夜空の大演説
俺は目の前にパソコンの画面くらいの光る表示を出して見せる。
「この魔法を使います」
メディアはちょっと驚いたようだ。
「何だ、これは?」
「ここに、しゃべった内容を表示できます。やってみますね。“世界を大いに盛り上げるためのスティーヴ・ジョブズをよろしく”」
すると、画面に『世界を大いに盛り上げるためのスティーヴ・ジョブズをよろしく』という大きな文字が表示される。
「表示は大きくも小さくもできます」
そういって、実際に壁面に大きな表示を出してみせる。
この魔法はリズも知らないだろう。驚いて見ている。
「あれ? こんな魔法あったっけ?」
「ふふふ、これはねえ、『火の鳥のエンブレム』を改良したんだ」
「あ、あの国王の戴冠式で使うってやつ?」
「そう。こっちには『プラカード』という名前を付けてあるけど。これで言いたいことを夜空いっぱいにバカでかく見せることができる」
『火の鳥のエンブレム』。上空に巨大な火の鳥の図柄を出現させるだけの魔法だ。
原理は単純で、長方形領域に小さな光源を沢山並べて「画面」を作っているだけ。登録された図柄の濃淡に合わせて個々の光源の明るさを調整すればどんな絵や文字も表示できる。表示位置の座標を設定さえすれば、目の前に小さく表示させることもできるし、戴冠式と同様、王都の全員が見える大きさで上空に展開することも可能だ。
『火の鳥のエンブレム』で画面表示を行うドライバを使っていたので、これに座標の計算と音声認識で文字を表示するルーチンを組み合わせただけである。
ただ、作ってはみたが使い所が思いつかなかったのでそのままになっていた。使うならこういう場面だろう。
メディアは何となく納得できないような面持ち。
「魔法を改良する? 何を言っている?」
「まあまあ。それから、『
『
「つまりですね。この『プラカード』と『
魔力は多少消費するだろうが、メディアの魔法レベルなら大丈夫だろう。
「そういえば、魔力の底上げをする魔道具を持ってるでしょ?」
「何でも知ってるな。うむ、『
そういってメディアは左手の指輪を見せる。
「演説は得意?」
「そんなもの、したことはないな」
「それでよく、ここから大声で喋ろうとか思いましたね」
「余計なお世話だ」
「ちょっと原稿を作ってさ、その通りに喋ることにしましょうよ」
「あ、……うん」
十数分、ああでもない、こうでもないと文章をひねくって、俺とメディアの合作の演説の原稿が出来上がった。
「あ、ちょっと待って。こういうことにうるさい人が一人いるから意見を聞いてみないと」
イヤーカフのあちらからセーラが言う。
「誰がうるさい人なのよ。的確なアドバイスをくれる親切な人の間違いでしょ?」
「ちょっと原稿をそっちに送るから見てよ」
メディアは、突然目の前に現れた自分より年下の、男性というより男の子がテキパキと準備を進めるのを呆れて見ている。
今も、作った原稿が消えたかと思ったら、しばらくして添削されて戻ってきた。
「何? あなたたちどうなってるの?」
「はいはい。一度目を通してね。これから本番ですよ」
満を持してメディアがバルコニーに姿を現す。
気づいた兵がバルコニーを指さしている。
「王都ダルーハンのすべての人へ。私はメディア。メディア・ギラプール」
声と同時に、話した内容が夜空にバカでかい文字で表示される。
発した声は、大音響ではないのに王都のどこにいてもはっきり聞こえているに違いない。
王宮前の中庭にいる兵が全員、呆然として空を見上げている。あたり一帯から、どよめきが聞こえてくる。
「私は大魔道士、メディア・ギラプールである」
まあ、若干底上げしてるけど、レベル5に届くから間違いではないかな。
「王都ダルーハンの人々に伝える。国王エグモント1世は亡くなった。だが、国王は正義の戦いで死したのではない。自らの悪行のむくいで死んだのだ」
表示されている文字を追いながら聞いている人もいるだろうから、メディアは少しゆっくり、しかしはっきりした口調で語る。
「国王は以前よりガッタム家と共謀して数々の悪事に手を染めていた」
中庭の兵たちの声が大きくなった。まったく知らなかった者、薄々知っていた者、さまざまだろう。
「国王とその一味は世界中に害悪をもたらす麻薬の栽培と密輸を自ら行っていた」
「麻薬農園では、国内外から誘拐されてきた若い女性たちが奴隷として働かされたいた。国王はこの哀れな女性たちを暴力で犯すという鬼畜な所業にふけっていたのだ」
「義憤にかられた正義の者たちが女性たちを救出するために農園を襲撃し、王はその戦いの中で死亡した。これが国王エグモント1世、その弟のクヌートの死の真相である」
中庭の兵たちは「ウソだ」と叫ぶ者、「あれをやめさせろ」と走り出す者などもいて混乱している。
バリケードを突破しようと、ドアに何かをぶつける音がする。
「アイス・キューブ!」
ドアの前に小さな氷を人の背丈以上に大量に積み重ねる。
「イビル・ブレス!」
絶対零度に近い液体空気を噴出させる魔法である。これで、ドアの周りはしばらく溶けない氷でガチガチに凍ったはずだ。
メディアの演説は続く。
「疑う者は自らの目で確かめよ。麻薬農園の跡は今も残っている。アウンドル、ロールストン、そしてヨダブ。焼き尽くされた広大な畑がそれだ」
「国王とガッタム家はまた、ゾルトブールの内乱にも不当に介入した。ゾルトブール王位を狙う一部の者と手を組み、反乱軍を乗っ取る工作をしたのだ。内乱が長引くことによって多数の死傷者が出たが、この責任は王とガッタム家にある」
相変わらず、ドアを突破しようと何かをぶつける音がするが、ドアはびくともしない。
「内乱に介入し、ゾルトブールの権力と、マミナク地方を手に入れようという計画は失敗した。現在、これらの悪事が露見し、我が国は国際的に極めて厳しい立場にある」
「ガッタム家の正体を知っているか? ガッタム家はデルペニア国カルヴィス島に本拠を置く海賊である。その海賊が、潤沢な資金を使って各国に影響力を行使しようとしている」
広場から「やめろー」という悲鳴のような声。だが「いいぞ、もっと言ってくれ」という声援も聞こえる。
「ゾルトブールの奴隷でさえ文字は読める。我が国民が文字が読めないのは何故だ? 子供たちを学校で学ばせない。国民は真実を知らない。そんな国に明るい未来などあろうものか」
「我が国民よ、視線を高く持ち、世界に学び、そして自ら考える子供を育てるのだ。必要なものは学校とよい教師。不要なものは王家とガッタム家である」
「奴隷でさえ時に反乱を起こす。反乱さえ起こさぬ者たちはもはや海賊の家畜だ。心ある兵は王家を守るのを止めよ。心ある商人はガッタム家の荷に手を触れるな」
「心せよ。愛しい子供たちを害するのは王家とガッタム家である」
「思い出せ。愛しい子供たちを守るのは、あなたしかいないのだ」
ここまでで、メディアの魔力が尽きたのだろうか。ふーっと大きなため息をつくと、後ろへよろけて倒れそうになる。あわててリズが支えているが、その場にへたり込んでしまう。
「あー。なんだかやりきったな」と少し満足気なメディア。
「堂々としていて、さすが大魔道士というところでしたよ」
「ふ。何を言っているのか。さて、私はもう何かと戦ったりする気力もないし、守るべき何ものもない。貴殿は私をどうしようと考えている? よっぽど酷い申し出でない限り、提案を受け入れなくもない」
「そうですね。さっきも言いましたが、今はまだ表舞台から去るべきではないと思うのです。ただし、この先に想定される混乱で消耗するのも得策とは思えない」
「言っていることがよく分からないな」
「つまりカードで言うなら、あなたは強力な切り札です。序盤戦で使って、うっかり失うような事があったらゲーム全体の勝敗に影響します。しばらく温存するのが常套手段でしょう」
「やはりよくわからんな。そのゲームとは何を指しているのかね」
「私も全体像は見通せないのですが、海賊とか怪しい宗教団体とかが絡んでいる陰謀が進行中のようです。ガッタム家はその中心的なプレイヤーのように見えます。あまり関わりたくはないのですが、我々に害悪を及ぼすなら戦わないといけないでしょう」
「ほう。……なるほどな」
「これは私の個人的な意見ですが、あなたが協力してくれれば、これまでにしてきた悪事、まあ、命じられるままにしてきたことでしょうが、その追求は後回しでもいいと思っています」
「ふむ。寛大なことだな」
「いえ、許す、許さないは当事者、特に被害者が決めることです。私は責任の追求を後回しにする、と言っているだけです」
「面倒だな」
「は?」
「お前は面倒な奴だな。だからどうしたいんだ」
「内戦で負傷して、実は療養中だったのではないのですか?」
「まあな」
「私の提案は、しばらく人目につかない所で静養すること。そしてその間に自分はどうしたいのかをよく考えて頂くこと、です」
「はあ?」
「……とりあえず、ここから逃げましょうか」
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