暗がりでドッキリ

 時刻は昼をちょっと過ぎたくらい。

 屋敷のメイドたちは昼食の後片付けを済ませて、少し休憩しているくらいの時間だ。このあと、夕方近くになると洗濯物の取り入れとか、夕食の準備とかが始まって、屋敷内で人の動きが慌ただしくなる。

 メイドの服とか、タオル、寝具などのストックは、屋敷の一角の倉庫に入っているはずだ。子供の頃、時々メイドの後に付いてあちこち探検したことを思い出す。この時間は多分誰もいないだろう。


「よし、行ってみるか。転移トランスアロケート


 転移ポッドのドアの向こうは何だか暗い空間。

 そりゃそうか、窓を開けなければ倉庫の中はほとんど真っ暗だ。ちょっとホコリ臭い。

「リズ、ちょっと待ってね。目が慣れるまでは動くと足元が危ないから」


 だんだん目が慣れてきた。

「窓を少し開けようか」

「あ、デレク。誰か来たよ」

「え?」


 ガタンと音がして、誰かが入り口のドアを開けた。

 光がパッと差し込んでくる。俺はリズの手を引っ張って棚と棚の間に隠れるが、あまりスペースがない。リズの身体をぎゅっと抱きかかえたままじっと気配を殺す。


 誰かが倉庫に入ってきて、ドアを閉めたようだ。

「ここなら誰にも聞かれないだろう」

 男の声だが、誰だ? 聞いたことがないな。


 それに対して女の声。こちらも小声で誰だか分からない。

「……の件だが、予定通り進んでいると……から報告があった。ただ、資金が少し足りないと言われている」

「またか。無駄遣いしてるんじゃないだろうな」

「概ね順調と聞いているし、これで最後にすると約束する」

「わかった。それと、こっちの拠点作りの件はグランスティール家にはくれぐれも内密にな」

「言われるまでもない。そういう約束だったしね」


 それだけ話すと、声の主たちは出ていったようだ。ガタン、とドアを閉める音。

 しばらくじっとしていたが、戻ってくる気配はない。


「なんだったんだ、あれ」

「デレクぅ。もっとぎゅっとしてもいいんだよ」

「あ、いや、これは明らかに不可抗力で……」


 リズの身体と密着していたことに改めて気づいて、妙に意識してしまう。


「えへへ。ちょっと幸せだったあ」


 脳みそピンク娘が何か言っているが、またヒヤヒヤするのは御免だ。とっとと用事を済ませて帰りたい。

 ただし、さっきの素晴らしい感触を脳内で繰り返し復習したのは内緒だ。


 窓をちょっとだけ開いて光を入れ、倉庫の中をうかがう。

 いくつか棚が並んでいるが、服のストックが木箱に入れられているのを発見。ちゃんと中身を説明するラベルが貼ってあって助かる。


 メイド長のハンナのように少し年齢の高いメイドの服装と、メロディのような若いメイドの服装はちょっと違う。ハンナの服はロングスカートで、露出している部分は多くない。一方、メロディたちのスカートは短めで、胸元もちょっと開いている。

 昔、この違いの理由を質問してみたら、歳をとってくると、体を冷やすのは良くないんですよ、とハンナが言っていた。ふむ。


 で、ラベルにはちゃんと「シニア」と「ジュニア」と区別がある。可愛いのは「ジュニア」の方に決まってる。

 メイド服のセットは、ワンピース、エプロン、ソックス、頭に乗せるあれ。カチューシャ? よく分からんが、とりあえず1セット入手することに成功。

 あ、足元がサンダルだとおかしいよな。

 メイド用に同じメーカーの同じ意匠のものを揃えていたはず……。隣の棚に靴が並んでいるのを発見。しかしサイズがわからんぞ。


「ちょっとこれ、履いてみて」

「うんうん。……ちょっとブカブカだね」

 リズは脚も綺麗だなあ……。中腰になって靴を履いたり脱いだりする様子は、なかなかぐっと来ますよね。できればいろんな角度から堪能したいが、いや、平常心だ、デレク。


 なんてことを数回繰り返して靴もゲット。さて、見つからないうちに帰りますよ。


「あ、ちょっと待って。デレクは起動したい魔法をイメージするだけで使えるはずだよ」

「え、そんなこと……」

「いいからやってみようよ。さっきの起動の感覚を思い出しながら魔法名を念じたらできると思うんだけど」

「そうか、やってみるか」


転移トランスアロケート


 目の前が白くなって転移ポッドに入る。本当だ。

 無事に魔法システム管理室に帰還。


「だあー、緊張したあ」

「わあ、明るい所で見ると、可愛い服だね」


 ソファに座り込んで、ふう、と一息ついた。


 おいおい、リズがいきなり着替えてるよ。


「ちょ、おま、また裸で」

「えー、着替えるには裸にならないとしょうがないじゃん」

「そうじゃなくて、一言何か言ってからだな」


 ああ、もう。何もかも丸見えだよ。


「あれ? デレク。……発情した?」

「……怒るよ?」


 そんなことにお構いなく、終始上機嫌で着替えるリズ。


 ちょっと。


 ちょっと待って下さい。超絶! 激烈に似合っているんですけど。どうしよう。


 全俺が満場一致の100点満点、心の中でスタンディングオベーション。


 黒いワンピースに白いエプロン。それにカチューシャは反則でしょう。

 若いメイド用でスカート丈が短いので、白いハイソックスの上までちらっと見えます。いわゆる絶対領域ですね。優馬くんもきっと大満足でしょう。


「どう? デレク」

「……ごめん、ちょっとお願いがあるんだが」

「何?」

「クルッて回ってみてくれる?」

「いいよ、えい!」


 銀髪をなびかせて笑顔でクルッと回るリズ。ああ、天使ちゃんマジ天使ってやつが目の前にあります。ありがとう。


 ……すまん、ちょっと錯乱した。


 そして俺は気づいてしまったのだった。


「はいてない」


 しまった。パ○ツもなんとかすればよかったか! しかし倉庫に下着はなさそうだ。


「さあ、デレク。町に遊びに行こう!」

「あー、それなんだがなあ」

「えー、約束だったよねえ」

「下着つけてないよね?」

「え、いいじゃん」

「よくねーよ」


 メイド服のことばかりが頭にあって、下着がないことを失念していたな。

 服の胸元をよく見ると、ノーブラであることが、分かる紳士ひとには分かるに違いないのだ。ちなみに俺には分かる。


 スカートの中を覗く紳士ひとはいないとは思うが、そこらへんのガキはやりかねん。あるいは地下鉄の通気口から風が吹き上がったりしたらどうしたらいいのだ。あるいは敵のアジトに潜入した時に長い鉄ハシゴを登ったりするシチュエーションもあるだろう? ……あるだろう?


「そうだ、サラシだ」


 優馬の記憶から、和服を着る時に胸の自己主張を抑える方法を思い出す。


「ちょっと脱げ」

「うふ。ベッド?」

「違うから」

 一度全部脱がないとしょうがない。


 さて、お胸対策だ。


 守備隊で使う細長い木綿の帯がある。これは包帯や止血帯の代わりにしたり、山道を歩くときに足に巻いてゲートル(巻き脚半というやつ)にしたりするグッズだ。

 優馬の記憶のサラシよりはちょっと厚手で幅が細いが、こいつを胸に巻いて臨時のブラ代わりにしてもらおう。


「まず、パンツはしょうがないから、俺のを貸してやる」

「うんうん。……何かを出す穴があるね」

「ああもう。そういうことを言わないの」

「はいはい」

「で、これを巻くから。はい、頭の後ろで髪の毛を持ち上げて」


 もう、何かが見えても多少触ってもしょうがないよな。

 しかし、どこから見ても感動するような絶妙なシルエットだなあ。人工生命バンザイ。


 背中側に回る。髪の毛を持ち上げたことで、逆に背中からうなじへの色っぽいラインがよく見えてしまう。


 俺の理性は、サラサラとした砂の山の頂上に立てた小さな旗のようだ。ちょっとのことで崩れて倒れそうだ。頑張れ俺。


 リズの背後から手を伸ばして、帯を胸に巻き始める。

 ふと手が何かを掠めたような。


「あん」


「ちょ、おま、変な声出すな」

「だってえ」

「そういう機能はついてないんじゃないの?」

「子供は作れないけど、『そういうこと』はできるのよ」

「な、なんだと?」

キュキュキュッと巻いて縛り上げて終わりだこのやろう。めちゃくちゃ疲れた。


「……服を着てくれよ」

 デレクくんの平常心がレベルアップしました。チャラらら〜。


 世界の巨大な謎が俺の前に姿を現したような気がしたが、人工生命のお胸の前にすべてが霞んでしまうって、どうするの、これ。

 ダメだなあ、男の子って。


 そしてさっきの感覚を脳内で復習してしまう俺。とてもいいけど、……ダメだなあ。


 臨時だけど胸まわりも落ち着いたし、男物だけどパンツも履いてもらった。外見だけなら違和感はない。

 いやあ、長い戦いだった……。


「じゃあ、外に出てみよう!」とリズが元気に宣言する。


 あ、そうか。これで終わりじゃなくて、これから始まるのね。

 事前の打ち合わせというか、口裏合わせをしておく必要がある。


「リズは俺の実家のテッサード家のメイドの一人で、今日は日用品の買い物の手伝いに来た、という設定で行くからね。くれぐれもよろしくね」

「うんうん」


 お出かけ前の子供みたいに、とても嬉しそう。


「……すまんが」

「いいよ、えいっ」

 俺のわがままを察してクルッと回ってくれるリズ。……天使は本当にいたんだ。



 この建物の1階は、以前は設計事務所で使っていたそうである。接客スペースと作業スペース、資料の保管庫などがある。給湯室を兼用すると思われるダイニングの奥に居住スペースがあって、ベッドルーム、トイレなどがある。家族の主な居住スペースは2階にあって、書斎とベッドルームが3つ、さらに物置にでも使うのだろうか、がらんとした大きめの部屋が2つ。


 1階のダイニングはすぐ隣にかまどやオーブンを備えたキッチンがある。煮炊き用には炭を使うが、オーブンは火力が必要なので薪を燃やす。換気は問題がなさそうだが、逆に冬は寒いのではないかと少し心配。

 このダイニング及びキッチンと居住スペースの間には扉があって、契約上、俺が借りているのはその扉から奥になる。ただし、ダイニングとキッチンは自由に使っていいことになっている。。

 キッチンには勝手口があって、裏庭に出ることができる。裏庭には井戸が付いている。その家専用の井戸があるというのは中々な好物件なのだ。


 リズと一緒にエントランスから通りに出る。


「わあ、これがリアルな世界なんだね。空が広ーい。あ、鳥が飛んでるよ。ハヤブサカラスかなあ」


 見るもの全てに感動している。


 俺はというと、今日から借りるこの建物を通り側から改めて眺めてみる。改修工事がすっかり終わり、黒ずんでいたレンガや古くなっていた窓枠もすっかり修理されている。

 あれ? 看板が出ているな。


『RC商会』


 R. C. ……ローザ・コンプトンか。ローザさん、安直なネーミング過ぎないかな。


 リズが手を引っ張る。

「デレク、買い物しようよ。まずはパンツとかかなあ」

 そうだな。それは可及的速やかに何がなんでも大至急必要だな。

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