第54話 夕陽の墓標

 スマートフォン。久しぶりの感触だ。

 電話帳のアプリを立ち上げ、その中から奴の名を探す。


 あった。


 奴の名に触れると発信音が聞こえ、呼び出し音が鳴る。

 コール一回で奴は通話に出た。

 案外、良い心掛けじゃないか。


「俺だ」


 問答無用、相手に“もしもし”など言わせない。

 そうだ。俺は電話をかける時と受ける時、いつ如何なる状況であろうと、まず“俺だ”と言うのであった。

 それのさり気なさが俺のやり方、俺流だ。


[茶屋道くん⁉︎]


 電話の向こうで奴は素っ頓狂な声を上げた。


「残念だな。俺だ、と言えば俺に決まっているだろうよ。

 シロタンこと風間詩郎だ」


[え?これは茶屋道くんの携帯電話では⁉︎]


「故あって今は俺がこのスマホを使っている。

 実のところ、このスマホの主をどうしてやろうか迷っているんだがなぁ」


[茶屋道くんは今どこにいるの?無事なの⁉︎]


 意外なまでのキズナ ユキトの反応だ。奴は明らかに狼狽えている。


「あぁ、生きてるぞ。

 おい、声を聞かせてやれ」


「キズナさん!キズナさーんっ!」


 俺の足元で横たわる茶坊主が声を張り上げた。


[頼む!茶屋道くんを無事に帰してくれないか?]


 予想外の反応だ。

 “あ?茶坊主?知らねえよ”ぐらいの反応だろうと思っていたのだが、キズナ ユキトの意外なまでの低姿勢によって、俺の心の加虐性に火が付いた。


「迷っちゃうなぁー」


 棒読みに言った。迷ってなどいない。


[頼むよ、シロタン]


「おい、キズナ。お前は随分と馴れ馴れしいんだな。俺はお前にシロタンと呼ぶことを許可した覚えはないぞ」


 茶坊主は結束バンドで身動きが取れない。

 俺はそんな茶坊主の脇腹を思い切り蹴り上げる。

 茶坊主はその痛みに呻き声を上げた。


[茶屋道くん!]


 電話の向こうにいる、キズナにも茶坊主の呻き声が聞こえたようだ。


「キズナさん!ダメだ!こいつの言いなりになんてならないでーっ!」


「茶坊主、お前は黙っていろ!」


 俺は茶坊主の脇腹へ、思い切り踵を振り下ろす。1回、2回とその度に茶坊主の悲鳴が響き渡る。


[すまない、風間さん。無礼を許してくれ]


 案外、キズナは素直だ。

 キズナ ユキトにとって、この茶坊主がそんなに大事なのか。


「いいだろう。

 こいつがそんなに大事なのか?」


[頼む、お願いだ!]


「わかった。

 それなら、お前と一対一で会いたい。そこでこの茶坊主を返してやろう」


「わかった!」


「また俺をハメるような事をしたら…、お前の大事な茶坊主が五体満足で帰ってくると思うなよ。わかったな?」


「わかったよ。風間さん」


「よし。それならお前の明日の予定を言え」


[明日の予定?]


「そうだ」


[明日はズームイン・キズナに出演した後、所沢へ行く]


「所沢?何の為だ?」


[僕がプロデュースした新しい施設が明後日にオープンするんだ。それは斬新なんだよ。商業と娯楽、それと福祉が融合した施設で]


 キズナの野郎が調子に乗ってきたので、


「内容など俺の知った事じゃない。

 それで所沢に来るのか?」


 奴の言葉を遮った。


[うん そうなんだ。名称はキズナタウンって言うんだ。キズナタウンのキズナは漢字で書くから、絆タウン]


「表記のことなど知ったことか。似たようなことを二度言わせるのか」


[ごめん、シロタン]


 こいつ、言うに事欠いて、俺をまたシロタン呼ばわりするのか!


「くどい!

 とにかく明日、そのキズナタウンとやらに俺が行く。

 詳細はまた明日連絡する。

 話はそれからだ…」


[うん わかった]


 通話を切る。



「風間。こんな事をして、ただで済むと思うなよ」


 俺の足元で茶坊主が凄む。

 茶坊主の言葉を無視し、


「スマートフォンは市場から消えたはずなのに、何でお前は持っているんだ?」


 俺のその問い掛けに茶坊主は憎々しげな視線のみを返してくる。


「しかもこれ、6Gと表示がある。

 第6世代の通信技術ってことか?

 第6世代なんて、糞平の妄想かと思っていたんだがな」


 スマートフォンを操作し、ブラウザを起動させネットを見る。

 触れた瞬間、すぐに画面が切り替わった。

 第6世代というのは伊達じゃない。かなりの速さだ。

 他のアプリはというと、SNSから動画まで何から何まである。


「俺たちがガラケーでやっとの思いでメールしてたのに、なんでお前はこれなんだ?キズナとその仲間たちはスマホを持てるのか?」


 茶坊主は何も言わない。

 スマホの画面を見ると、SNSから動画視聴アプリ等、全てがキズナ ユキト絡みのようだ。


「お前らだけ、この最新の恩恵を受けることが許されているってことか?」


「そうだ!」


 茶坊主は誇らしげに声を上げた。


「お前らは特権階級ってところか?気に入らねえな」


 茶坊主の顔を蹴る振りをすると、奴は反射的に顔を背けた。


「まぁ、いいさ。こいつはこれから俺の物だ」


 スマホを上着のポケットへ入れた。



 俺はりょうもう号の車内で茶坊主を拘束し、コントラバスのケースの中に突っ込み、森本の車の車内で西松の亡骸を見つけた後、運転して何とか森本のトレーラーハウスへと戻ってきた。

 あぁ、運転免許は持っていないし未経験のことだ。運転していた奴らの真似でやってみたんだが、なんとかなるものだな。

 まぁ、森本には悪いが、車体にかなり傷が入った。

 いや…、傷では済まないレベルか…


 沈む夕陽がトレーラーハウスの中に差し込んでくる。

 ハウス内が橙色に染まった。

 眩しくてカーテンを閉めようと窓際へ行くと、トレーラーハウス近くの橋の下に、銃身の半分辺りまで地面に突き刺された自動小銃が見える。

 西松の墓標だ。西松をその下に埋めたのである。

 西松の墓標の横には他、同様にして地面に突き刺した自動小銃があった。計4本。森本と堀込と糞平とパリスの墓標だ。

 糞平は無理だとしても、あの三人の亡骸も連れてくればよかった、と今になって後悔している。



「黄昏ているのか?豚の分際で」


 俺の背後からそんな声が聞こえた。

 俺はゆっくりと振り返る。


「強がっているようだな。これからどんな仕打ちが待っているのか、少しは気にした方がいいぞ」


「お前に何が出来るんだよ」


 と茶坊主は笑った。


「そうだな。これからお前をどうやってキズナ ユキトの元へ連れて行くか考え中だ。

 これぞまさしく、“お楽しみはこれから”ってやつだ」


「お前っ!キズナさんの真似をするな!」


 茶坊主が俺に向かって、唾を吐きかけた。

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