コンプトン家を訪ねる

 次の日は、セーラ、リズと3人でコンプトン家へ。


 玄関口に出てきたメロディは、すっかり若奥さんという感じ。

「あ、デレク様。リズ、セーラ。遠くからわざわざ有難う」

「メイド服じゃないと逆に新鮮な感じね」とリズ。


 客間に通されると、コンプトンさんが挨拶に出てきた。

「これはデレク様。わざわざ有難うございます」

「クリスさんとメロディの結婚、おめでとうございます」

「いやあ、これで跡継ぎができたら、私も立派なじいさんになってしまいますなあ。こちらがセーラ殿ですか。ご婚約おめでとうございます」


 リズが、エドナから託されたペンダントトップをメロディに渡す。

「これ、あたしとエドナ母さんからのお祝い」

「有難うございます。まあ、可愛い」

「メロディにぴったりでしょ?」


 俺とセーラからは調理用ナイフのセット。

「これは立派ですね」

「普通の調理用ナイフと違って、刃を何度も叩いて鍛えてあるから、少し研ぎなおすだけで新品の切れ味だよ」


 そんなやりとりをしていると、ケイの弟のセスが現れた。少し逞しくなったかな?

 セスは屋敷の警備の傍ら、コンプトンさんの代わりに道場の子供たちの指南役をすることもあるという。

「でも、実際に一番強いのは兄貴だね。ただ、力の強さというのを割り引くと、まだ親父の方が身体の使い方は一枚上かなあ」

「セス、そんな評論家みたいなこと言ってないで、お前ももうちょっと精進せねば」

「はいはい」


 するとセーラがとんでもないことを言い出す。

「あの。稽古をつけてもらえませんか」

「は?」

 どこの世界に、結婚のお祝いついでに稽古をつけてもらう人がいるのかと。


「いや、セーラ、あのさ……」と俺が言いかけるいとまもなく、コンプトンさんが言う。

「それはいいですなあ! うんうん。では早速、道場へ行ってみましょう。ささ。……セス、お相手を」

 ……セーラにケイが乗り移ったのかな?


 セーラはメロディに手伝ってもらって素早く道着に着替えている。

 いやもう、好きにしたらいいですよ。だが、一言言わねばなるまい。道着に着替えたセーラは凛々しくていいなあ。

 リズはこういうのは初めてだろう。なんだかワクワクして見ている。


 道場の真ん中で見合って立つセーラとセス。

 やがてそろそろと間合いを取りながら近づき、両手が触れたと思った次の瞬間。

「あいてててて」

 セーラが身体を翻したと思ったら、セスが腕を取られて床に押さえつけられている。


「そこまで! いや、これは素晴らしい。もしや、エヴェンス伯爵家の……」

「ええ、クデラ家の方に手ほどきを受けたことがあります。しかし、見ただけでお分かりですか」

「クデラ流には若い頃、苦杯を舐めさせられたことがありましてなあ」

 確か、クデラ家は、ミシェルの母のシシリーの実家とか言っていたな。


「ただ、クデラ流は初手必殺に重きを置くがゆえに、組まれると弱いという側面も……」

「あ、そうなんですよ」とセーラが食いつく。


 その後、コンプトンさんが水を得た魚のように、セーラに色々と伝授していた。

「相手がこう来たら?」

「その時の受けはこうなるのがセオリーだが、ここで、左手をこのように……」

「ああ、なるほど。確かに相手の力を受け流すことも、逆に倒すこともできますね」

「左様。人間の関節は誰でも同じ構造ですから……」


 途中からなんだか分からなくなったが、まあ、セーラは楽しそうだし、いいか。

 セスは何かあっけに取られて見ている。


 道場から引き上げてきたら、いつの間にかメロディとリズが昼食の用意をしてくれていた。

「久しぶりにメロディと一緒にお料理できて楽しかったよ」とリズがニコニコしている。


 セーラもリズも、案外楽しい時間が過ごせたようで良かったな。



 屋敷に戻って、久しぶりにケイやセリーナたちと和やかに過ごす。


「リズさんがこの前の舞踏会の絵を描いてくれたでしょう?」とセリーナ。

「ああ、俺とセーラの絵だな」

「あれをお義父さまが大層気に入って、ご自分の部屋に飾ってらっしゃるのよ」

「え、そうだったの?」とセーラ。これはセーラの知らない話だ。


「リズは形を写し取るだけじゃなくて、その人物の特徴をうまく描くことができるわよね。いつも感心するわ」とセーラ。

 リズがそれを受けて言う。

「あたしはいつも楽しく絵を描いているだけなんだけど。そうそう、ラカナ公国でミルバーグ男爵に娘さんの肖像をプレゼントしたら大層喜んでもらえたよね」

 するとセリーナが反応。

「あら、ミルバーグ男爵って、駐ゾルトブール大使よね?」

「そっか。セリーナは知ってるのか。この前、内乱に巻き込まれて大変だったみたいだ」


「ラカナ公国の中でも、カルワース領あたりで騒乱があったのよね?」

「そのあたりは俺と一緒にケイも現地に行ったからよく知ってるよな」


 ケイが思い出しながら説明する。

「ちょうどカルワース男爵の屋敷が焼き討ちされた直後くらいかな。暴徒が街のあちこちにいて不穏な空気だったよね」

「俺からすると大叔母にあたるフリーダが、プリムスフェリーからカルワース家に嫁いでいたんだけど、暴徒に襲われる寸前くらいのタイミングで馬車に乗せてラカナ市に脱出したんだよ」

「へえ。それは初耳。そんな凄いことがあったのかあ」


 ケイがニヤニヤ笑って言う。

「で、本当はラカナ大公陛下は名誉騎士じゃなくて準男爵にしたかったんだよね。内務大臣と揉めてたけど」

「へえ。受ければよかったじゃない」と楽しそうなセリーナ。

「あー。爵位とかいらないんだけどなあ」


 セーラが言う。

「デレクとあたしが結婚したら、たとえばラカナ公国で何か行事があった時はあたしも名誉騎士の妻ってことで堂々と一緒に出席できるのかしら」

「あ、それは当然よ。ただ、あそこまで行くのはちょっと遠いでしょう?」

「でも、外国の貴族の方々と対等にお話したり、大公陛下にお目通りできる機会があるかもしれないなんて、普通の貴族ではちょっと体験できないことだと思うのよ」

「確かにそうねえ」

 セーラはそういうのが嬉しいのか。俺は面倒が増えるだけという感じなんだけど。



 夕方近く、アミーから連絡。

「ようやく全員終わりました」

「それはご苦労さま。そっちに行くね」


 ディムゲイトのシーメンズ商会へ転移。エステルたちも揃っていた。

「かなりかかりましたが、やっと全員解放できましたね」

「あとは体力の回復を待って、今後どうするかを相談します」とカリーナ。

「エスファーデンの農園の女性たちは、隣国のゾルトブール国内に生活の拠点を持ちたいと考える人が多いのですが、聖王国に行ってみたいと言う人もいます」とアデリタ。


「本人の希望を優先してあげたいけど、読み書きができないようだと、聖王国に行ったとしてもできる仕事はかなり限定されてしまうと思うよ」

「では逆に、読み書きや計算などの素養があれば聖王国でやって行ける可能性はあるんでしょうか」とズィーヴァ。

「保証はできないけれど、可能性はぐっと高くなるね」


 するとエステルがこんなことを言い出す。

「今、体力の回復などに取り組んでいる女性たちが一人でやって行けるようになると、私達のここでのお仕事も終わりになります。私達4人も、聖都に行ってみたいという気持ちがあるのですが、どうでしょうか」


 なるほど。この4人はなかなか有能そうだし、できる仕事はありそうだ。

「現在もレイモンド商会で雇ってるわけだし、希望するなら聖都に来てもらって新しい仕事をしてもらおうかな」

 4人の顔がパッと明るくなる。

「よろしくおねがいします」

「じゃあ、一区切りついたら聖都行きを考えよう」


 シトリーとアミーも、4人とはすっかり顔なじみなので楽しげに雑談などしている。

 レイモンド商会でも、ローザさんのRC商会でも、ゾルトブールの事情を知っている人材は欲しいから、いいんじゃないかな。


 それから、前に頼んでおいた、元奴隷の身分で国外に出たいと思っている人。こちらもそれなりに人数がいるらしい。


「具体的にどこに行きたい、というのはあるのかな?」

「農作業や港湾労働などの肉体労働をしていた人が多いので、自分の思うように暮らせる環境であればどこでもいいと思っている人が多いみたいです」

「でも、移民として暮し始めるのに冬は辛いよね」

「そうですね」

「聖王国で、ナリアスタからの難民を受け入れているから、そこに混ぜてもらう形で検討してみるよ。それで、そっちの窓口は今後は君たちじゃなくてシーメンズ商会に頼むことにしようか」

「了解です」


 ダガーヴェイルに移民として来てくれる人が増えるといいんだがなあ。


「さて、ところで4人の耳に入れておきたい話があるんだが……」

 メディアがダルーハンの王宮でブッた大演説について説明する。シトリーとアミーもこの話は初めて聞くので驚いている。


 エステルがおずおずと聞く。

「話がとんでもなくて、よく理解できてないかもしれないんですが、つまり、麻薬農園があったことと、それをエスファーデン国王が直接運営していたことを、メディア・ギラプールが王都中に聞こえるように大々的にバラした、ということでいいんですか?」

「そうそう」

「本当ですか、それ」

「きっと数日中には噂が伝わってくるよ」


 アデリタが言う。

「被害にあっていた女性は、その話を聞いたら少しは心が休まるのではないでしょうか」

「そうだね。被害者が負い目を感じる必要はないんだと伝えて欲しい」



 夜、俺は魔法管理室で、転移魔法や『遠隔隠密リモートスニーカー』の改良に取り組むことにする。


 前々からのリクエストとしては、イヤーカフで会話している相手がピンチになったら駆けつけるとか、俺は知らないが誰かが知っているという場所に転移するとかである。

 馬車で旅をする時、馬車の中から別の場所に転移することはできるのだが、馬車の中に戻ることができない。これまではいちいちリズに迎えに来てもらっていたが、リズにずっと馬車に乗っていてもらうのも負担が大きい。


 転移魔法はシステム魔法なので、これを使えるのが俺とリズだけなのはしょうがない。 

 一方、『遠隔隠密リモートスニーカー』を起動できるのは魔法の能力がある人だけなのだが、その理由は、感覚共有のAPIを利用するのに魔力が要求されるからだ。

 ということは、感覚共有をせず、思い描いた場所の情報を取り出すという部分だけなら魔力がなくてもできるのではないか、と思いついたわけだ。


 ただ、そこから先の実装が厄介。

 詳細は省略するが、俺が起動した魔法プログラムから相手に通知ノーティフィケーションを送り、相手にも魔法プログラムを起動してもらう。その後、相手側で生成した場所のデータを、相互に通信しあうプログラムが共有する形にしておいて、その間に転移を行えばいいはずだ。


 相手が思い描いた場所を取得するには、俺の方で『地点要求リクエスト・スポット』という魔法プログラムを起動する。相手の現在地を取得するのは『現在地要求リクエスト・カレント・スポット』という魔法プログラムだ。一方、対象者はこの2つの魔法に対応した指輪を持ち、通知ノーティフィケーションの受信に反応できる必要がある。

 ただ、『転移トランスアロケート』はシステム魔法そのものなので、一枚皮を被せて、相手が思い描いた場所に転移する『想起転移リコレクト・リープ』を作成した。


 それから、相手のいる場所に直行する『直行転移ラッシュ・オーバー』。これは馬車に戻る時に活用できそうだ。

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