」
確かに、オフニール湖で出会ったウゴルゴといい、ザグクリフ峠で出会ったエメギドといい、大した話もせずにどこかへ飛んでいってしまったからな。ドラゴンが話をしてくれるというなら是非相手をしたい。
しかし、ドラゴンが人間に頼みたいことって何だろうな?
身体からは別な感覚が伝わってくる。ちょっと待て。ジャスティナ。うら若い乙女がそんな、直接、あの。
「うわぁ。すごいですね、デレク様」
イメシェクがさらに言う。
「デレクよ、お主もジャスティナのことは好いておるではないか。遠慮せずにもっと親密にすればよいのに」
「げ! 心を読まないで欲しいんだけど」
「きゃ! そうなんですか、デレク様!」
「今日は天気もいいし、いいんじゃないか?」とイメシェク。
天気、関係あるの? ……え? え?
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