セーラ・ラヴレース

 オットーがフレッドに尋ねている。

「騎士の方々がダズベリーの宿に宿泊したら、強盗事件の捜査でやって来たことがバレバレで警戒されてしまうのではありませんか」


 フレッドが答える。

「我々は隣町のワーデンに宿をとってあります。もちろん騎士ではなく、これから国境を越えてラカナ方面に向かう商人と名乗っています。ただ、ちょっと問題が」

「何でしょう」

「ワーデンは宿自体が少ししかなくて、我々の中に女性がいることを伝えたところ、女性が安心して宿泊できるかは保障しかねるなどと言われまして」

「昨夜は?」

「昨夜はポルトムに宿泊したので問題なかったのですが」

「確かに通常ならポルトムの次はワーデンではなく、スワンランドに宿泊するのが普通ですからねえ」

「ザニックの後を追っていたら、普通の旅行者とは違う町に行ってしまったわけで」


 するとその話を聞いていたドッツ隊長がしれっとした顔で言う。


「なんだ、話は簡単だ。ラヴレース家のご令嬢なんだから、テッサード家でもてなせばいいじゃないか。あそこの、ほら、東邸がいいだろう。な、デレク」

「は?」

 いきなり俺の方に話が降って来た。


 それを聞いてセーラが驚いている。

「え? デレクさんはテッサード家の方だったんですか?」

「あ、はい。次男坊なもんで、守備隊で修行中です」


「可能ならそうして頂けると我々としても大変助かるのですが」とブライアン。

「そうですね、我々と従者はワーデンに戻って宿泊します。そうすれば、この町の密輸団に知られることもないでしょう」とフレッド。

「ブライアン、羽を伸ばして遊びに行ったらダメだからね」

「やだなあ、セーラ。あそこに遊ぶような所はないよ」

 あれあれ? もうそれで決まり、みたいに話が進んでいるんですけど。


「よし、デレク、頼んだぞ」とドッツ隊長。

「は、はあ」


「デレクさん、すいませんが、よろしくお願いします」とセーラにも頼まれてしまう。

「はい、お任せください(キリッ)」


 ちょっと待て。

 慌てて廊下の隅っこでイヤーカフを取り出してメロディを呼ぶ。


「メロディ、メロディ」

「あひゃ、ひゃい」

「あのね、今日、女性のお客さんを一人、東邸に泊めてあげることになった。夕食と朝食を1人分多く用意できる?」

「はい、承知しました」

「それから、新しいベッドルームが使えるようにしておいてくれるかな」

「分かりました」

「必要ならケイとリズにも手伝ってもらってよ。あ、ケイはいる?」

「聞いてるよ」とケイの声が聞こえる。

「明日の山中の監視は無くなったよ」

「よし、やった」

「その代わりの作戦があるので、帰ったら話すよ」

「はいはい」



 とびきりの美人を自宅に招待することになって、ちょっとドキドキワクワク。


「セーラさん、ご自分の荷物などは?」

「ワーデンの宿に運んであるはずなので従者にとって来てもらいます」

「ワーデンまではそれほど遠くないですが、でも往復で数時間はかかります。日用品などは屋敷にいる者と共有でよろしければお貸ししますので、荷物は明日でもよくありませんか」

「屋敷には女性の方が?」

「ええ、私の他は皆女性です」

「まあ、それは楽しそうなお屋敷ですわね」

「いえいえ、あの、屋敷というほど広くもありませんし、あまり期待しないでください」


 するとドッツ隊長が余計なことを言う。


「行ったらきっと驚きますぞ」

「え、何にですか?」

「ふふふ」とニヤニヤするドッツ隊長。

「もう、やめて下さいよ、隊長」


 この前の誘拐事件の時に、守備隊にはいろいろお世話になったが、それ以来、東邸にどんな住人がいるか、ドッツ隊長も把握しているのだ。


 もうそろそろ日が翳ってくる時刻である。

 ブライアンとフレッドは暗くなる前にと、従者たちと共にワーデンに向かって行った。


 俺はセーラを伴って東邸へ。

「テッサードの屋敷は少し離れた丘の上です。ほら、あそこです」

「あ、ちょっと遠いですね」

「兄が結婚したのを機に、私は屋敷を出て、この近くに別にちょっとした住居を構えておりまして。……あ、ここです。……メロディ、いる?」


 メロディがエントランスに出てくる。

「いらっしゃいませ」

「セーラさん、この東邸にはメイドはこのメロディしかいないんだけど、とても気の利くいい子だから、何か用事があったら言って下さい」

「セーラです。よろしくお願いしますね、メロディさん」

「はい、とりあえずダイニングでお茶でもいかがでしょうか」


 そうこう言っていると、ケイが出てくる。

 セーラの顔を見て、一瞬、全身が固まった。うん、分かるよ。


「セーラさん、この東邸の警備を担当するケイ・コンプトンです。ケイ、こちら、ラヴレース公爵家のセーラさん」

「あの、よろしくお願いします」

 ケイはすごく緊張しているようだ。


「ケイは、国境守備隊の隊員でもあるので、明日の作戦にも参加してもらうことになります。実は、守備隊では1、2を争う実力者です」

「まあ、そうなんですか。よろしくお願いしますね」


 ダイニングに通すと、リズが座ってすでにお茶を飲んでいる。相変わらず自由だな。


「あれ。デレク、おかえり」

「セーラさん、こちら、リズ・プリムスフェリー。訳あってここで暮らしてもらっています。リズ、こちら、ラヴレース公爵家のセーラさん」

「まあ、プリムスフェリーの方ですの。初めまして、セーラと申します」


「リズと言います。よろしくお願いしますね。いやあ、デレクがお客さんを連れてくるっていうからどんな人かと思ったら、あらあら」

「なんだよ」

「恐ろしいほどの美人さんだね」

「そんな、やめて下さい。リズさんこそ、聖都でもお目にかかれない素敵なお嬢様ですよ。デレクさん、この方は婚約者フィアンセでいらっしゃいますの?」


「え?」

 予想外の質問にかなり動揺する俺。

「デレク、あたしって婚約者フィアンセだっけ?」

 ちょっと嬉しそうなリズ。


「いや、あの、ラカナ公国でプリムスフェリーの跡継ぎ問題がゴタゴタしているもんですから、ここで暮らしてもらっておりまして、ですね」

「まあ、それでいいや。あたしはデレクのことが大好きで一緒にいるんですけどね」

「ちょっとリズ……」

「ふふふ。ね、デレクって可愛いでしょ?」

「ああ、もう」


 ほらあ。セーラさんは困って笑ってるじゃないか。


 メロディがお茶の用意を持ってくる。

「セーラさん、まあお座り下さい。ケイもほら」


 みんなでテーブルを囲んで、とりあえずティータイム。

「ああ、久しぶりにちゃんとしたお茶を飲んだ気がします。ところで不躾な質問ですが、テッサード家ではメイドの方も一緒にお茶を?」


「いえ、これは私の一存です。メロディは一緒に暮らしている家族も同然ですから、食事もお茶も、それから遊びに行く時も一緒です」

「それは驚きました」

「我々がメイドを管理するとか、メイドが我々より下の身分とか、そういう考えはやめようと思っています」

「ではどのような?」

「家の中で家事を担当してくれる人、でよくありませんか?」


「では、仕事を命じる側の立場はどうなのですか?」

「給金を払って、それ相応の仕事をしてもらうというだけですよ。つまり、役割が違うだけで、我々は話せば分かる人間同士なのです」

「うーん、なるほど。そのような考え方をしてみたことはありませんでした」

「これは私個人の考えなので、世の中全部がそうなるべきとまでは言いませんが」

 セーラは理解しようとして考えているらしい。


「ちょっとお聞きしたかったのですが」

「はい」

「以前、デレクさんたちは聖都からミドマスに行かれたことはありませんか?」

「え、はい。ありますが……」


 ケイが質問の意図に気づいたようだ。

「そうだ、ラヴレース公爵家はロックリッジ家と親戚関係がありましたね」

「ええ、船でタニアとご一緒させて頂いたのはデレクさんたちでしたか?」

「そうです。タニアさんからお話を?」

「ロックリッジのきょうだいは私のいとこにあたりますのよ? なんでもタニアとレオと仲良くして頂いたとか」

「ええ、船の中は結構退屈でしたから、楽しく過ごさせて頂きました」

「そうでしたか」


「で。さらに先日ですが、プリシード島の別荘にご招待いただいて」

「あらあら。もしかしたらマリリンにお会いになりましたの?」

「ええ、すごい才媛でいらっしゃいますね」

「そうなんですよ」


 共通の話題でかなり打ち解けることができたようだ。


「ちょっとよろしいでしょうか? さっき、ガンドール隊長と『遠見の筒』という魔道具の話をされてましたよね?」

「はい、確かに」

「それって何ですか?」

「ダンジョンで拾ったレアな魔道具です。遠くの風景を覗き見ることができるんです。ただし、魔力が必要です」

「そんなものが実在するんですね。……もしかして、今持ってます?」

「ええ、今日も使う場面があるかと思って持っていました。これです」


 どうせ明日も使うし、隠してもしょうがない。

 ただし、腰のポーチから取り出したフリでアイテムボックスから出したのは、ダンジョンで拾ったオリジナルの筒形の魔道具である。音声は聞こえない。


「使ってみてもいいですか?」

 期待に目をキラキラさせている美人さんの頼みを断れるだろうか(反語:男ってダメだなあ)。

「えっと、どこか見たい場所を思い浮かべて、覗き込んでみてください」

「どこにしようかな」

「遠くの知り合いの家とか、聖都の街並みとか、でどうですか」


 セーラは筒を覗いてみている。

「何も見えませんが……。あ、あ、これは聖都の教会の……。あれ? あ、きゃっ」

 そう言ってふらっと後ろに倒れそうになるので、慌てて肩を抱いて支える。

「あ、失礼」

 慌てて手を離す。

「ごめんなさい。急に高いところから飛び降りるような……」


「すいません。先に言っておけばよかったですね。これ、覗きたい場所にいるカラスかネコの視覚を使って見ているらしいんです」

「え、そうなんですか。ということは……」

「さっきのはきっとカラスですよ」

「面白いですね。もっと見てもいいですか」


 リズが慌てて言う。

「あ、ちょっと待って。デレク、先にもっと注意しておかないとダメだよ」

「何でしょうか」


「カラスもネコも、勝手にエサを探しに行くことがあるんだよ。だから、残飯だのネズミだの、見たくもないものが目の前にバッと出てくる時があるから油断できないんだ」

「え、そうですか。そうなりそうになったら目を離せばいいんですか」

「そうそう」


 セーラはまた筒を覗き込む。

 ちょっと半開きにしている唇がとてもキュートだなあ、なんて思って横顔を見ている俺。


「あ、あたしの屋敷の庭です。生垣をくぐって行きます。ということはネコですかね」

「そうでしょうね」

「メイドが仕事をサボってダラダラしていますね」

「あははは」


「実に楽しい道具ですけど、メイドが何を喋っているかまではわかりませんでした」

「そういう魔道具なので」

「監視用にも使えそうですけど、声も聞こえればいいですね」

「でもまあ、メイドがサボるのは放っておきましょうよ」

「そうですか?」

「騎士隊の鍛錬も、こんなのでずっと監視されていたら嫌じゃないですか」

「ははは。確かに」


「別にサボりたいわけじゃないけど、ずっと監視するよりは信頼して欲しいじゃないですか。あ、違うかな? いつでもサボれると思って少し余裕がある方がやりやすい、ということかな」

「確かに、監視をしたり、されたりしなくてもいいという関係が理想ですね」

「いいこと言いますね、セーラさん」

「悪い言葉で言い換えると馴れ合いとか相互依存、になりますけど」

「一挙に台無しですねえ。あはははは」


 セーラは食事前に少し身体を拭いたりしたいというので、ケイとメロディに任せることに。俺はちょっと魔法管理室で『ポイズン・ジェイル』でも調べてみようかな。

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