ひとりだけの反乱
この前の騎士の姿とは違い、ロングスカートをはいたメディアは貴婦人のような気品すら感じさせる。
「ともかく、このような状況に立ち至った経緯をお聞かせ頂けませんか」
すると、メディアははぐらかすように言う。
「あー。ここに数時間立てこもっていてなあ。腹が減った。何か飲み食いさせてくれたら何でも話してやろうではないか」
「ほほう。できないと思ってそんなことを言うんでしょう? いや、簡単なことですよ」
イヤーカフの向こうのリズに尋ねる。
「冷蔵庫に何かあったっけ?」
「ないけど、ダズベリーの町に出たらまだ例のピラフの屋台が出てないかな?」
「ああ、それはいいな。すまんけど1つ買って持ってきてくれる? それとワインを1本。グラスは2つ」
「はいはい」
「さあ、もうじきピラフが出前されて来ますよ」
メディアは怪訝な顔。
「それは『以心伝心の耳飾り』か。しかし、ピラフが来る? どうやって?」
「まあ、座って待ちましょうよ」
メディアもイスを引っ張ってきて2メートルほど前に座った。ロングスカートで脚を組んで座る姿も実に風格がある。
しばし無言。
「このままにらみ合っていてもしょうがないので、あなたが気にしておられるであろうことを伝えておきましょう。まず、サスキアとニーファ」
「何。貴殿が知っているのか」
「彼女らは私が保護していますが、どこで何をされたかはご存知ですか?」
するとメディア、苦々しい表情になって答える。
「先日、貴殿に散々言われてなあ。私も少し考えたり、調べたりしてみたのだよ」
「ほう」
「国王陛下自らが違法な麻薬農園に関与していたこと、そして、2人の身体目当てで護衛と称して連れて行ったこと、これは側近を締め上げて白状させた」
締め上げたのね。
「2人はとりあえず健康に問題はないものの、私が保護した時点では既に国王と、特務部隊の、……誰だっけ」
名前忘れた。
「プレスマンだろう?」
「あ、そうそう。サスキアが言うところのエロオヤジに、ね」
メディアは頭を振りながら言う。
「あー。なんてこった。……まあ命があるなら」
「二人はもうエスファーデンには戻らないと言っています」
「それも無理のない話か」
その時、リズがトレイにピラフとワインを乗せて登場。
「お待たせー」
目の前に突然女性が現れて驚くメディア。
「な、なんだこれは」
「だからピラフですよ」
「……あー、もう。分かったよ。きっと貴殿が私よりも強いというのも本当だろうな。折角だから頂くとするか」
「あれ? グラスは2つって言わなかったっけ」
グラスが3つ。
「えー。あたしも飲むじゃん?」
リズもここで飲むのかよ。大丈夫かな?
遠慮なくピラフをぱくつくメディア。
「なんだこれ。これは美味いな。ゾルトブールの食事もかなり美味かったが」
そうじゃない。多分、この国の料理がイマイチなんだよ。
あっという間にピラフを平らげると、次にはワインをぐいぐい飲むメディア。
ふーっと、深い溜め息をついて。
「約束だから色々話をしようか。私はこの国の辺境の出身でな。両親は幼い頃に亡くなってしまったのだが、その後、魔法の才能があるというので平民の身ながら王宮に召されたのだ」
またそういう話なのか。
「特務部隊というのがその頃創設されてな。私はその中でも2つの系統の魔法が使えるということで、これまでリーダー格として色々な任務に当たってきたのだ」
「
「そうだ。国中から魔法とスキルの能力があるものを集めている」
エスパー戦隊かな?
「そのうちに、国王陛下と、まあ親しくさせて頂いてだな。子供も授かったのだ」
「え。そうなんですか」
「可愛い男の子でなあ。私は平民だから庶子として扱われるのはまあ当然かと思って、それでも国王陛下の子だ。王都で大切に育てていたのだが、残念なことに一昨年、事故で亡くなってしまってな」
「それは何とも」
「さて、それでだ。貴殿に国王陛下のことをガッタム家と海賊に食い物にされた操り人形と言われてな、その時は少々頭に血が上ったものの、時間が経って考えてみると、確かに思い当たるフシがいくつかある」
「まあ、ガッタム家自体が海賊だそうですけどね」
「ほう、それは知らなんだが、ふむ。そうかもしれんな。ここ何代かの王妃はガッタム家からと決まっているし、国の重大なことを決定する前にはガッタム家の意向を聞く必要があるし、明らかに海賊のような怪しい連中が大手を振って王宮に出入りしているし、極めつけはその麻薬農園だ」
「ゾルトブールへの介入はおかしいと思わなかったんですか?」
「これもな、過去に不当にゾルトブールに奪われたマミナク地方を奪い返すための戦いだと説明されて戦いに臨んだのだが、どうも違うのだなあ。現地では『早期に決着を付けてはダメで、できるだけ長期間戦うように』などと指示されたよ」
「それはゾルトブール側の一部と話ができていたからですよね」
「今から考えるとそうだな。双方の損害を大きくして、停戦に持ち込むのが狙いだったのだ。だが、戦場で戦っている我々にはそんなことは分からない。上層部には何らかの狙いがあるのだろうな、と想像するだけだ」
「しかし、狙いは外れましたね」
「そう、それが不思議なのだ」
ん?
「どうして不思議なんですか?」
「それは、こちらには『予知』のスキルを持っている者がいるからだ」
「え?」
俺とリズが同時に驚く。
「予知ですか?」
「そうだ。たとえばスートレリア軍が参戦することは予知されていたが、彼らは反乱軍と王宮の停戦協議には間に合わないはずだったのだ。それが外れて、逆に予想外の、しかも絶妙なタイミングでの宣戦布告になってしまった」
「しかし、ゾルトブール王宮側はスートレリア軍の参戦は予想すらしていなかったはずですけど……」
「それはそうだ。予知に基づいて動いているというのは、我々特務部隊とエスファーデン王宮だけの
「予知が外れることって時々はあるんじゃないですか?」
「
メディアはグイっとワインを飲み干し、手酌でグラスにもう1杯をなみなみと注いでいる。
「貴殿が言っていた大使館の件もそうだ。そんなことはこれまではなかったのだが……」
「さて、この反乱を起こした理由を教えてくれませんか」
「うむ。約束だからな。さっき私に息子がいた話をしたな?」
「ええ。事故で亡くなったと……」
「それがな、麻薬農園のことを洗っている過程で許しがたい事実が判明してな」
「はい」
メディアはひと呼吸をおいてから、思い切ったように再び話し出す。
「麻薬農園に絡んでいる海賊が、わたしの息子を事故に見せかけて殺したというんだ。しかも国王陛下も見て見ぬ振りをしていたらしい」
「え、どうしてですか」
するとメディア、下を向いて黙ってしまった。
しばしの沈黙。
目からは涙が溢れている。
メディア、声を絞り出すようにして言う。
「この国はな。貴族か、その取り巻き以外はみんな奴隷なんだよ」
「どういう……奴隷制度は撤廃したのでは?」
少し間を置いて少し平静を取り戻したようだ。メディアが続ける。
「これはつい昨日だが、ここの書庫を管理している長老と呼ばれる人物に聞いた話だ。エスファーデンは確かに理想に燃えて奴隷制度をやめた。だが、同時に子供たちを学校で学ばせることもやめてしまった。子供を学校に縛り付けるのは奴隷と同じだという、もっともらしい耳触りのいい理由でな。だが長老の言うには、結果的に、支配層の言うことに疑問を抱かない愚かな国民を作ることになってしまった。一部の特権階級以外、エスファーデンは無学で目先の利益しか考えない人間だらけになったのだ。もちろん、国のやることに文句を言う者はいるが、そういう者は次の日にはもう元々いなかった人になっている」
「なんとまあ」
「そこにつけ込んだのが海賊だ。王族をはじめとする特権階級さえ操っておけば、何百万人もの国民を奴隷のように使い放題だ。貴族側としても海賊から甘い汁を吸うことができる。そんな国では、貴族とその取り巻き以外、みんな奴隷か家畜といっしょだ」
メディア、またワインをグイっと飲む。
「わたしの息子は
リズも悲しそうな顔をして話を聞いている。……ワインを結構飲んでいるようだが大丈夫か?
「それで反乱を?」
「反乱というか、国王が死んだ本当の理由を公表せよと。隣国の反乱に不当に介入した責任者を明確にして処罰すべきだと。この国の腐った部分に光をあてなければならないと感じたのだ。そのように王宮側に申し入れをしたのだが、拒否されたあげく私を捕縛しようとしたのでな、このバルコニーから大声で叫んで訴えようかと思って立てこもったのだが、まあ私の声などでは届く範囲はたかが知れている」
メディア、自嘲気味に笑いながら言う。
「正直、これからどうしようかと思っていたところへ貴殿が現れたわけだ。貴殿ならこれからどうするかね。私を捕縛してゾルトブールあたりへ連れていくかね?」
「いえ、少し考えたのですが、それは逆効果と思われます」
「どういうことかな?」
「あなたはあまりにも有名人なので、あなたを目立つ形で罰することで一連の騒乱の幕引きをされてしまう恐れがあります」
「ほほう」
エラそうに言ったが、これは『サスキア的思考』の応用だ。
「この国の識字率は高くないと聞いていますが、簡単な文章なら読める国民はそれなりにいるのでしょう?」
「うむ」
「では、これから王都中の人間に、あなたが調べたこと、隠されていた本当のことをぶちまけるお手伝いをして差し上げましょうか?」
「何を言っている?」
「私に考えがあります」
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