別荘の管理人
俺たち一行は、夕方にフルームの宿場に到着。
「で、チャウラってあの人を、結局助けたわけね?」とセーラ。
「あのまま放っておいたら、早晩処分されていただろうからさあ」
「でも、殺人未遂の共犯だよね」
「そうなんだよなあ。事情は分かったけど、そのあたりが複雑」
エメルが質問。
「その助けたという人はどこに?」
あの時、チャウラを連れて帰るフリをして廊下に出たところで、そのままストレージに保存して、俺は泉邸に転移。その後、フルームに着いたところでリズに迎えに来てもらったわけだ。
「馬車に乗せる余地もないし、どこかに放置してくるのも不安だし」
「つまりは先送りかあ」とリズ。
ううむ。まあ、そうなんだけどさ。
「しかし、あの海賊のヤレッツというヤツから色々聞き出せたよな」
「確かに。ガッタム家が海賊そのものとは思わなかったわね」とセーラ。
「海賊にさらわれた女の子は絶対助けなきゃいけないもんだと思いこんでいたけど、さっきの話を聞いたらちょっと微妙だよなあ」
「確かにあの話にはいちいち説得力があったわね。全員がそうとは限らないだろうけど、助けに乗り込んだらあっちの仲間になってるかもしれないって……」
「人間って複雑だな」
「でも、海賊を叩くなら、資金力が落ちて、エスファーデンの件でも影響力が落ちている今が狙い目かもしれないよ」とリズ。
「そうだなあ」
とりあえず夕ご飯。このあたりで下手なレストランを選ぶと味付けがしょっぱいことは経験済みなので、ちょっといいレストランに入る。
「明日はミノスを通過して、やっとポルトムだな」
「前に来たとき、ポルトムでは色々ありましたよね」とノイシャ。
「誘拐とか人身売買は最近は下火なのかな?」
すると、ホルガーが情報を持っていた。
「ゾルトブールで奴隷制度を廃止するという宣言がされましたので、今まで奴隷をタダ同然で使っていた農園や港湾施設が大騒ぎのようです。これに乗じて闇ルートで非公認の奴隷を取り引きする動きも出始めていて、しばらくは混乱した状態が続くという見通しのようです」
「へえ。よく知っていますねえ」
「はい、ハワード様がそういうお話をされておりましたので」
出どころはハワードか。
「そういえば、ハワードに『耳飾り』をなんとかできないかって言われてたな」
「でも何の制約もなしにバラ撒くのはまずいわね」とセーラ。
「どうしたものかねえ。いい知恵がなくてね」
宿は2人部屋。リズと一緒ということになる。
「今日のあの寝室の2人はねえ、すごかったよ」
こころなしか興奮して目をキラキラさせているリズ。
「あー。俺だけそのすごいやつを見れてないんだけど」
「じゃあ、あたしが実演してあげようか」
「う。魅力的な提案だけど、何か後戻りできないヤバい香りがするな。……あ、なんで脱いでるんだよ」
「ほらほらぁ」
「や、やめ……」
次の朝。
夜はリズにかなり絡まれたものの、昼間の事件もあって疲れていたせいか、途中から意識がない。でも、起きたらパンツをはいていない自分を発見。……大丈夫か、俺。
今日は午前中の御者がノイシャ、午後はエメルということになったらしい。
セーラが何かに気づく。
「あら。リズは今朝はずいぶんとご機嫌ね」
「ふふふ」
話をそらしたい。
「そういえば、ノイシャとリズは桜邸に行ったことがあるんだけど、セーラはないよね?」
「あ、行ってみたいわね」
この前、強制捜査と称して内部を調べられたようだが、どうなっているかも気になる。
セーラと一緒にゾルトブールの田舎町、ティッツリーにある桜邸に転移。
「うわ。ちょっと寒いなあ」
「へえ。思ったよりこじんまりしてるけど、なるほど、景色はいいわね」
セーラも気に入った様子だ。
そもそも調度品の類もあまりなかったので、中がひどく荒らされているということはなかった。
「あー。ワインが2本ほどなくなってる」
「下級兵がちょろまかしたんでしょ」
まあ、その程度の被害で済んで御の字である。
「ここの管理をなんとかしないといけないんだけどね」
「確かに時々遊びに来るには絶好の物件だけど、放っておいたら朽ちてしまいそうね。つまり、だれかに住んでおいてもらうのが一番良さそうだけど」
「守備隊を退役した人とかがいいかなあ、とか考えたんだけど」
「その人選は難しいわね」
ふと思いつく。
「昨日のお姉ちゃん、チャウラはどうかね? 逃げたら逃げたで別にいいし」
「え? ここに一人で住まわせるということ? 女の人が一人で大丈夫かしら」
「そもそも『耳飾り』を持っている人は元々は冒険者だから大丈夫じゃないかな?」
「じゃあ、本人に聞いてみる?」
「まずは、お茶でも淹れてくるよ」
「あら、デレク、気がきくわね」
「ワインじゃ心配だからさ」
「……あのね」
さて。ティーポットとカップを3つ用意して。
「
途端に、目の前に昨日の女性、チャウラ・フォーニシップが現れる。
「あ。あれ? ここは?」
「まあ、そこに座って下さいよ、チャウラさん」
「あなたはどなたですか?」
昨日は『
「私はデレク・テッサード。こちらは婚約者のセーラ。名前くらいはご存知ではないですか?」
「え、あなたが?」
「実は昨日、というか、あなたにとってはついさっきですよね。あなたに懇願されてポーロック家の屋敷から連れ出した人物も、あれも私です」
「え?」
とりあえず、お茶を飲んでもらいながら、魔法で別人の顔になっていたこと、あれからほぼ1日経過していることなどを説明するものの、チャウラは混乱している。まあ、しょうがない。
「それと、ザグクリフ峠であなたのパートナーのマーズィ氏が亡くなった件ですが……」
「ああ、ご存知でしたか。あれはねえ、もう別にいいんです」
「もういい、とは?」
「あの人とダンジョンで『耳飾り』を見つけた数年前は、もちろん恋人だったんですけど、離れて任務をするようになってから人が変わったようになってしまって」
確かに、ラカナ市で遊んで暮らしていたようだな。
「だから最近は業務連絡をする昔の友人、という程度でした。亡くなったときは少し喪失感がありましたけど、反面、厄介払いできたような気分もあったのは事実で」
「はあ」
「ところでここはどこですか? 窓から見える景色からするとデームスールではなさそうですが」
「ここはゾルトブールの王都、ウマルヤードから少し離れた田舎にある別荘です」
「ゾルトブールぅ?」
チャウラは驚いている、というか半ば呆れているようだ。
「それで、お願いがあるんですけど。あなたが何でもすると仰ってましたから、この別荘の管理をお任せしたいのですよ」
「はあ?」
「具体的には、ここで暮らしてもらうだけです。あと、私たちが時々遊びに来ることがあると思いますが、その時には食事や寝泊まりができるようにして頂きたい。ただし、私たちの秘密については厳守。これは絶対です」
「……私が裏切るとか考えないんですか?」
「はは。ここから出たらガッタム家やら海賊やらの目がありますけど、それでもいいのならどうぞ」
「あ。それはヤバいですね」
「引き受けて頂けますか?」
チャウラ、ちょっと考える。
「大きな問題がひとつあると思います」
「ほう」
「あたし、料理が苦手なんです」
「……それは困ったな」
そこまで考えなかったなあ。
「冒険者でしたよね?」とセーラ。
「ええ、ですからそのあたりの山でウサギやらを捕まえたり、枯れ木を集めてきて火を起こしたりするのは得意ですが、家庭的な料理を作るのは、ちょっと」
「うーん」
するとチャウラの方から提案。
「あの、提案というか虫のいいお願いなんですけど」
「はい」
「私の友人にガネッサという子がいて、この子もガッタム家で『耳飾り』の仕事をしています。今回のことでガッタム家は私たちを生かして外に出すつもりがないことがよく分かりましたので、この子も今のうちにガッタム家から救い出すべきだと思うんです」
「なるほど」
「実は今もその子とはルームシェアをして暮らしています。しかも料理が上手いんです」
「へえ。……でもその人にも『耳飾り』のパートナーがいるでしょ?」
するとチャウラは複雑な笑顔を浮かべて言う。
「うーん。その相手のイベックってヤツですけどね、ウマルヤードにいるんですけどどうやら現地妻がいて」
「おや」
「だから一応聞いてはみますけど、イベックのことはどうでもいいって言うんじゃないかと思います」
「分かりました。では、夕方にでもそのガネッサさんに連絡をつけてこちらに来てもらうようにしましょうか」
「お願いします。……しかし、すごいですね。スールシティまで数百キロ、いや、それ以上ありますよね」
「ええ、ですからそのあたりは極秘でお願いしたいわけです」
「わかりました」
ふと、例の峠での会話を思い出す。
「俺のことを『不確定要素』って呼んでませんでしたか?」
「はいはい。あれは『ラシエルの使徒』がデレクさんを呼ぶあだ名みたいなものです」
「何ですか、それ?」
「『ラシエルの使徒』には予知の
「へえ」
セーラがニヤニヤ笑っている。
「ふふ。デレクはいろんな意味でやらかしているみたいね」
「ほっとけ」
その後、とりあえずキャロニク氏の所へ行って、チャウラが管理人として住み込むことになったことを伝える。
「この前、軍の人が来て何か探していましたけど、大丈夫でした?」
「ええ、何か誤解があったみたいですけど、何も怪しいものはありませんし、問題ないですよ。それで、この前運び込んだ食料品程度はあるものの、やはり買い出しに出たりするのに馬と荷馬車は必要かなと思いまして。どこかで手に入りませんか?」
「そうですね。村の者に聞いてみますが、馬なら手配したらすぐ手に入ると思います。荷馬車は注文してから数日はかかるかもしれません」
チャウラには別荘の井戸まわりとか屋敷の掃除、自分たちの寝具の用意などを依頼して、我々は昼休憩の馬車に戻る。
ミノスの郊外にあるレストランで食事。
「あんな感じでいいかな?」とリズにも聞いてみる。先ほどの様子をイヤーカフ越しに聞いていたはずだ。
「そうね、案外大丈夫じゃないかしら。もし裏切られたらデレクが探し出して始末するのかかな?」
「そうだなあ。……あ、奴隷魔法はまだ使おうと思えば使える」
「あれえ? 消滅したとか言ってたよね」とセーラ。
「方便」
「なにそれ」
本来の意味からちょっと外れて便利に使われる仏教用語である。
しかし、離れて暮らしているとだんだん心も離れていくものだろうか。
もし『耳飾り』を聖王国でも使うとしたら、専門の外交官というか、諜報員同志でビジネスとして情報収集をするようにすべきなんじゃないかな。
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