秘密のエクスタシー

 昼食を食べ終わって、マリリンは約束があるからと帰っていった。


 リズが思い出す。

「あ、そうだ。ナタリーに色々教えてあげないと」

「確かに。リズ、ナタリーが忙しくしてなかったら呼んできてよ」


 リズは間もなくナタリーを連れて戻ってきた。

「じゃあ、ナタリーを魔法システム管理室という所に連れて行くね。怖いことはないので安心して」


 俺とナタリーで転移ポッドに入り、管理室へ。

「あ? あれ?」

 ナタリーは見知らぬ空間にいきなり連れてこられて戸惑っている。続いてリズとセーラがやって来た。


「ようこそ。ここが、世界の魔法を管理している部屋なんだ」


「……本当なんですか?」

「ガパックの宿で、ナタリーが『懲罰パニッシュ』で失神している間に、ここに転移して奴隷魔法を削除したんだよ」

「そう、なんですか……」

 あっけにとられているナタリー。


「そんなこともするけどね、いつもはここでリズとこっそりイチャイチャしてるみたいなんだ」とセーラ。

「えー、セーラもお風呂に入れてあげてるじゃん」

「うふふ、また一緒にね」


「今のが転移魔法で、この管理室のほか、俺が行ったことのある場所なら、例えばウマルヤードでもスールシティでも行くことができる。ただ、転移魔法を使えるのは俺かリズだけなので、ここには俺と一緒か、リズと一緒でないと来ることができないんだ」

「どこにでも、ですか」

「そう。他の人に知られると世の中が大混乱になると思うので、絶対に秘密でお願い」

「それはもちろんです」


「さて、とりあえずナタリーをドアに登録しないとね」

 例によってリズが壁に向かってポチポチとインタフェースを操作。ナタリーが両手をドアにタッチするとポピッと音がして登録完了。


「そのノブを押し下げて引けば開くよ」

 恐る恐るドアをあけるナタリー。


「真剣な表情のナタリーの横顔は綺麗だなあ、ってデレクは絶対思ってるでしょ」とセーラ。

「え、あの。人の心を読むなよぉ」

「まあいいよ、ナタリーは可愛いからしょうがないよねえ」


 廊下に出ると自動的に照明がついて、白い廊下。

 全員が廊下に出るとドアは自然に閉まる。ナタリーがドアに貼られているプレートに気づく。


『リズとデレクのお部屋』


「あら?」

「うわあ」


 しまった。まだこのままだったか。

 セーラも呆れている。

「まだ直してないの?」

「えー。直さなくてもいいじゃん」とリズ。既得権益ってやつか?


 まず、トイレと風呂、そして洗濯乾燥機を見せる。

「この機械がお洗濯をしてくれるんですか?」と半信半疑なナタリー。

「そうそう。この機械こそが、デレクとセーラの仲をとりもったわけよ」

「リズ、それは言い過ぎ」


「そしてこれがお風呂ね」

「うわ……」

「あとであたしが連れてきてあげるから」とリズはウキウキしている様子。


 次に食堂。

「これが水道でいつでも水が出るよ。これは冷蔵庫。食材を長く保存できるし、食べ残しをここに入れておけば次の日くらいまでは大丈夫。氷も作れるし。で、これが電子レンジ。火を使わないで食べ物を温めることができるんだ」

 得意になって色々説明するリズ。


「でも、料理が上手になるわけじゃなくて、あくまでも補助だよな」

「あ! デレクはあたしが料理ができないままだと思ってるでしょ?」と口を尖らせるリズ。

「えっと、何かできるようになったんだっけ?」

「ふふふ。最初はマッシュポテトから始めたわけだけど、段々とステップアップして、チャーハンやホットケーキは言うまでもなく、最近はパスタソースにも挑戦しているってわけなんだよ?」

「ほほう」

 それでもまあ進歩はしているみたいだな。

「辛いソースは作らなくていいからな」

「この前作ったら、子供たちが半泣きで困ったのは秘密」

「おいおい」


 そんな話をしている間にも、ナタリーは水道から水が出たり、ガスコンロで火がついたりするのを試してみている。


「普段の料理はジョリーやケイトがやってくれるから、ここの設備の出番は最近はあまりないけど、でも時々はここで秘密のお茶会をしたりするから。時々エドナとかも来ることがあるんだよ」

「そうなんですか。不思議なものばかりですね」


「ちょうどいいわ。お湯を沸かしてコーヒーを淹れない?」とセーラ。

「じゃあ、あたし、ちょっとキッチンに行ってクッキーをもらってくるよ」


 セーラがナタリーと一緒にコーヒーの準備をしている間にリズが戻ってくる。

「ちょっと湿気ってるけど、レンジでチンしたらきっとオッケー」


 コーヒーも準備ができて、温めてサックリ感が戻ったクッキーでお茶会。

「ここ何日も馬車に乗ってたから、こうやってゆったりとお茶をするのはいいねえ」


 ナタリーが真面目な顔をして尋ねる。

「デレク様は、魔法を使って世界の悪と戦うようなことをされているんですか」

 セーラが吹き出す。

「ぷはっ! あははは。いや、そんな大それたアレじゃないわよねえ」


「えっと、確かにそんな世界中の正義を背負って立つようなことをしているつもりはないけど、そうだなあ、例えば露天風呂に行って酷い目にあってる女の子に出会ったら助けるじゃない。そんなことをやっているうちに、段々と大きな悪の組織みたいなのが見えてきてね。ウチのメイドたちやセーラと一緒に麻薬農園を潰すくらいのことはするんだけど、正面からまともに戦うには大きい相手なので、こっちの正体は隠して色々動いているという感じだね」


「じゃあ、シャデリ男爵の、私の仲間だった侍女やメイドを助けて頂いたのもデレク様なのですね?」

「あ、そうか。はっきり言ったことはなかったよね。うん、そうだよ」


 するとナタリー、立ち上がって深々とお辞儀をする。

「本当に有難うございました。私の仲間たちの命が救われました。シャデリ男爵家の名誉も回復されました。お礼の言葉もありません」


「あ、いやいや、シャデリ男爵の所で働いていた人を助けたいと思っていたのは本当なんだけど、内乱が始まったりして行方がつかめなくてね。ダンスター男爵の奥さんのリリアナさんを助けに行ったら他の人たちも同じところで捕まっていたというのが実際の所なんだ」

「経緯はともかく、実際に救出して頂いたわけですから」

 そう言いつつ、ナタリーは少し涙ぐんでいる。


「でね、世界中の悪と戦うとか言い出したらキリがないわけだよ。今この瞬間も、世界のどこかで酷い目に遭っている人はいるだろうけど、そういう人をわざわざ探し出して助けるのはちょっと違うかなあ、と」

「違う、というのは?」


「人間が生活していれば、自然と良いことも悪いことも起きるわけだけど、問題があったら基本的には当事者とか周りの人たちが解決するべきだと思うんだ。例えば知人が仲裁に入るとか、警ら隊が悪人を捕まえるとか。それが社会の健全な姿じゃないかな。圧倒的な魔法の力で解決するのは、その時はいいけど長い目で見たらどうだろう?」


 するとセーラが言う。

「デレク。正論だけど、でも一方では、デレクが積極的に介入しない言い訳にも聞こえるわよ」

「あー。それはある一面でその通りなんだけどさ」

「デレクは別に神様でもないし、仕事でやってるわけでもないから、魔法を悪いことに使って人に迷惑をかけないなら基本的にはいいと思うけど」


 リズがぼそっと言う。

「まあ、パンツが見えるのは不可抗力だしね」

 セーラもニヤニヤしながら言う。

「そうね。ネコの視線の先でアレを始めちゃう人がいても、まあ仕方ないわよね」


 ナタリーは少し戸惑っている。

「パンツ? ネコ、って何ですか」


「遠くの町の様子なんかを見聞きできる『遠隔隠密リモートスニーカー』という魔法があって、それはその場にいるネコやカラスと視点を共有するんだ。だから、時々意図しないものが見えたりとか……」


 セーラが提案。

「魔法が使えない人にも、遠くの町の様子を見せたりはできるんでしょ? ナタリーに見せてあげたらどう?」

 すると、隣にすわっていたリズがセーラの耳元で何かをひそひそと喋っている。

「え? そうなの? ……ケイがそう言ってた?」


 セーラ、ちょっと考えてからこう言う。

「デレク、あたしに遠くの町の様子を見せるのはできる?」

「え? セーラは魔法が使えるんだから自分で見に行けるよね?」

「まあいいから、やってみてよ。あ、カラスの視点でお願い」


 というわけで、指輪をはめた手をセーラの頭につけて、『遠隔隠密リモートスニーカー』を起動。セーラは目を閉じている。

「あ。これはダルーハンの街ね。相変わらず兵隊みたいなのがウロウロしてるわね」

「それ、上から見てる?」

「ええ、どうも王宮の塔の上のカラスらしいけど。……あ、飛び立ったわ。うわあ、急降下して……中庭の木に止まったわね。窓から中が見えるけど、……役人らしいのが何人か集まってるのが見えるわ」

「あれ。それだけ?」とリズ。

「ええ、自分で見に行くのと変わらないわね」

「へー」

 リズは何か予想外といった風だが、何だろう?


「じゃあ、ナタリーにやってみたらどうかしら」とセーラ。

「おねがいします」とナタリーは期待に満ちた目でこっちを見る。うは。美人だなあ。

「目をつむってみてね」


 同じように指輪を付けた手をナタリーの頭につけて、『遠隔隠密リモートスニーカー』を起動。

「あ、不思議。どこかの中庭の木の上ですね」

 どうやらさっきと同じカラスだ。

「高い所から見下ろすのって不思議な感じですね。あら。回廊を綺麗な服の女の人が通ります。侍女を数人従えていますね」

 王妃かな?


「あ、カラスが飛び立ちます。……バサバサって羽の音も聞こえますね。今度は屋根の上です。……あ、飛び降りました。……あ! あ! ああああああ。きゃああああ」

 ナタリーは俺にしがみつく。

「あ、ああ。また塔の上に来ました。うわ、さっきよりずっと高い……。あああっ! きゃあああ! あっ、あっ、あっ、あっ、あああああ」

 おれにしがみつきながらナタリーは身体をビクビクと痙攣させる。

「あ。ごめん」

 魔法をキャンセル。


 ナタリーは俺にしがみついたまま、ちょっと涙目で見上げて言う。

「デレク様。これ……です」

 ちょっと言葉になってない。

「は?」


 リズが言う。

「つまりね、その種の行為で得られるのと同じ快感が来るのよ、どうも」

「はあ?」


「ケイがあたしには教えてくれたんだけど、恥ずかしいからデレクには言わないでって言ってたのね。で、エメルもノイシャも同じだったでしょ?」

「あ。確かに。……メロディもだったな」


「でもほら、デレクはそういう経験が乏しいから」

「はう」


「で、セーラで実験しても何ともなかったから、多分、魔法を使えない人の脳に感覚共有の情報を外から与えると、脳内のそういう神経が感応するんじゃないかしら」

「へー」


「デレク……。気づかなかったとはいえ、何人もの女の子とそんなことをしていたことになるわねえ」とセーラ。

「そうだねえ……」


 あ。以前、リズが言っていたな。

「洗濯がどうこうって……」

「そういうことを口に出して言っちゃう男の子は嫌われると思います」

「ごめん」


 あ。これまで女の子相手だったが、男だったらさらにまずいことになっていたのか?

 ……と思ったが言わないでおく。


 気がつくと、ナタリーはまだ俺に抱きついて余韻に浸るようにうっとりしている。

「デレク様。これからもお願いします」

 消え入るような、そして色っぽい声でささやくナタリー。

「え……」

 俺を見上げる潤んだ瞳が超絶色っぽい。


 セーラが難しい顔でこっちを見ている。

 これまで暇な時にはエメル、ノイシャ、ケイを相手にさんざんやってました、とは言えないなあ。


「しかも、魔法が使えるあたしには効果がないっていうのが余計に腹立たしいわね」


 予想外のプチ修羅場。

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