選手権

 翌日は曇り。北の空を見ると、黒い雲が厚くかかって山も見えない。国境の方は雨だろうなあ。


 午前中はまず、トレーニングルームでストレッチをしたり、警備員のエドセルと組み合って汗を流したり。

 そろそろ上がろうかと思っていたら、エドセルと入れ違いにトレーニングウェアでやって来たのはアミー。黒髪を伸ばしていたが、最近ボブにしたらしい。

「あ。デレク様。珍しいですね。最近サボってたでしょ?」

「いやー、そんなことは決してないぞ。アミーこそ、トレーニングしてる姿を見かけた記憶がないんだが」


 そこへエメルもやって来る。

「あれ。エメル、おヘソ出てるね」とアミー。

「今日はストレッチだけのつもりだからいいかなって。デレク様がいるとは思わなかったですよ」

「ほーら。やっぱりみんなデレク様は滅多にいないって思ってるんですよ?」

 ぐぬぬ。


「せっかくだから、あたしと組んでみようよ」とアミーがエメルに提案している。


 2人が柔軟体操をしている間に聞いてみる。

「2人は同い年だよね?」

「でも、エメルの方が年上です。あたしの方が若いですよ」

「何よ、2ヶ月くらい違うだけじゃん」


 さらにそこへジャスティナが登場。

「あれ? 今日は人がいっぱいだなあ」

 するとアミーがとんでもないことを言いだす。

「これから、デレク様と一緒にお風呂に入る権利を賭けて体術のプチ・トーナメントをするのよ」

「え! そうなの?」とジャスティナが超うれしそう。

「そうそう。実はそうなのよ」と調子を合わせるエメル。


「こらこら、そんな話は……」

「まず1回戦!」

 いきなりアミー vs. エメル戦が開始される。


 まずはアミーが頭を下げて、エメルの右足を取ろうとして突っ込む。エメルは素早く避けると逆にアミーの身体を捕まえようとする。アミーがするっと逃げて、エメルの腕を掴んで反動で投げ技に行こうとするが、逆に身体ごと潰されてしまう。勝負あったか、と思ったがアミーが驚異的な粘りでエメルをひっくり返して、そのまま関節技に持ち込んで勝利。

「よしっ!」とアミーがガッツポーズ。

「あー。堪えきれなかったなあ」とがっくりするエメル。


「この後はどうなるの?」とジャスティナがワクワクして聞いている。

「ええっとねえ、敗者復活でエメルとジャスティナが戦って、その勝者とあたしが戦うってのでどうかしら」とアミー。

「よーし、それでいいよ」と雪辱に燃えるエメル。


「あのー、お風呂とかいう話……」

「さあ、敗者復活戦!」

「人の話を聞けよ」


 俺の言葉を聞く気もなく、さっそく開始される第2戦。

 エメルは善戦するものの、2試合連続はさすがにキツいらしく、今度は比較的簡単にジャスティナに投げ技を決められてひっくり返ってしまう。

「あー。やられた。しまったなあ」

 ひっくり返ったままのエメルの肢体がとても色っぽいんですけど。


「ふふふ、さあ、同い年対戦の優勝をかけて、決勝戦だ!」


 あ、この3人は同い年なのか、などと思う間もなく、決勝戦。元気だなあ。


「胸ばかりでかい2人にはやられないわよ」とアミー。

「そんなことを言っているうちは到底勝てないと知りなさい」と売り言葉に買い言葉。


 連続して戦うジャスティナが不利かと思ったが、エメル戦があっけなく終わったのでジャスティナには余裕があるようだ。

 両者、互いの肩に頭を付けて組み合って主導権を争っている。

 結構いい試合になりそう、と思った瞬間。


 誰かにバックを取られて綺麗に投げ技を決められてしまうのは、俺。


「あれ?」

「ふふふ。デレク様、油断しすぎ」とエメル。

「ちょ、ひ、卑怯じゃない?」

「敵はそんなこと言って待ってくれませんよ。ほーら」

「ちょ、耳に息をかけないで……」

 寝技を決められてしまって動けない俺。うーん。


 しばらくしたら、アミーとジャスティナがやって来る。

「エメルったら何してんのよ」

「もちろん、体術の稽古よ。で、誰が優勝?」

「ふふふ。第1回、デレク様お風呂選手権の優勝者はあ・た・し」とアミーが勝ち誇る。

「そんな選手権はありません」

「あれー。いまさらそんなこと言います?」

「あのねえ、君たちねえ」

「あ、こんな所に無防備なナニかがある」とジャスティナが悪ノリする。

「ああああっ! エメルっ! ちょっと技を解いてくれないか?」

 じたばたしてもびくともしない。

「ちょっと何言ってるか聞こえませんでした」

「ツメの先でいじるのやめて」

「お風呂」

「あー、もう分かったから」

「やったあ」


 やっと解放される。

「あのさあ、一応俺の屋敷の使用人なんだからさあ」

「もちろん、デレク様に身も心も捧げる覚悟ですけどぉ」とエメル。

「なんか俺、都合よく使われてないかな?」

「さーて。リズさんに言って、お風呂を張ってもらおうっと」

 ウキウキしながら出ていくアミー。


「はー」とため息をつきながら屋敷に戻ると、リズがニヤニヤして待っている。

「お風呂選手権だって?」

「俺が言い出したわけじゃなくてだね……」

「いいじゃん。でも、アミーと2人だけってのは不安というか、セーラに怒られそうだからあたしも一緒ね」

「……はあ」


 午前中だけで、がっつり疲れてしまう。



 昼食をメイドたちと食べながら、午前中の選手権の総括をさせられたり。

「えー。あたしも参加したかったんですけど」とノイシャ。

 実は体術では、ケイに鍛えられていたノイシャがかなり強いらしい。


「デレク様。あたしがいないのを見計らって開催したんじゃないでしょうね」

「開催したのは俺じゃないって」


 もちろん、第2回お風呂選手権の開催は無期限延期。


 午後、フェオドラが絵のレッスンにやって来る。

 最初の方だけ様子を見させてもらって、その後は書斎で仕事。


 まず、出版社に渡りを付ける件で『街猫』の作者、ヒルダ・ヒュースヴィルに手紙を書く。前回ほど切迫した話ではないので直接尋ねるのは控えようと考えたのだ。デームスールで購入した小説も数冊送り、ドゥードヴィル出版社で外国の小説を出版する可能性があるかを聞いてみることにした。

 数日もしたら何か反応があるかな?


 それと関連して、著作権関係を扱っているらしい法務省にもレイモンド商会の名前で問い合わせを行う。外国の出版物を国内で販売する場合に行わなければならない申請などがあるかどうか、および著作権を侵害する商品、つまり海賊版を発見した場合の処置などに関してである。これらには明確な法令が存在はしないらしいが、現時点での法務省の見解を聞いておくのは無駄ではないだろう。

 ただ、こちらはお役所相手なので、いつ返事が来るのかはまったく見通せない。



 夕食後、『耳飾り』の情報をチェック。


 まずは、エスファーデン王国がゾルトブールの王都であるウマルヤードに送り込んでいる諜報員。


 【ウマルヤード監視】 Y8qbb3T6

  ▲: ダルーハンでは、王家派と反王家派が軍事的に衝突している。

  ▽: 内乱の可能性は低いはずだったのでは?

  ▲: 反王家派が武力をもって王家を倒すと宣言した。

  ▽: 特務部隊に何か指示は?

  ▲: 特段なし。作戦を続行せよ。


 内乱? エスファーデンでは次の王様が決まらないどころではなくて内乱だって? 王家派の方が優勢とか言ってなかったか? どうなってんだ?

 特務部隊の作戦って、『エインズワースの交友録』の原本を入手することらしいが、すでに俺が確保しているからこれ以上の探索は無駄じゃないか? それとも作戦を中止する命令を出す人がいないのか。


 次はガッタム家の諜報員。マミナクからウマルヤードへ行けと言われたり、エスファーデンのダルーハンへ向かえと言われたり、大変な人。


【マミナク監視】 j9S5ugAo

  ▽: やっとマミナクに戻ってきた。これからダルーハンへ向かう予定。

  ▲: ダルーハンでは王家派と反王家派が軍事的に衝突している。

  ▽: そんな状況でダルーハンに入って大丈夫か?

  ▲: 王家の家臣を紹介するのでそこの職務に就いて欲しい。


 次は、ガッタム家がミドマスに配置したらしい新しい諜報員。


 【ミドマス監視】 ue1r0NdE

  ▽: 指示通りに拠点を作りつつある。

  ▲: 人員は確保できているか?

  ▽: 普通の会社組織としてスタッフも順調に集まりつつある。

  ▲: 了解。

  ▽: 資金がもっと必要だ。

  ▲: 上に報告しておく。


 ミドマスに何かの拠点を作っているらしいが、普通の会社組織に偽装しているということだろうか。もう少し情報が欲しいが、要注意だな。


 次は、ダンスター男爵の側近とスートレリア島の間の通信。大半は議会の準備のための事務的な話だったが、こんなやりとりがあった。


 【ダンスター側近】 2Ue5w9Ci

  ▽: 例の文書は手掛かりもない。

  ▲: もう探索はやめてよい。女王陛下が別な案を検討しておられる。

  ▽: 了解。


 別の案?

 先日、側近のノッケン氏から直接聞きだしたのは、古文書から魔王の出現に関する何かしらを調べたいということだったが。……メローナ女王陛下は『理解』のスキル持ちエクストリらしいから、深い考えがあるのだろうか? よく分からんなあ。



 え? アミーとお風呂はどうだったかって?


「アミーはいいプロポーションだねえ。筋肉が綺麗。この腹筋なんてすごくない? ほら、デレクも見て見て。ねえ、ちょっと触っていい?」とリズ。

「リズさんこそ、後ろから見たら、襲いたくなっちゃうような腰ですよね」

「そう? あ。アミーも太ももがすごくいいわね。デレクはおしりから太ももが大好物だから……。ちょっとおしりを突き出してみてよ。ほら、ここのラインを強調した服がいいわよ、ね、デレクもそう思うでしょ?」


 そんな会話を聞きながら湯船で平常心を保つ修行をしてきましたけど、何か?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る