オーレリー

 次の日。

 コンプトン家は結婚式の準備で忙しいようだ。

 今日はメロディの実家であるバックス男爵家からも身内が何人か来ると聞いている。夕方にはテッサードの屋敷で、ちょっとした食事会を開く予定。


 俺達は比較的自由な時間があるので、セーラと桜邸へ行ってみることにする。


 転移してみると、あれ?

「メディアさん、眼帯は?」

「お。デレクか。眼帯はうっとおしいから取った。えっとそちらはこの前会ったな」

「ええ。デレクの婚約者のセーラです」


「目に怪我をしていたんじゃないの?」

「それが、切られたのは本当に幸運なことに、まぶただけでな。目はちゃんと見えるのだが、傷跡がなあ」


 確かに、右目の額から頬にかけて、赤く刀傷が入っている。メディアは顔の彫りが深いので、眉のあたりの骨が眼球に刃が届くのを防いだんだろう。

 セーラが言う。

「もう少しして赤い色が引いてきたら、お化粧で隠せるんじゃないかな?」

「お、そうか。それは良かった。結婚式で花嫁に刀傷があるってのは、やっぱりな」


 ん? 条件反射で聞くよね。

「結婚するの?」

「将来、誰かと、ちゃんと結婚するチャンスがあるかもしれない、という話だ」

「ああ、それは……。うん。そうなったらいいね」

「なんだその微妙な反応は。……そうだな、デレクと結婚してもいいぞ」

「デレクはあたしのだから、だ・め」とセーラが突き出した人差し指を振りながら拒絶。


 話を元へ戻したい。

「療養してたのは、てっきり目の怪我のせいかと思っていたけど?」

「これもあるが、主には足だ。太ももに矢が刺さってな。ほれ」

 そういって、いきなりスカートをバサッとめくり上げて見せる。うわあ。

「ちょ、ちょっと。ねえ」

 筋肉質ながらすらりとした左太ももに、治り切っていない赤い傷跡が痛々しい。ちなみにパンティは白でした。

「男の子の前でいきなりスカートをめくっちゃだめ」

「え? 男はみんな喜ぶぞ」

「だからダメなんだって」

 大丈夫か? この人。

 セーラはニヤニヤして見ている。


 あ。これは絶対に聞いておかねばならない。

「ゾルトブールでミニスカートをはいてなかった?」

「うむ。周りの者が、これがゾルトブールの流行りだ、というものでな」

「その周りの者って、男でしょ?」

「よく分かるな。しかし皆のテンションは大いに上がっていたぞ?」

 大丈夫か、特務部隊。

「しかし、脚が全部出ていると動きやすいのだが、怪我をしやすいのだ」

 当たり前である。


 セーラには呆れられる。

「またデレクは。そういう話を聞かないと死ぬ呪いでもかかってるのかしら?」


 さて、『耳飾り』で得た情報を少し伝える。

「なるほど。ガッタム家との繋がりがある貴族の方が多いからな。王位の継承がどうなるのかは不透明といったところか」

「でも、継承順位が高い人は結局、王家の血筋なわけでしょう? 関係のない人が王位に座ることは難しいと思うんだけど」

「いや、亡くなった国王はあちこちの女に手を出していたから、実はガッタム家との繋がりがない貴族の娘にも子供がいるんだ。あたしの子は事実上殺されちゃったわけだけど、まだ生きている子供だけで10人程度はいるはずだ」

「うわあ。それもすごいね」


「となると、ガッタム家と関係ない貴族で、王の子がいれば反ガッタム家の貴族たちに跡継ぎとして担ぎ出される可能性があるということかしら」とセーラ。

「可能性は高いかな」

 なんだか、別の意味で混沌としているな。


「それはそうとだな、ここは静かすぎてつまらん。しばらく隠れて住めというのはいいとして、毎日、起きて、食って、寝て、だけでは張り合いがない」


 すると黙って聞いていたチャウラがぼそっと言う。

「えーと。掃除や洗濯や薪割りや、その他家事はたくさんありますから張り合いはありますよ」

「あー。聞こえんな」

 なんとなく勝手なやつだと思っていたが、やっぱりそうだったか。


「具体的にどうしたいの?」

「まず、ニーファの無事を確認したいかな。あと、飯のうまい国に行ってみたい」

「はあ」

 どうしようかな、この人。


「つまり、普通の家事とかは苦手だからしたくなくて、他の国に行って珍しい美味い料理も食べてみたいという感じ?」

「なるほど。うまくまとめるな、デレクは」

 そんなに難しい話はしていないが。


 ここがつまらないからと、どこかに出奔されても困るな。

「じゃあねえ、メディア・ギラプールという名前はしばらく捨ててもらって、別の名前でできるだけ目立たなく過ごしてくれるなら、俺たちと一緒に来てもらってもいいかなあ。セーラはどう思う?」

「エスファーデンから遠い場所なら気づかれることもないかな。ちょっと普通じゃない環境で暮していたみたいだから、そういう意味でも連れ出した方がいいのかもしれない」


 つまり、一般常識がなさそうだ、と。うん、俺もそう思った。

 サスキアが「何を考えているか分からない」って言っていたが、なるほど、だんだん分かって来た。


「あ、そうだ。馬車の御者はできる?」

「うむ。問題ないぞ」

「じゃあ、エドナさんから馬車を1台もらえる予定になっているから、その御者としてダズベリーから聖都まで行ってもらうことにしようか」とセーラに提案。

「その後は?」

「サスキアと一緒に警備の仕事でもしてもらうかなあ」

「何? サスキアがいるのか。ならば心強いな」

 そのコンビは俺的にちょっと不安だけどな。


「じゃあ、偽名を考えないとね」とセーラ。

「えっと、瞳が緑だからオーレリーでいいや」

「例によってよく分からないんだけど」


 メディアは気に入っている様子。

「オーレリーか。なんだか上品そうな感じでいいな」


 チャウラとガネッサに謝っておく。

「なんか、ごめんね。この人は引き取っていくから」

 すると、明らかにほっとした様子の2人。うわ。すまんかった。


 というわけで、引き取ってきました、オーレリー(メディア・ギラプール)。

 ダズベリーに連れ帰って、まずは食事か。

 久々に「空飛ぶ黒牛亭」に行ってみる。カロリー重視でそこそこ美味いからまあいいんじゃないかな。


 ジョナスとカーラにばったり出会う。

「あれ? デレクじゃん。セーラさんと、こちらは?」

「えっと、オーレリー・ヴァンドームって言って、えっと、プリムスフェリーの方から」

「へー」


「セーラさん、こんなところでご飯食べるの、珍しいんじゃない?」とカーラ。

「そうでもないですよ。むしろ高級っぽくない所の方が意外とはまることもありますね」

「そういえば、この前の打ち上げの時は居酒屋メニューが気に入ったようで、かなり酔っ払ってましたよねえ」

「あー。あれはもう忘れて頂きたいかな……」

「どれどれ、メニューを見せろ」とご飯しか目に入らないオーレリー。


 今日はビーフのプレートと、ポークのプレートの二択。

「あれ。珍しいな。チキンがないな」

「デレクはチキンだからなあ、いつも」とジョナス。

 ううむ、その言い方はちょっと、ね。


 結局、セーラとオーレリーがビーフで、残り3人はポーク。


「んま。これは美味い。デレクはいつもこんな美味い飯を食ってるのか」

 そう言ったきり、オーレリーは飯を食う食う。

 特務部隊のメンバーはみんなそんなんなのか?


 オーレリー、一気に食い終わって満足げ。

「これまでも勤務中は食事だけが楽しみだったが、こんなにうまい食事を知ってしまったらもうあのつまらん勤務には戻れんなあ」

 いや、普通の定食屋クオリティですけど。

「そういえばサスキアが貧乏料理しか作れないって話をしていたよ」

「あはは。あれも酷いな。イモの煮物だけじゃなくて、せめてもう1品欲しいよな」

 いや、量の話じゃなくて内容が酷いって話だったんだけど。


「オーレリーさん、目の傷はどうしたんですか?」とジョナスが遠慮ない質問。

「ジョナス、そういう質問を不躾にするもんじゃないわ」とカーラに言われてる。


「うむ、これはな、ちょうどデカい魔法を起動した直後に敵の別働隊に襲われてな、刀の切っ先がヒュっと目の前を通るのが見えた。それでまぶたが切れたらしくてあとは目の前が真っ赤。いやあ、目の玉までイカれなくてよかった。ははは」

「は、はあ。結構な修羅場ですね」

 自分で聞いたくせに引き気味なジョナス。


「今日はリズはどうしたの?」とカーラが気を利かせて話題を変えてくれる。

「今日はセリーナとケイのところで小説の話で盛り上がってるんだと思う。あの3人は好きな小説が似通っているらしくてね」

「へえ。いいわねえ」


 するとオーレリーが話に加わってくる。

「リズというのは、ピラフを持ってきた可愛い子だな?」

「そうそう」

 食事が記憶のキーになってるのか?


「で、セーラは婚約者だと聞いたが、リズは?」

「リズはねえ、従姉妹」

「ちょっと待て。あたしは親戚ってやつがいないからよく分からんので教えて欲しいんだが、まず、イトコとは何だ?」

 そこからか。

「父親か母親にきょうだいがいることはあるだろう? そのきょうだいに子供がいたら、それが自分のイトコだな」

「へえ。デレクとリズはどういう関係だ?」

「俺の母親の姉の子だ」

「なるほど。だが、さすがの私でもそこまでは知っている。問題はだな、ギリのイトコ。何だこれ?」

「そうだな、血のつながりはないが結婚の関係を通じて従姉妹の位置にある人と言えばいいかな」

「ほら、難しくなった」

「なにがほら、だ。あのな……」

 この後、「義理の」とか「腹違い」とかそんな用語の説明を延々する羽目になる。


「ううむ。闇が深いな」

「それは言うなら『奥が深い』だし、そもそもそんなに深い話でもないぞ」

 やり取りを聞いていたジョナスとカーラが笑いを堪えられない。

「デレクとオーレリーさんって、仲がいいんだね」とカーラ。

「え? そう見える?」

「ははは。そうだな、デレクは小難しいことを言ってごまかそうとする悪いクセがあるが、まあ友人だから許そう」

「ちょっと待て。友人認定はちょっとうれしいが、別にごまかそうとしているわけじゃないぞ」

 隣でセーラが脱力している。


 ジョナス、カーラと分かれて、オーレリーの服を新調しに出かける。

「御者をお願いするなら、スカートというのはさすがに寒いし、ブーツも必要だよな」

「それにほら、着の身着のままでこっちに来たから、下着とかもいるわよね?」


 オーレリーが試着室から現れた。

「ふふん。どうかな?」

 上から目線で着こなした黒のパンツスーツがカッコいい。

「げ。タ○ラヅカの男役みたい」

「デレクが何を言っているか分からないけど、カッコいいのは確かね」とセーラ。


 セーラが悪ノリして色々な服を選んでいる。

「これはどう?」

 瞳の色に合わせた、エメラルドグリーンのカクテルドレスである。胸元がヤバい上に、背中も丸見えで、あの、お尻が見えそうじゃないかな?

「超絶美人じゃん」

「だろう? 国王陛下の寵愛を受けた身だからな。短期間だったが」


 ううむ。ヒップラインが見事なのは予想していたが、お胸が美しいのが意外な発見だ。しかしそれ以上に、経産婦なのにプロポーションが崩れていないのは奇跡かな?


「デレク、口からダダ漏れ」とセーラに呆れられる。

「しまったぁ。どこから漏れてた?」

「オーレリーのお尻を思い出して夜中に一人で作業に励みそうだってところから」

「そんなことは言ってない」

「あはは。デレクは正直だなあ」とオーレリー。

「だから言ってないって」


 そういうわけで、かなりの量の衣服を買い揃えることになる。


「しかし、ドレスなんて買ってもらっていいのか? 着る機会などなさそうだが?」

「女性たるもの、いつでも臨戦態勢よ」

「なるほど。さすがに公爵家の娘が言うことには含蓄があるな」

「でも、デレクはあたしのだから、取っちゃダメよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る